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忠告

「それで、お二人とも要件は」


「ヒルトさんは……」


「ヒルト様、復活されましたら会話に参加して頂けますか?」


「……ぁ……」


「了承が得られました。ライン様、それではどうぞ」


「……」


 今のは返事だったのか? 俺はソファに座りながら横目で突っ伏しているヒルトを見て疑念が深まる。


 どう聞いても、ただ唸ったようにしか聞こえなかった。相変わらず膝の上に乗っているフウカも心配そうな顔を向けている。


 でも話が進まないのはな……。


「えっとですね、模擬戦の方の準備が出来たって事を伝えに来たんです」


「あぁその件でしたか。了解しました。ヒルト様の準備は必要ありませんね。すぐに会場の設営を行わせて頂きます。


 カイル、話は聞いていましたね、外の隊員たちに伝えて来て下さい」


「りょーかいしやしたー。んじゃ、行ってきます」


 軽い調子でカイルと呼ばれた討伐隊員は出て行った。


 それを見送ったリーンベルは再び口を開く。


「しかし、本当によろしいのですか?」


「ん? 何がだ?」


 突然飛んできたリーンベルからの警告にも似た質問に、フウカが聞き返す。


「ヒルト様との模擬戦の話です。私の見立てに依りますと、フウカ様は非常に優れた身体能力、観察眼、そして技術をお持ちのようです」


「えへへ、あんま褒めんなよ」


 賛辞を呈され喜ぶフウカ。確かにその通りで、それは昔から言われていたこと。


 だけど改めて言われるとやはり嬉しいのだろう。けれどリーンベルはただ褒めたいわけではないらしい。


「だからこそ、ヒルト様との模擬戦にはリスクが付き纏います。なにせあの方は、手加減がお上手でない」


 その言葉にフウカの顔には喜色の他に困惑と不満が混じった。まあ、眼前で言外に手加減が必要といわれると誰だって気分を害するよな。


 けど、実際にヒルトが化け物のような強さだという事は分かっている。


「ヒルト様はなんら特殊な能力をお持ちでなく、魔力の扱いも並みです。しかしながらただただ速く、ただただお強い。


 受けに徹するのであれば良いのですが、あの方は闘争を求める節がありますのでそのような事は致しません」


「つまり、怪我をするって事ですか……ねえ、フウ?」


「オレは大丈夫! 手加減なんかいらないし、怪我は……痛いからヤだけど、ライが治してくれる!」


「……フウってどうやったら懲りるの……?」


 治した時も死ぬかと思ったと言っていた、それだけの痛みを味わったのに、まだそんな事を言うなんて……。


 これはもう諦めるべきなんだろうか、でも俺が止めないと際限なく危ない事をしそうで怖い。


「そういえば……フウカ様の怪我がすっかり完治していますね。フウカ様の口ぶりから察するに、ライン様が治療をされたのですか?」


「はい。確かに俺がやりましたけど、何かありました?」


 訝し気に聞いてきたリーンベルにそう返すと、再び質問が返ってくる。


「ライン様は、失礼ながら魔力に対しての知識が乏しい、という認識でよろしいでしょうか。何かしらの英才教育を受けている、などはありませんか?」


「ないですね」


「……後ほど、自室に招かせて頂いても?」


「え?」


 突然そんな事を言われて俺は言葉に詰まる。誰だってそうだろう。


 何かあったのだろうか、話の流れから察するに、治療関係? 誰か怪我人がいてその人を治せと強要されるとか、そのまま討伐隊の人たちに連れ去られるとか……いや、この人たちに限ってそれはないか。


 話に聞くところによると、かなり高名な集団みたいだし。なら別に断る理由はないな。


「わかりました。フウはどうしたら?」


「そうですね……フウカ様、後ほどライン様を少々お貸し頂けますか?」


「えー……すぐ返せよ?」


「俺は物かい。あ、モノだわ」


 そうだよ俺はフウカのモノだった、そういう宣言みたいな事もしたはず。


「そこまで時間は取らせませんのでご安心を。それでは、模擬戦は予定通り執り行うという事でよろしいですね。


 他に要件はありませんか?」


「はい、特には」


「そうですか、それでは着いてきてください」


 あくまで事務的なリーンベルの態度、平らな声色はなんだか威圧的にも感じる。


 相変わらず突っ伏しているヒルトは結局そのままで会話に参加してくる事は無かった。俺の膝から降りたフウカはそのヒルトへ向かって行ってしゃがみこんでいる。


「じゃあ行ってくるね」


「おー、じゃあオレはヒルト見てる……えい」


「ほっぺ突っつかない、失礼でしょ」


 見てるっていうか、遊んでるの間違いじゃないのかな。カラカラと笑いながら突き続けているフウカに俺はそう思ったけど、まあそんなんで怒る性格でもなさそうだしまあ良いか。


 歩き出したリーンベルに着いて、トントンと音を立てながら廊下を渡る。


 いくら大きな家とはいえ所詮は村の一屋敷、目的地までは10秒も経たずに到着した。


「どうぞ」


 部屋の扉が開け放たれえるとリーンベルは部屋の中に入っていった。お辞儀をしてから俺も部屋に入る。


 俺とフウカが一緒に寝た部屋ではないけれど作りが同じ、ここにいると否応でも思い出してしまう。


「ではライン様……ん? どうされました? 頬が若干赤いようですが」


「なんっ、ん゛ん゛ん、なんでもありません」


「……? そうですか」


 あー、やばいやばい。ダメだな、どうにも思い出すと今でも顔に熱が集まる。


 部屋の隅から椅子を二つ移動させ、座るよう促された俺は従い腰を下ろす。するとリーンベルも対面に置かれた椅子へと腰かけた。


「では、先に質問させていただきますが、ライン様。フウカ様の治療に関して、何かしらの秘術の類などは用いてはいませんか?」


「秘術……?」


「……ご存じでない、と」


 初めて聞いた言葉だった。俺がその言葉を知らないという事を予想していたのだろう、キョトンとした俺にリーンベルは丁寧に説明をしてくれる。


「基本的には魔法や魔術と同じく魔力を消費し何かしらの現象を発現させるものですが、秘術というのは中でも魔力以外の触媒を用いる術の総称となります。


 例えば、何かしらの生贄や、呪物、重い代償としては寿命や、身体の一部といったものも含まれますね」


「そんなのもあるんですか……」


 いやでも、あるんだろう。なにせここは異世界だから。


 異世界ってのは便利な言葉で、どんな事でも異世界ならあり得るか、そういう考えだけで納得してしまう。


 これ、後々誰かに騙されたりしそうだ。


「ライン様の反応的に秘術ではなさそうですね……となると、魔法か魔術になるのでしょう……魔法陣の使用などは?」


「魔法陣……ああ、あの教本に書かれてたやつ」


「これも違う、となると魔法ですか……」


 いやそもそも俺は魔法と魔術の違いすら曖昧なんだ。確か魔法陣を使うのが魔術で、魔力を直接操るのが魔法だったっけ。


 だとしたら俺が主に使っているのは魔法という事になる。


「多分、魔法ですね。魔物が使ってたのを真似して使っているので」


「ちょっと待ってください……真似をした……!?」


 急に血相を変えたように語尾を跳ねさせたヒルトに俺は少し驚き顔を見返す。


 仮面に隠れた目は見えないが、露出している顔半分は驚いたような表情に染まっていた。


 沈着な彼女には珍しい、切羽詰まったような口調で問いただしてくる。


「何度、何度お使いになられましたか!?」


「え、えっと……」


 確か、大きな傷を治したのは魔物と戦った時に一回、今は亡きコウロとの戦いで一回。後は森での生活や修行で生傷が絶えないフウカに複数回。


「大きなのは二回で、細かいのは……十数回くらい……だと思います」


「フウカ殿はどのような様子で? 何かこう、変化が起こったりだとか」


「? 変化ですか、多分何もないと思いますけど……」


 最近変わったといえば俺たちの関係。後は少し甘えん坊になったり、感情を今まで以上に表に出すようになったくらいだ。


「ライン殿。私の想像通りであるとするならば、魔力を体内に流し込み体組織を繋ぎ合わせ復元する手法で間違いありませんか?」


「……はい。何か、まずかったんですか?」


 突然早口になったリーンベルに俺は心がざわめくのを感じる。心配からの返答に対しての返事は、待機だった。


「……少々お待ち下さい」


 気分はまるで身内に重病の兆候がある時の診察室だ。俺がやったことをピタリと言い当てるリーンベルに並々ならぬ気迫を感じた俺は恐る恐る、席を立ちあがったリーンベルの様子を観察する。


 壁際に置いてあった黒革の大鞄を開くと、彼女は中から一冊の書物を取り出す。数ページめくると、再び椅子に座って目を書物に通しながら再び質問をしてきた。


「フウカ殿は、獣に分類される憑き人で合っていますね?」


 憑き人、フウカや俺のように、何かしらの要素を持った人だったはず。俺が『妖霊』で、フウカが『獣』だ。


「はい」


「では……以下の兆候が見られたのであれば、回答をお願いします。


 一つ、感情の振れ幅が大きくなっている」


 感情の振れ幅……そういえば、最近なんだか妙に甘えてくるし、何かと怖がることが多くなっているような気がする。


 その一方嬉しそうなときは本当に嬉しそう、見ていたこっちが嬉しくなる程に。


 ……そういえば、まだ地球にいた頃のフウカは、俺以外の前ではあんまり笑わない子だったような気がする。


 って事は……。


「……あります」


「一つ、感情が高ぶると狂暴化、或いはそれに近しい状態となり、自らの意思で止められなくなる」


 ロインと戦った時のあれがまさにそれだ。目の奥に赤い光が迸って、とても残酷に残虐な行為を容易く行おうとする。


 フウカは人を傷つけることを恐れているはずなのに、一切の躊躇なく拳を振り下ろそうとした。


「あり、ます」


「……一つ、食欲や色欲といった基本的欲求の他、独占欲や介護欲などの複雑な欲求の増大……は、聞くまでもありませんね。お二人の距離感の近さから鑑みるに」


「……」


 その通りだった。黙る俺に、リーンベルは告げる。


「それらは全て、『獣憑き』の進行による症状となります。」


 てっきりあれらは、俺が甘やかすことが増えた事への返答か、もしくは今まで抑えていた分かなとも思ってたんだけど。


 言われてみれば、客が来ているのに俺の膝の上に乗ってきたり、常に腕に抱き着いて来ていたり。どう考えてもやりすぎだろう。

 

「魔力の急激な取り込みは、人を人から遠ざける。魔物の用いる行動はその最もたる手段。


 ライン様、お気を付けを」


 リーンベルの鉄仮面は、その時ばかりはこちらを案じていた。

流石にこの展開に持っていくまでの愛情表現があからさま過ぎたかもしれない。

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