この可愛い幼馴染を
目指しているのは精神的ショタおにです。(唐突な告白)
「んん……。」
どうやら俺は寝ていたようだ、しかし確かに眠っていたはずなのに身体の何処も凝り固まっていない。
重い瞼を開けると飛び込んでくるのは不規則な緑色の光。
周囲を取り囲む大樹は空を覆い、しかし風により葉が揺られ何とも幻想的な、まるで緑のプラネタリウムのような様相を作り出している。
身体を持ち上げ、仰向けに寝転がっていたことで背中に付いたパラパラの土や枯葉の片々を軽く払った。
「えっと、確か正面に歩いていけばいいんだったかな。」
俺は彼に最後に言われた言葉を思い出し、とりあえず真正面に歩いていく、彼の言葉の通りであれば、この先に楓果が飛ばされた小屋があるのだろう。
良く見ると、その地面は獣道のように少し踏み固められている、流石に楓果がこの短期間でこのような道を作ることは不可能だろうし、この先に家が建てられた形跡と捉えることも出来る、俺は森の中で遭難する事にはならさそうだと安堵した。
それにしても空気がおいしい、ただどこかから漂う獣臭さだけはとてもじゃないが美味しいとは言えない。
この臭いは、この森に外敵が、獣がいるという証拠に他ならない、俺は少しだけ危機感を抱くことにする。
それにしても、ここが異世界だというのは間違いないようだ。
「なんだこの鮮やかな草……赤と青のグラデーションって毒ありそう……。」
見たこともない植物、謎の形の虫、紫色の林檎のような果実、これらの不思議な世界の代物はどうも少年心を擽るものだ、まあ俺もまだ普通に少年っていう年齢だけど。
それにどうにも虫が見当たらない。
普通このような森の中には小さな虫がうじゃうじゃと存在しているはずなのだが、一切エンカウントしないのだ。
隠れるのが上手いのかそもそも存在しないのか、後者であると嬉しい、肌の露出の多いこの服だと虫に刺され放題だろうから。
獣道を歩いてくと、徐々に道がはっきりとして来た。
踏まれた草でぼんやりと形作られた道から、草の禿げた土が見えるはっきりとした道へ。
それに、絶対にこの方向で合っているという確信も俺の中には存在している。
「便利だね、この持ち手。」
右手の赤い持ち手から伸びるリードは、常に一定の方向へと伸びているのだ。
不思議なことに腕一本分より先はリードが徐々に半透明化し、最終的にどこかへ虚空へと消えてしまってはいる。
しかしまるで何かと繋がっているかのようにピンっと張っており、時々振動が伝わってくるのだ。
それから10分ほど歩き続けると、少し開けた場所に到着した。
周囲を木に囲われ、しかし何かに切り取られたように小さな草原となっているその中心には特に大きな一本の大樹が聳え立っている、そこに寄り添うように、簡易なログハウスとでも言うべき小屋が建っていた。
リードの指し示す方向的にも、間違いなく目的地はあそこだろう。
それにしても、ついほんの前まで一緒に同じ部屋で話していた相手なのに、事が事だから会うのに少し緊張するな……、それに俺とは違って楓果は二日間も独りで過ごしていた訳だし。
まず第一声はどうしよう、無難に「よろしくね。」か、それとも「俺の事も少しは考えてくれなかったの?」と厳しめに行くか……。
そんな事を考えていたら、小屋の扉がガタンと音が鳴り開いた。
「あ。」「……!」
声をかけるべきなのか、いやかけるべきなんだろうけど、なんて話しかけるか考えているうちに突然来たものだから、硬直して結局声が殆ど出てこなかった。
向こうに見える楓果のは俺と同じだが少し薄汚れた貫頭衣を身に付け、首には俺の持ち手側のリードと虚空を通して繋がっているのであろう首輪。
ふと楓果の付けている首輪からピンと伸びるリードに触れてから俺を再認識したのか目を見開き、口も呆然と開いていた。
そして、突然こっちに向かって全力で走り出してきた。
……って、速!?まだ50メートルはあったろうに一瞬で距離を詰められた俺は、気が付いた時には楓果に太陽を遮られており、飛び付いてきた楓果の胸で顔面を強打する。
「ライ兄ちゃん……! ライ兄ちゃんライ兄ちゃんライ兄ちゃん!!!」
「うっあ! わーった、わかったからちょっと待って、待っ!」
何とかギリギリ受け止めはしたものの勢いに押され、そのまま背中から吹き飛ぶ。
背中を地面に打ち付けたけれど不思議と痛みと苦しみは殆ど感じなかった、でも今は楓果の薄い胸板に圧迫されて、息がしにくくて苦しい。
「ラ゛イ゛に゛い゛ぢゃ゛ぁ゛ん゛!」
「あーもう! 大丈夫!? ちょっと少し落ち着こう!?」
押し倒された体勢のまま、俺の頭を思いきり抱き締めている楓果の脇を何とか掴んで引き離す。
その後抱き上げた状態の楓果を俺の目の前に置くと改めて抱き着いてきた、俺の胸元に顔を擦り付けてくる。
「どうしたのさ、もう、そんなに寂しかった?」
「ざびじがっだぁ!」
「ならもう寂しくないでしょ? 俺も一緒にいるんだから。」
「グスッ、う゛ん゛。」
優しく言葉をかけながら背中に片手を回しもう片手で頭を撫でると、俺の胸に顔を押し付けるのは変わらないが、少し落ち着いてくれたようだ。
というか、さっきから俺の身体が悲鳴を上げている。
俺の背中に回された楓果の小さな腕は、その大きさに見合わない万力のような力で締め上げてくるのだ、流石に少し辛くなってきた。
「あのさ、フウ。せっかく家があるんだから、ここじゃなくて中で話さない?」
「……もう少し。」
「もう、それだといつまで経っても終わらないでしょ?ほら、行くよ。」
ゆっくりと肩に手を乗せ奥に押すと、思ったよりもすんなりと身体が離れる。
俺の背中から手を引き、代わりに楓果は肩に乗せていた俺の手を両手で握った。
「ライ兄ちゃん。」
その手を自らの胸の前に持ってくると、より強く俺の手を握りしめ、涙で潤み赤くなった瞳で満面の笑みを浮かべつつ俺に告げた。
「来てくれて、ありがと!」
あっ……カワイイ。文句なしに可愛い。血を吐きそうだ。
尖った八重歯、少し日に焼けた肌、あれほど俺のSAN値をゴリゴリと削っていた首輪でさえも可愛く感じてしまう。
それに、その頭から生えてピョコピョコと動いている獣耳……。
「あー、と、まずはじゃあ、小屋に行こうか。」
「おう!」
何かを誤魔化すように言った俺の言葉に従って、楓果は俺の手を引き小屋の方へと引っ張っていく。
その顔は、俺がモニター越しに見た顔とは違い、喜びと嬉しさに満ち溢れているようだ。
それだけで、俺がここに来た意味があったと思うほどの、何とも満ち満ちた気持ちになった。
─────────────────────────
「ところでさー、フウ?」
「んん?どったのライ兄ちゃん。」
小屋の中は精々人が一人住める程度の大きさしかなく、俺と二人でいると何とも狭い印象を受ける。
部屋の中央にテーブル、奥にちょっとしたシングルベッドの半分ほどの大きさしかない藁の寝床、トイレは無く野で用を足す必要があるそうだ。
でもそれよりもまずは今一番気になっている事を質問した。
「その、耳? どうしたの?」
「あー、これ?」
両手を頭の上に持ってきて、そこに生えている獣の耳をフワフワと触る楓果、その何とも微笑ましい仕草に口角が上がる。
「ん? なんで笑ってんの?」
「いや、なんでもないよ。」
「ふーん? まあいいや。これなんだけどね……。」
楓果曰く、自分の要求を伝えてここに送ってもらう時、観測者の彼に言われたそうだ。
【あっちの世界に行ったら姿形が変わるかもしれないけど、ぶっちゃけほぼメリットしかないから気にしなくていいからねー。】
そしてこの小屋の中で目が覚めて、気が付くと左右の耳が消えて代わりに頭頂部から獣の耳が生えていたそうだ。それに見た感じ少し髪の毛の毛量とフワフワ感が増えている。
「最初は音の聞こえ方とかも違くてなんか気持ち悪かったんだけどよ、慣れたらむしろ細かい音とかまで聞こえるようになって便利なんだよな、これ。
それとな、尻尾も生えてきたんだ!」
「尻尾?」
言われてみれば貫頭衣のお尻のあたりに不自然な膨らみがある。
「ほらほら、これ。」
そう言うと俺に対して後ろを向き、貫頭衣を捲る。
するとピョコン!という擬音でもなりそうなほど勢いよく、大体腕の半分ほどの太さで脚と同じくらいの長さを誇る、モフモフとした尻尾が飛び出した。
日に焼けた肌より少し色素が薄いお尻の少し上、元々人間にも尻尾があったと言われる尾てい骨の位置からニョキッと生え、ゆらゆらと楓果の意思によって揺られている。
「しかもな、これ意外と力持ちなんだ。」
尻尾を地面に垂直に立てると楓果の身体が浮き上がる、あの細さの尻尾一本で身体の全体重を支えている形だ。
その少し異様な光景に、その神秘性を垣間見る。
いや、それは良いんだが……。
「フウ、お尻見えてるよ?」
「ん?別にライ兄ちゃんには見られてもいいよ?」
首を傾げながら振り返ってそう言う楓果を思いきり撫でてやりたい衝動に駆られるが、そういう問題じゃない。
今度尻尾の部分に小さい穴を開けてあげよう。
「それにさ……この姿だったら、何となくこの首輪も似合うと思わない?」
「えっと……。」
一転もじもじとしたような表情に変わった楓果のその発言に言葉が詰まった。
いや、確かに似合う、似合ってはいるがそれは何処か非常によろしくないものを感じるの。
露出の多い服装の首輪を付けた獣耳少年、んー、どこぞの同人誌か何かでありそうだ、いや絶対にあるだろう。
「やっぱり……嫌か? ……だよな、オレもおかしいってのは分かってるんだけど。」
「あ、いや、似合ってるよ。似合ってるけど……。」
何だろう、この気持ちはどう表現したらいいのだろうか。
似合ってはいるのだ、それに可愛いとも思う。ただそれを素直に褒めちぎり完全に肯定してしまうというのは、俺が今まで培ってきた倫理観に反する気がしてしまう。
世の中には数えきれないほどの趣味趣向が存在し、人に害を与えるものでも無ければそれらを受け入れる事が正しいというのは俺も分かっている。
ただ、受け入れる事が正しいとしても受け入れられるかどうかは別だ。
「ずっと一緒にいた幼馴染がさ、突然獣耳生やしてしかもペットにしてくれなんて言ってたら……驚くじゃん?」
「ペッ……! あ、あの白い所でオレが言ったこと、聞いてたのか?」
「あ、盗み見るような事してごめんね。というか、俺に首輪付けてだとか、持ち手を握るよう言って来た時点で、何となくわかってたし。」
「うぅ……、まあ、確かに。」
顔を真っ赤にして俯く楓果、俺は近づいてその頭に手を乗せた。
「だからさ……、少しづつ俺を慣らしてくれないかな。いきなり言われると驚いて、上手く受け入れられないから。
それに、別に嫌じゃないよ、可愛いって感じる事もあるし、ね?」
「……ごめん、なさい。」
「ん、なんで謝るの?」
俺の思いのたけを伝えたのに、何故か楓果は俺に謝罪をする。
予想外の謝罪であった為、俺は耳をペタリと倒ししゅんとしている楓果に聞き返す。
「だってオレ……ライ兄ちゃんに迷惑かけてばっかりだろ?
この首輪だって、ライ兄ちゃんに無理言って付けて貰ったし、今回のもオレに合わせようとしてくれてる、じゃん。」
「フウ……。」
楓果の言葉は止まらない、それどころか言葉に乗る感情が徐々に強いものとなっていく。
「それに、オレの都合でライ兄ちゃんを道連れにしてさ……、もうライ兄ちゃんが小父さん小母さんと会えないって言われた時も、オレの事だけ考えてさっ、オレ、オレは! ライ兄ちゃんに嫌われてもしょうが……ッ!」
「フウ!」
ギュッ。
「ライ、兄ぢゃ゛ん゛……。」
俺は楓果を抱きしめる。
確かにそうだ、言っている事は何一つ間違っていない。楓果は結果的に俺から家族を奪った。
まだ俺からすれば実感は湧かないけれど、でももしかしたらいつか強い望郷の念を覚えて楓果に辛く当たる時が来るのかもしれない。
それでも、少なくとも今俺はこのまだ幼くて、少し変わった趣味を持つ幼馴染に悪感情は抱いていないのだ。
ここまで俺を必要としてくれている楓果を。
二日ほど一人にされていただけで孤独感に押しつぶされそうになっていた、放っておいたら狂ってしまいそうな楓果を、嫌いになんてなれるものか。
俺はより強く楓果を抱きしめる。
汗も沢山掻いたろうに満足に水浴びも出来ていないのか、少しすえた臭いが薫って来る。
しかしまだ子供だからかそこまで強い臭いではない、不快には感じない。
やる事は沢山ある、生活の基盤を整えないといけないし、ちゃんと料理が出来る環境も作らないと。
旅に出るのもいい、だがそれもこれも楓果と二人でだ。
「俺はフウを嫌いになったりしない、俺も手伝うから、そんな心配しないで?」
「……ぉぅ。」
「ん?何?」
楓果は俺に抱きしめられていた頭を動かすと、俺を見上げる。
散々泣いただろうに、再び涙の溜まっているその顔を赤くしながら、恥ずかしそうな顔で俺に今度はちゃんと聞き取れる声量で告げた。
「あり、がと。」
俺は思わず楓果を再び抱きしめる。
やっぱり、何があってもこの可愛い幼馴染を嫌いになんてなれない、心からそう思った。
書いてて砂糖吐きながらてぇてぇの波動を感じていました。
来寅くんの心境としては、長年付き合ってきた大好きな幼馴染が実はドMだった、みたいな感じじゃないかなと思いつつ書いてます。(ほぼそのまま)
続きが気になるという方はブックマークを、気に入って下さった方や期待して下さる方は下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします。
私もついこの前知ったんですが、評価って何度でも採点し直せるみたいですね。