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17 地廻り

話は、現代に戻る。


千年を経て、再び魔物が跋扈ばっこしはじめた京都では、自警の為に巡回する自警団が存在した。


深淵会である。


出雲市など、他の地域は自衛隊と県警が連携を取っていたが、京都市は、県警上層部の不祥事の為に、東京からの出張警官が、実質的に活躍していた。


それでも、警察に対する市民の不信感は拭えず、南西から勢力を増してきた深淵会が、非合法な武装をして、巡回しているのだった。


非合法ではあったが、実際に何度も魔物を退治した深淵会に、市民は協力的になっていく。


深淵会のワンボックスカーは、今夜も京都市東部の町を巡回していた。


「♪ 15、16、17と~。私の人生~くら~かった~過去が~どんなぁに~く~ら~くても~。夢は~夜~ひ~ら~くう~♪」


その運転席から、聞こえてくる歌声は、70を越えた爺さんのものだ。


「演歌ですか?」

「歌謡曲だよ。せめて懐メロと言ってくれ」


ハンドルを握っている爺さんは、助手席に座っている、狐面の若者に答える。

この狐面を着けた者は、アユミお嬢の肝いりで組に入った者で、何人か居る。

古株と言えども粗雑には扱えない者達だ。

彼等が『殺せ』と命じた者は、身内でも殺さなくてはならない。

それが、お嬢の命令だ。


「前に、流行った宇多田ヒカルっていただろ?あれの母親のヒット曲だよ」

「凄いですね、宇多田一家」


共通する認識に、若者の興味が湧いてくる。


「でも流石に15歳で蔵を買うなんて、盛り過ぎですよね」

「ハハハハ・・・」


若者の返事に、老人は少し笑う。

『蔵 買った』ではなく『暗かった』なのだが、知らないのだからしかたがない。

しかし老人は、昔の事を思い出し、直ぐに笑うのを辞める。


「いやいや、盛り過ぎでもないぞ。現にお嬢は、15の中学生の時に蔵を買ったんだから」

「何ですか?その話は?」


深淵会は、ここ数年で、急激に大きくなったので、傘下に入った新参者は知らない話が多い。

そして、女子高生で組を大きくしたアユミ嬢の事は、多くの組員の関心の的だった。


「年寄りの話は、長くなるぜ」

「暇な巡回は、あと五時間有るんですよ。それまでに終わるでしょ?」


後部座席で、赤外線スコープを使って監視していた若者も、しきりに頷いている。


「じゃあ話すか。あれは、お嬢が15の夏だったか。深淵会は、田舎の小さなヤクザだった・・・・」


老人の話は始まった。


----------


大阪の田舎がシマだった、当時の深淵会。いや、深井組の娘として生まれたアユミ嬢は、その年に、隣の奈良の祭りに行きたいと、ゴネた。


あまり、余所の祭りに行った事が無かったからだ。

まぁ、御年頃だったのかも知れない。


今もだが、当時も若・・・今の権蔵親分の事だが・・・若は親バカで娘に過保護だった。

奈良の祭りに二十人の護衛を同行させると言って、聞かなかった。


そんな事をすれば、殴り込みと思われて、戦争になる。


そこで、考えたのが、向こうの組に上納金を納めて、シノギである祭りの露天商を出させてもらう事だった。


仁義を通せば、十人位は送り込める。


だが、いくら奈良寄りとは言え、奈良の祭りまでは遠い。

当時の出店はリヤカーの様に手で引いて移動するタイプだったので、組から持っていくのが大変だった。


その話を聞いたお嬢が「中間地点に倉庫を買って、そこに屋台を置けば?」と言われた。


お嬢の希望で奈良側に倉庫を買って、向こうの組にも話をつけた。

まぁ、店を毎年出せば、上納金が入るのだから、文句は出なかった。


お嬢が、カマボコ板に名前を書いて倉庫に掲げ、「ここはアユミの倉庫よ」と言っていたのを組員は、微笑ましく見ていた。


そんな準備をしていた頃に、大阪で大規模な手入れがあった。

多くの組が、警察に摘発され、潰されて、残るのは抗う力を持った、大きな組ばかりだった。


田舎のヤクザにも、遅れ馳せながら、その手は伸びてきた。


小さな組だが、ヤバイ物は有る。

預かった盗品や抗争用のチャカや長ドス、その他。

捨てる訳にもいかない。


お嬢は言った。

「祭り用の露天商を奈良の倉庫へ持っていけ」

と。


若い衆に、露天商を引っ張って、奈良まで運ばせた。

ヤバイ物も乗せて。

奈良は大阪府警の管轄外だ。手出しできない。


周りの組は、かなり潰された。

うちの組は、周りの空いた縄張りを吸収する形で、大きくなり、深淵会になった。


お嬢は、無事に奈良の祭りを堪能し、若は、ますますお嬢に甘くなった。

幹部は、ますますお嬢に頭が上がらなくなった。


---------


「それって、お嬢が買った訳じゃないですよね?」


狐面が突っ込む。


「じゃあ、何か?ガキが駄菓子屋で菓子買う金は、ガキが稼いだ金か?お嬢の指示で、お嬢の為に買って、お嬢に贈られた倉庫だぞ」

「・・・・・・そうっすね」


狐面の若者は、話の腰を折るのも無意味だと、承諾した。


「結果的に、奈良でのシノギも上々で、お嬢の指示で始めたシノギの為に、その後も倉庫を買った」

「お嬢は、本当にヤリ手だったんすねぇ」


狐面は、肝心して見せたが、環境さえ整えば、転生者には難しくはない事を知っていた。


狐面を着けた者は、残った陰陽師や、未発見のツーフェイスを見付ける為に、同乗している。


「先代に拾われ、若と組を守ってきたが、そろそろ御払い箱かと思っていた。が、お嬢は本当にすげえ。こんな老いぼれに、ヤクザの本分ほんぶんを全うさせてくれるなんてよぉ」

「本分?運転が?」


若い衆が首をひねる。


老人は、信号待ちで止まったタイミングを使って、呆れて若い衆を見回す。


「おめえ等も、ヤクザってもんが、わかっちゃあいねえなぁ」


若い衆は、銃を出して老人に見せる。


「じゃあよぉ、ヤクザと暴力団やチーマーの違いって、何だよ?」

「同じじゃねーの?」

「バカ野郎。そんな頭だから、仁義も任侠も廃れるんだ」


年寄りの説教が始まる。

因みに、この爺さんは普段は寺男てらおとこをしていた。


「ヤクザの本分は、地廻じまわりだ」

「地廻り?」

「地元を見て廻る。つまりは警備業だな。昔は『地廻り』がヤクザの別称だった。他に仲介や交渉事をやるのが、本来のヤクザだ。『清水の次郎長』とか見ねえのか?」


若い衆は、パブやソープの用心棒をさせられた事を思い出す。

ゴネた客や、暴れる客などをシメる仕事だ。

確かに警備業だなと、納得する。


そう言われてみれば、今、やっている自警団は、ヤクザ本来の仕事なのかも知れない。

喧嘩の仲裁もするし、地域から御礼として上納金も上がってくる。


「仲裁なんかも、話し合いだけで済めば良いが、人間ったあ、そう簡単にはいかねえ。結局は力比べになっちまうから、腕っ節の強い世間のハミ出し者を揃えて義を通すのに使うって事だ。力を使って意地を通すんじゃねえ!感情を抑えて義を通す為に力を使うんだ」

「まるで正義の味方っすね?」


老人は、再び呆れる。


「お前達、時代劇を見たことはあるか?」

「まぁ、一度くらいは」

「街中とかで、十手を持って悪党をふん縛る『岡っ引き』って居るだろう?」

「えーと、銭形ナントカとかですか?」

「ああ。『銭形平次』な。あれはヤクザだ」

「えっ?今の警察じゃないですか?」


老人は頷く。


「そうさ。地元の警備業などが認められて、警察になったのが『岡っ引き』なのさ」

「そう言えば『親分』って呼んでましたね」


若い衆は、目から鱗状態だ。


「お嬢は、本当に凄げえよ」


老人は遠くを見つめていた。


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