side:楓果 幼馴染なんかじゃない
これが実質プロローグ(フウカくん視点)です。
この回は章末として書いているので、これで第一章『ペットにしてほしい幼馴染』は終了となります。
いつからだろうか、オレは自分が周りとは違うんじゃないかって考えることが多くなる。
人より少し物覚えが良くて、人より少し好奇心が強くて。そんな人より少しの中で一つだけ、オレはどうにも人を傷つけるのが得意らしかった。
幼稚園の時の記憶って、余程衝撃的なもの以外はあんまり覚えていないらしい、だからあれは俺にとって衝撃的な記憶だったのだろう。
初めて、人を殴った。
頑張って作った積み木のお城を突っ込んできた同じクラスの子に崩されて、それで怒りの感情のまま掴むでもなく怒鳴るでもなく、オレは殴り掛かったんだ。
まだ俺も幼かったし年相応の力しか出せなかったから大事には至らなかったらしいんだけど、その事を聞いたお父さんとお母さんは怒った、オレにそういうことはしちゃいけません!って、特に理由も言わずただ禁じた。
ここまでなら良いんだ、でもオレはおかしかった。
人を殴った感触が忘れられない、部屋のクッションを殴ってみたりしたけれど、どうも気が晴れなかったのを覚えてる。
オレがそんな鬱憤を身に宿していると、当たり前だが周囲から友達は減り、孤立していく。
恐らくおかしな雰囲気でも纏っていたんじゃないだろうか
そんな時だった、空き地だった隣にライ兄ちゃんの家族が引っ越してきて、うちに挨拶に来た。
まだオレが4歳、ライ兄ちゃんが9歳の時だ。
それから親同士で親睦を深めるって事でライ兄ちゃんと二人で部屋で遊ぶことになった。
「俺は、柊木 来寅、よろしくね。」
「えっと、おれは、さわ ふうか、です。」
「あはは、普通に話してていいよー。」
初対面の、まだ今の俺よりも幼かったライ兄ちゃんは、それでもライ兄ちゃんだった。
あの頃の俺は友達もいなくて寂しかったし、誰かの家に遊びに行くという事もない、家も隣同士だったから遊ぶのは基本的にライ兄ちゃんととなる。
人と遊ぶことを少し避ける傾向にあったオレと向き合い、色々な遊びを手取り足取り教えてくれて、オレに合わせてくれたライ兄ちゃんに懐かないはずがない。
一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり、一緒に出掛けたり。
いつの間にか憧れの兄のような存在になっていたライ兄ちゃんに、オレはお悩み相談のようなものもやって貰っていた。
まだ少ない語彙で、人を殴った経験とその感覚が忘れられないという事を何とか伝える。
最初はライ兄ちゃんも困ったような顔をしていたけれど、何かを思いついたように立ち上がってオレの前で手の平を開いて見せた。
「じゃあ、一回ここにパンチしてごらん?」
今まで咎めるばかりでそのような事を言われたことは無かったから、オレは困惑した。
けれど言われるがままにそこに全力でパンチを叩きつけたのだ。
殴り方など知らないけれど、何となく本能的に腰を引いて、腕と拳を前に突き出す。
恐らく思ったより威力が出たのだろう、幼児のパンチだと思って油断していたのかもしれない。
思ったよりも大きい衝撃にライ兄ちゃんは手ごと肩を弾かれ尻もちを付き、オレの方を呆然と見つめる。
瞬間、オレの眼からは涙が噴き出る。
やってしまった、殴ってしまった、痛い思いをさせてしまった。ライ兄ちゃんに嫌われる、そういう嫌な考えが頭をよぎり、自制心など存在しない年齢であったオレは全力でライ兄ちゃんに謝り倒す。
けれど、オレが予想した最悪の未来は怒ることは無かった。
ライ兄ちゃんは泣き崩れるオレを優しく抱き留めて提案をしてくれる。
「フウ凄いじゃん! って、なんで泣いてるの、別に泣く必要ないでしょ? パンチしろって言ったの俺だし。」
「ぅっく、でも、でもおれライにいちゃんに、ぅぅぅ゛ぅ゛ぅ゛。」
「あーもう、泣かないでよフウ……あ、そうだ! 何か習い事してみたら?」
突然思いついたのか、少しテンションを上げながらライ兄ちゃんに提案されたのは習い事、オレが武道っていう結構変わり種な趣味を身に着けるきっかけになった出来事だ。
ライ兄ちゃんの行動は早かった、どこからかチラシを貰ってきて、近所の総合体育館で小さな子供相手に空手だとか柔道だとか、そういう競技の入門を教えている教室を調べてきてくれた。
通い始めて暫くすると、ある程度オレは自分の中の暴力性を抑える事が出来るようになって、友達もできた。
小学校に入学してからも、どうやらオレは明るい性格らしくて友達って呼べる存在は増える、孤立していた時期と比べて身の回りの環境は大きく変わったけれど、でもライ兄ちゃんと遊ぶのだけは変わらなかった。
それでもオレの中で微妙に燻り続けたその暴力性は、自分自身に危機感としても襲い来る、そしてある日ライ兄ちゃんと買い物に出かけた日に、その解決法が天啓のようにオレに降って湧く事になる。
一緒に買い物に出かけて、お母さんが好きだったアクセサリーに興味を持って寄ったアクセサリーショップ、そこに置いてあった首輪型のチョーカーを見つけてオレはピンときた、これだ。
渋るライ兄ちゃんにゴリ押して、オレの首にそれを装着させる。
そして確信する、自分で暴力性を抑えきれないなら誰かに抑えてもらえばいいじゃないかと。
もちろん芽生えたその確信は、あの時まだライ兄ちゃんには言わなかった、ライ兄ちゃんの事は好きだったけどまだ嫌われるかもしれないという若干の疑惑がオレの頭の中に残っていたから。
そんな生活を送っている中、オレは柔道と空手を習っていたのだが、見事に才能が開花していた。
そこで教えていた先生がオレの家を訪ねて来て、開口一番にこう言った。
「楓果くんですが、まだ小学二年生ながら既に中学生、もしくはそれ以上の実力が備わっています。
少なくとも私どもの所属している教室では、初心者相手に基礎を教えるという方針上これ以上彼の実力を伸ばすことは難しいんですよ。
ですので、本格的な道場へと通うことをおすすめします。紹介状は書きますので。」
驚いたし、仲良くなった子たちとお別れっていうのも悲しい事だったけれど、もっと色々本格的なことが出来るっていうその事実に心躍りオレはそれを受け入れ、先生の言う本格的な道場へ移ることになった。
その事をライ兄ちゃんに報告すると、まるで自分の事のように喜んでくれて、オレの喜びは増す。
「凄いじゃんフウ! よく頑張ったねー。」
「ありがと、らい兄ちゃん。」
そういって頭を撫でてくれたライ兄ちゃんの手は温かくて、他の誰に褒められた時よりも嬉しかった。
そしてそれに酬いるようオレはとにかく頑張ったし、新しく通い始めた躰道や柔道の道場では今までに見たことない動きも多くて本当に楽しかった。
家ではパソコンを使って、日本以外の武道の動画とかを探して見様見真似で真似をしてみたり、本格的にオレの趣味になってきたのはこの頃だ。
習い事は楽しくて、ライ兄ちゃんは優しくて。そんな順風満帆な生活を送っていたオレだけど、オレ含め子供ってのは残酷な存在だと思う。
オレは他の同学年よりも少し背が低くて、でも明るい性格だったから生意気に映る人もいたんだと思う、オレはいじめに遭った。
友達が多かろうがいじめの標的になる事はある。もちろん普通よりも標的にされにくくはあるだろうが、オレはその希有なパターンに当て嵌まったらしい。
最初は別に普通に我慢できた、ちょっと小突かれる程度ならそれ以上の事道場でやってるし、殴られそうになってもその手をちょっと捻れば良いだけだ。
持ち物を隠されても、なんだか宝探しでもしてる感じて少し楽しかったし、悪口だって別に取り合わなきゃ良いだけ、それにいざとなったら先生に相談したりしてたから問題ない。
でもたった一回だけ、最後のいじめだけはどうしても我慢できなかった。
彼の伸びた手はオレの首元に伸びて、そこにかけていたライ兄ちゃんとお揃いの黄色いネックレスを掴んでオレから取り上げ、こちらを煽ってきたのだ。
あの時はまだ理由はわからなかったけど、猛烈にそのことに対してオレはムカついた、今までの鬱陶しさや面倒くささ、付き合いきれないという気持ちも一緒に爆発したのかもしれない。
気が付けばオレのペンダントを握っていない方の腕の肩に思い切り蹴りを放っていた。
気持ちよかった、スカッとした、自分の中の内なる暴力性が邪悪な笑みを浮かべていることを自覚するくらいには、謎の解放感も湧き上がって、同時に怖くも感じたのだ。
結局その後先生が駆けつけてきて、元々オレは被害者であった事を吟味してもなお、オレは大人たちに怒られることになる、いじめっ子の彼は肩を骨折したらしい。
道場の先生は状況をオレに質問したりしてきて、いじめられていたという事実からかあまり強くは言ってこなかったけどそれでも咎められているという事はわかった。
お父さんとお母さんにはただただ怒られた、人様の子にけがを負わせるなんて何を考えているのと、オレの気持ちや弁明など聞かずただただ怒られる。
そして最後にオレが向かったのはライ兄ちゃんだった。
この二日間くらい色々忙しくて会いに行けていなかったのだが、オレはライ兄ちゃんに嫌われると思っていたのだ、あの事件以来周りの同級生たちはオレが怖いのかあんまり近寄らなくなっていたから。
ライ兄ちゃんは当時中学三年生、オレからすれば十分大人に見えるけど、最近覚え始めた世間一般的な感覚ではまだ子供であるという事も理解していた。
だから他の子供と同じように、オレの事を怖がるのかな、もしくはみんなと同じようにオレを咎めるのかな、と。
「あ、のさ、ライ兄ちゃん、オレ……。」
「フウ、なんで殴ったの?」
「えっと……、ライ兄ちゃんに貰ったネックレス、掴まれてさ……。」
「俺のあげたネックレス……。」
お互いの間を沈黙が支配する、オレにとっては重く感じた空気の中、ライ兄ちゃんが口を開く。
「確か小さい頃にも同じような事あったよね、人を殴って怒られてさ。フウはそれを妙に怖がってた。
今でも怖い?」
「……怖いよ、ライ兄ちゃん。」
オレは自分の中に感じてる恐怖をライ兄ちゃんに語る、語っているうちに少しずつ肩が震えている事にも気が付かず、ただ言葉を吐いていく。
「殴ったらさ、きもちーんだ。なんかこう、スカッとするっつーか、でも殴ったら怒られるから我慢して……。」
「うん。」
「今までずっと我慢してたし、道場で師範相手に組手とかしてても、基本的には組手だから手加減しないといけねーし。オレの部屋にサンドバッグあるけど、あれ蹴ってもなんか違うし……。」
「ライ……。」
「オレ、おかしいだろ?人を殴りたい、人を蹴りたいなんて、絶対普通じゃねえよ!ライ兄ちゃんも怖いだろ?おかしいよな……おかしいんだ……。」
項垂れ自分のおかしさを深く自覚し凹むオレに、それでもライ兄ちゃんは声をかけてくる。
「それ、小父さんとか小母さんには言った?」
「言ってない……どうせ怒られるか、変な目で見られるだけだし。」
「じゃあどうして俺には言ってくれたの?」
「なんで、だろ。」
今思えば、オレはほぼ無意識の中、義務感のようなものでライ兄ちゃんに相談していたのだ。
改めて理由を考えてみると、いつも相談に乗ってくれたからとか、隠し事をしたくなかったからとか、何よりも受け入れて欲しかったのかもしれない。
そういう思いを、恥ずかしかったけれど素直に伝える。
「じゃあフウ、ここに思いっきりパンチしてみて。」
「え?」
突然何を思ったのかライ兄ちゃんは、片手を広げてオレに向かって手の平を向けて来た。
オレみたいに運動はあんまり好きじゃないし武道とかもやってないライ兄ちゃんの手はスベスベとしたきれいな手をしている、そこを殴れって?
「あ、えっと、でも……。」
「大丈夫、固定されてるわけじゃないから、骨が折れたり肉がつぶれたり、そういう怪我はしないよ。」
「ん……わかった。」
ライ兄ちゃんが何を考えているんかわからないけれど、オレは従うことにした。
オレの身長に合わせて少し下げてくれた手を前に、片手を前で構えて腰を落とし、反対の手を身体を捻りながら後ろに引く。
そしてその捻りを加えた身体全体の力を拳に集約し、全力の一撃をライ兄ちゃんの手の平へと叩きつけるように放った。
パチィン!
「んぃっ!?」
「あっ……。」
予想以上の威力にライ兄ちゃんは腕を思い切り跳ねのけられ、勢いのまま尻もちをつき呆然とした表情を浮かべている。
助け起こしに行くことも出来たろうに、オレはただそれを見つめている事しか出来ない。
やってしまった、ライ兄ちゃんに痛い思いをさせてしまった、やっぱりやるべきではなかったのだ、嫌われる、嫌われる……!
オレの心をネガティブな感情が支配する、自然に涙が出てきて謝罪が口から溢れるように零れ落ちてる。
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「はぁ……なんでフウが泣いてるのさ、物凄くデジャブを感じるよこれ。」
ライ兄ちゃんはオレの方へ近づくと、泣いているオレの身体を優しく抱きしめた。
「こうやってギューッてしたの何時ぶりだろうね。」
「らい、兄ちゃ……。」
「別に俺はこれくらいで嫌いになったりしないよ?何年一緒にいると思ってるのさ、それにパンチしろって言ったの俺じゃん。」
「でも、でもオレ、ライ兄ちゃんに、ぅぅぅ゛ぅ゛ぅ゛。」
「本当に、フウは昔から変わらないね。」
ライ兄ちゃんの手がオレの背中を優しくさする。慈愛に溢れたその撫で方はオレの心に深く響く。
「なんなら、フウが我慢できなくなったら俺の手とか貸してあげるよ?それくらいじゃ全然物足りないかもしれないけど。
人を殴るのは基本的に悪い事だけど、ちゃんと理由があるならそれが絶対に悪い事とは言い切れないからね。
でも抑えられるならそれに越したことは無い、俺で良ければ何でもしてあげる。」
「らい゛にい゛ぢゃぁ゛ぁ゛ん゛……!」
心に降りしきり心の川に濁流を起こしていた雨は止んで、それでも濁流は止まらない。
しかしそれはまるでダムが決壊したかのようで、留まり溜まっていた淀みを全て吐き出すような全くの別の要因からくる濁流だ、オレはライ兄ちゃんの腕の中で号泣をする。
そして涙が止まったオレは、ライ兄ちゃんに気になっていたことを質問した。
「なんで、オレにここまでしてくれるんだ……?」
「んー、何でだろうね。」
ライ兄ちゃんは少し考えてから、少し恥ずかしそうな顔をしながら口を開いた。
「フウの事が、大好きだからかな?」
「オレも、ライ兄ちゃん大好き。」
「あはは、そっか、ありがと。」
嬉しそうにオレの頭を撫でてくれる手から感じられるのは、深い友愛と親愛の感情だ。
でも何故だか、オレの心にはしっくりこない気がしていたのも事実で、そんな自分に困惑しながらもただ撫でられ、幸福感と深い安心感に浸っていた。
この程度で、と思うかもしれないけれど、それはライ兄ちゃんがオレの中で大きな存在になっていて、その大きな存在によって全てが赦されたような安心感から来るものであったのだろう。
そして同時にオレは悟った、オレを縛ってくれる存在はこの世に一人だけだと。
それから暫くした後だ、オレがライ兄ちゃんに抱く感情は友愛なんかじゃない、幼馴染が幼馴染に抱くような感情じゃないという事に気が付いたのは。
抱きしめられたらドキドキする、匂いをかいだら身体が疼く、そして一緒にいるだけで何故だか安心感が湧き上がってくる。
まだオレはこれを正しく言い表すことが出来ないけれど、それでもその幼馴染という立場がなんだか味気ないものに感じてならないのだ。
でもいきなり言ったら引かれるかな、嫌われるのは怖い……いや、きっとライ兄ちゃんなら受け入れてくれるはず。
それでも怖くて、覚悟を決めるまでに一年くらいかかった。
それでも来る日、群青の空に白い雲が浮き柔らかな光差し込む絶好の告白日和、オレはあるものを持ってライ兄ちゃんの部屋を訪ねる。
オレが手に持っているものを見て困惑する様子のライ兄ちゃんに、ずっと一緒にいて貰うために。
手に持ったペット用の首輪を差し出して叫ぶように言った。
「オレにこの首輪を付けてくれ!」
フウカくん実は結構危ない子、ライ兄ちゃん実はかなり甘々な人。
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