人を超えた妙技
戦闘シーンって書くの難しいですね……。
「どう? 聞こえた?」
「んんん……。」
今フウカは森の中で立ち止まり、その頭の耳をピョコピョコと動かしながら必死に耳を澄ませている。
一方俺はフウカの首輪の持ち手を握って突っ立っているだけだ、何もできることが無いというのは何とも辛いものだと絶賛実感中だ。
「ぜんっぜん聞こえない!葉っぱの音がうるさすぎる!」
「そっか……、でも小川の一つくらいあってもいいと思うんだけどなぁ。」
今探しているのは水浴びをする為の場所だ。
フウカが俺の膝に座っている状態で頭を撫でていたけれど、やっぱり何となく臭ったのでその事をフウカにやんわりと指摘した。
すると、「お、オレ、もしかして臭い!?」と言いフウカは俺の膝から慌てて飛びのき、こちらを涙目で見つめて来たのだ。
その後の何とかフウカを宥めて一緒に森の中に出かけながら二日間の話をしていくうちに、恐らくは食べるために狩った獣の臭いだろうという事で落ち着き、何処か身体を洗う場所を探そうという話になった。
ちなみに二日間の間水分はどうしたの?という話であるが、なんと小屋の中に三日分くらいの水があったとのこと、つまりいずれ水を探しに行かなければならなかった、それが早まっただけの事である。
でも、あの発言はフウカにショックを与えていたかもしれない、一応謝りはしたけれど、気を付ける事にしよう。
「でも、この森の中だと首輪が邪魔になるんじゃないかって思ったけど……、大丈夫だったね。」
「なんか高性能だからな!」
なんとこの首輪、リード部分に障害物が当たっても、まるでそこにリードが存在しないかのように透ける。
しかも首輪と持ち手がある程度離れ、リードが千切れそうになっても何故か中心部分が徐々に透け、どこまでも伸びる。
最初に俺がこの森の中に転送された時、腕一本分から先は虚空に消えていると表現したあれだ、限界があるのかどうかは謎だけれど、少なくとも今のところは限界は見えない。
そして説明書にもちゃんとそれは書いてあった。
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同伴装備【首輪】の装備能力情報
装備能力『透過』『延長』『実体化』『不壊』
追記情報
・首輪と持ち手を繋ぐリードは他の存在を『透過』し、間に何が挟まろうと繋がりを阻害することは無い。
・リードは『延長』され、見た目以上の長さを繋ぐ事が出来る。
・『透過』されているリードは、持ち手の所有者の任意で実体化する事が可能である。
・それを壊すことは困難であり、『不壊』と呼べる程の頑強さを持つ。
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丈夫で、伸び、しかも透過する。これ程までに便利な首輪があるだろうか、いや無い。
とまあ、心の中で反語の構文を利用するのはともかくとして、『実体化』というのも特に苦戦することなく簡単に使用できた。
ただ実体化させようと念じるだけで、その意思だけで簡単に実体化させることが可能であったからだ。
どういう原理か知らないが、例え離れていて首輪と持ち手の間に虚空が存在していたとしても、間に何か障害物がない限りは実体化させ、引っ張ることが出来る。
少なくとも、首輪がある限りはお互いの位置が分からなくなることは無い、それだけでも十分すぎる。
「さて、じゃあもう少し奥に行ってみようか。フウはどの辺まで行ったの?」
「オレが行ったのはもう少し先くらいだなー。」
フウカが地面から蜂起した木の根を元気よく飛び越えながらそう返答する。
それにしても、本当にフウカは身軽だ。
俺もこの身体になってから非常に身体が軽くなったのだが、フウカはそんなレベルではない。
全力で跳躍すれば身長の二倍、3メートル弱くらいは飛べるし、全力で走れば100メートルを5秒台、もう完全に化け物っていうような、そういうレベルだ。
そして今のフウカを見ていると、随分と生き生きしているように見える。
「随分楽しそうだね。」
「そりゃー、ライ兄ちゃんがいるからな!」
「俺?」
そういうとフウカは俺に近寄って来て、俺の手を握る、温かい。
「最初に来たときは一人だったからな、凄く寂しかったんだ……、でも何とか食べ物だけでも探そうと思って森に入ったんだよ。」
「そっか……。」
「でな?そんな状況だったから別に楽しくなかったんだけど、今はなんかライ兄ちゃんとハイキングにでも来てるみたいな感じで、凄く楽しい!ライ兄ちゃんは?」
「あはは、俺も楽しいよ。」
眩しい笑顔で楽しいと主張してくるフウカに俺も素直な気持ちを伝えた。
実際俺はインドア派だったけれど、運動が嫌いという訳ではない、運動することは別に好きじゃないけどいざ運動してみると楽しく感じるタイプの人間だ。
それに人が楽しそうにしているのを見るのが楽しいという事もあるし、日に焼けた肌で元気に飛び回っているどう見ても元気っ子という風貌のフウカを見ていると元気を貰えて自然に笑みが顔に浮かぶ、つまり楽しい。
それから二人で楽しく雑談をしながらある程度歩いていたけれど、あるのは樹と草ばかり。
とは言っても家を出てから30分くらいだろうか、時計が無いからわからないけど体感それくらいな気がする。
家を出た時に真上にあった太陽の位置が少しズレたくらいだから、大した時間は経っていないだろう。
そして家の位置が分からなくなるという事も、多分大丈夫だ。
フウカは方向感覚がずば抜けている。遊園地などで巨大迷路ってのがあるけれど、まだ俺が中学生の時にフウカと一緒に行ったときその凄さを散々見せつけられた。
小さな手で俺の手を引き、どんなに道を曲がっても、どっちがどっちの方向だとはっきり理解し認識しているフウカは見事に俺をゴールまで導く。
あの時の体験はフウカの凄さを認識するに足るものであり、ゴールした時の嬉しそうな顔は可愛らしさを認識するに足るものであった。
そんな昔の事を思い出していると、突然フウカが立ち止まる。
「どうしたの?」
「……スンスン。」
フウカが耳と鼻をしきりに動かす。
「……、何かいる。」
「何か?動物かな?」
「わかんないけど、多分こっち狙ってる。」
フウカが言うのであれば恐らくそうなのだろう。
フウカの持つ獣の耳と、強化された嗅覚が感じ取っているのだからまず間違いない、それは信じるにたるものだ。
警戒を続けながらフウカは片足を下げ、片手を前に、もう片手を肘の横辺りで構えた。
フウカの習っていた武道の基本の構えらしく、よく見せられていた俺からしても見慣れた構えである。
仕切りに周囲に警戒を撒いているフウカ、しかし俺からは風が草や樹々の葉を揺らす音以外に聞こえない。
俺はやはりこういう場面においては無力なのだろうか……、そう思った瞬間、背筋を謎の不快感が駆け上る。
「……!?」
「ライ兄ちゃん……?」
「フウ! 後ろ!」
今まで感じたことのない感覚、五感のどれにも当てはまらず第六感というような不明瞭なものでもない、言葉に表し切れないがしかしはっきりとそこに感じるソレを感知し、俺はフウカに警告をする。
ザザッ!
「来るよ!」
草むらが揺れ、中から黒い影が俺に向かって飛び出してくる。
咄嗟に回避しようとも思ったが間に合いそうにない、ほぼ反射的に両手を身体の前で閉じ守る体制に入った。
しかし、それよりも先に超人的な反射神経でフウカが動いた。
「ブシャァ!」
「ライ兄ちゃん大丈夫!?」
その飛び出してきた黒い影、硬い筋肉と硬そうな毛皮の鎧に包まれた鼠と狼を足して割ったようなその獣の腹にフウカの爪先が刺さる。
吹き飛ばされたその謎の獣は苦しそうにしながらも、フウカを警戒するように身を低くいつでも回避できる体勢を保ちつつしっかりとその赤い瞳に殺意を宿し続けていた。
「よくライ兄ちゃん気付いたね。」
「なんでだろ、俺にもよくわからないんだけど、何か気配っていうのかな……なんか感じるんだよね。あ、中二病とかそういうんじゃないよ?」
今もその感覚は収まっていない。
あの黒い身体の内側からオーラのようなものが漏れ出ているような、形容するのならば熱いものが熱気を放っているのと似ているだろうか、そんな感じだ。
しかし警戒している俺とは違いフウカはその茶色の目に闘争の光を宿している。
「ってか、ものすっごい身体軽い! なんか楽しい!」
そういうとフウカは側転するような動きで獣に向かい、獣の前で思いきり身体を倒す。
頭を地面すれすれにまで低くし、地面に両手を付き全体重と強化された筋力を乗せた両足蹴りを獣に放った。
「そりゃぁ!」
「ブャウォ!」
フウカの蹴りは、その体躯の小ささからは決して届くまいと油断するような位置から、流れるような動きを経由し獣の喉に突き刺さる。
予想外の攻撃と動きに翻弄されたその獣は、蹴りを首に喰らいその身体を大きく仰け反らせた。
しかしフウカの攻撃は止まらない。蹴り上げた足をまるで空中で回し蹴りをするかのように咄嗟に回転させ身体全体を仰向けにし、同時に位置を反転させ相変わらず地面に付いたままの両手の力と、ばねの様に縮ませた足を勢いよく伸ばすことにより得られる推進力で、未だ半分以上空中に浮いている自らの身体を重力に逆らうかのように吹き飛ばす。
何ともアクロバティックでアニメ的ながらも合理的な動きで再び足の届く射程まで詰めたフウカは、そのまま両足で獣の首部分をふくらはぎで挟む。
「はっ!」
「フゥァ!」
首を挟んだまま足を腰ごと思いきり捻じりおかしな方向に曲げると、フウカよりも大きなその獣の身体は横倒しに倒れた。
再びうつ伏せの体勢になったフウカはそのまま獣のように両手両足に力を籠めその場を離脱、俺の横のもと居た位置に戻る。
「凄いね……、というか人間に出来る動きに見えなかったんだけど。」
「やってみたら出来た! それに首輪も透けるから動く邪魔にならねえし、楽しい!」
そうか……、出来たのか……。
俺の困惑と呆れに元気よく楽しいと宣言するフウカだけれど、あれが確かな経験と技術に裏打ちされたものだと俺は知っている。
好きこそものの上手なれ、小さい時から「あれかっこいい!オレもやりたい!」などと言っていたが、ここに来て人から外れた圧倒的な身体能力を手に入れたことで有言実行するまでに至ったのだろう。
あんな動き、例え身体の性能が追いついたとしても一朝一夕で出来るものではない、しかもまだ11歳の少年がだ。
あの観測者が言っていた未来も中々あり得る話という事だろう。
だが、それにしても凄まじいの一言に尽きる。
両手を地面に付き身体全体で行う全力の蹴撃、普通はその後体勢を整える時間が必要だ。
しかしフウカは蹴った後に身体の操作により隙を消し、勢いを利用して追撃、更にその追撃の後更に離脱が可能な体勢に変える、なんという離れ業、俺には絶対に無理である。
「でも、あんだけやったらもう起き上がれないだろ、首の骨折れたはずだし。」
「えぇ……。首の骨折れたって、大丈夫なのなんかこう、罪悪感とか、気持ち悪いとか。」
簡単に首の骨が折れた、つまり殺したと事を報告してくるフウカに俺は困惑する。
だってよく聞く話だろう?初めて殺生する時は心が弱るだとか、罪悪感に襲われるだとか
しかしフウカを見てみると、気負った様子は全然ない、不思議に思い聞いてみると、帰ってきたのはそれで良いのかという答えだった。
「んー、殺したの初めてじゃないしな。兄ちゃんがここに来る前の俺ってさ、なんかオレ無気力だったんだ。
でもお腹減ったからとりあえず森の中に入って、とりあえず見つけた小さい犬っぽいの殺して、小屋ん中にあった火の出る石を使って焼いて食って……、凄くまずかったけど。
だからかはしんねぇけど、何ともないぞ。」
つまりあれか、無気力な状態だったから特に心も痛まずに最初の殺生は完了していたと……、何とも無茶苦茶な話だ、納得は出来ない。
でも実際そうなのだろうし、わざわざ嘘をついたり強がったりする理由も無いのだから事実なのだろう。
近寄ってきたフウカを撫でていると、再び背筋を嫌な感覚が襲う。突然撫でるのを止めた俺にフウカがどうしたのかと視線を向けてくる。
「んっふふ~……、ん? ライ兄ちゃんどしたの?」
「フウ、何かまだ変なかん」
「ロ゛ッ、ビュァ、ビャァ……。」
「マジで!? 骨確かに折ったぞ?」
不自然に曲がった首が、まるで壊れた機械のようなカクカクとした動きで元に戻る異様な光景、それと同時に何か目に見えない何かがその獣の身体の内、何となく胸の辺りだろうか、そこから溢れて獣の身体を覆っていくような感覚。
ここまで確かにはっきりと感じると、絶対に気のせいという事は無いだろう。考えられるとしたら、俺の説明書に書かれていた『感覚の鋭敏化』だろうか?
それともこの謎の感覚こそが魔力であり、どうやら俺は魔力を多く宿しているようだしそれが原因で感じ取れているのか……。
いや、今はそれは関係ない、まずは目の前の獣を倒すことを考えないと。
「あーもう! ならもう一回!」
フウカが再び高速で近づきその足を思いきり叩きつける。
パシィ!
「うぁ!?」
「フウ!」
しかしその足は一瞬何かに阻まれその場に止まった後、フウカを弾き飛ばした。
何とか受け身は取れたようで怪我をした様子は無い、一先ずは一安心だ。
その間にも獣の首は元に戻っていく。
空気が漏れるような音と、時折ピキッカキッといった何か硬いものをぶつけ合う様な音を響かせ、獣は苦しさに耐えているのか首を折られた状態で苦悶の声を上げている。
その酷く不気味な隙だらけの状況ではあるが、謎の壁、結界のようなもので守られている為こちらからは手出しをする事が出来ない。
「どうしようか……。」
「んー……きもちわりー。」
俺とフウカが見守る中その獣は復活を遂げ、倒れていた身体を勢いよく起き上がらせこちらに視線を向ける。
「フヒョォォォォォ!!!!!」
どこか甲高く空気を混ぜた様な、不思議な響きを持つ怒りの咆哮が解き放たれた。
ちなみにモチーフにしているのは、躰道と柔道です。
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