117話 英雄特訓⑥
ラディを屋上に送り、自分は特にやる事も無く自室へ。
古誌は「明日処分するかもー」との事で、残念ながら持ち込めなかった。
以前はこういう時間で武具の手入れをしていたが、今は不要。
ちょっと暇な時間だ。
部屋にある物で何かしようにも、レミレニア出発前に精査・不用品処分した荷物には暇つぶしたりうる物は無く。
落ち着かないまましばらく経ち、ラディの方の様子見に行っても別に問題無いよな、と思い至った所で、丁度向こう側から戸が開く。
「お疲れ、ラディ。」
「おつかれさま、です…?」
まだそういう風習に慣れてなさげなラディ。ちょっとたじたじ。
部屋には2つのベッドと、ラディ用の水桶。
だけどラディはベッドの方を使うらしく腰かけ、水置きは部屋の脇に避けられてる。意識してるのか否か、新しい土地への不安の表れだろう。
あるいは、ここのメンバーに対しての警戒か。
「どうだった? シントの街は。」
隣のベッドに移りながら、ラディに聞く。
「どう…とは?」
「んー、レミレニアと比べてどうか、とか?」
「…まだ知らないところも多くて、たしかな事はあまり言えないです。
けど、知らないことが多くあるのは、たのしいです。」
「そっか、よかった。」
付き合わせるような形でのシント行きだっただけに、その言葉でひと安堵。
「…ただ、テムスさんが容赦無くて、ちょっと怖いなって時も、たまに。」
「…そうか?」
「みつけてすぐ捕まえていいのかなって。話も聞かないうちに……。」
「…それを判断するのは英傑の管轄外だろうな。
事情はどうあれ悪事を働いた事には変わり無い。」
「そういうセイルさんはどうなんです? このまちの事。」
「そうだな…一言で言うなら『夢のよう』、かな。」
「夢、ですか。」
「伝説に残るような英雄に憧れて冒険者を目指した、って話は前にしたよな。
その英雄が居た時代って、こんな感じだったのかなって。」
「…なるほど。えいけつに興味あり、ですか。」
「どうだろうな。人を制する側、というのが性に合うかはまだ分からない。
けど、暫くはこの物語のような世界に、浸ってたいかな。」