13 追跡者
現在の深淵会を実質動かしている深井アユミは、黒塗りベンツのワンボックスカーに載って、京都市内を走っている。
彼女は、運転席と後部ハッチバックにセットされたドライブレコーダーの映像をリアルタイムで見ていた。
この車両には、それ以外にも4台のカメラがセットされ、360度全面を撮影している。
運転は部下の山根が行い、室内スピーカーから聞こえる、後部座席からの指示で右左折を繰り返す。
山根はトランシーバーで、後続の二台へと進路変更の指示を出している。
〔目標が左折しました〕
「この交差点を左折だ!」
後部座席からの指示を聞き、山根は今し方に通過した交差点を横目に見ながら、後続車に指示を出す。
自分は曲がれなくとも、後続車なら曲がって、目標を追尾出来る。
そして、次の左折路を探してナビを確認する。
数日の電波傍受の結果、陰陽師が使っているIP電話回線の電波を傍受し、発信源を見つけるべく、幹線道路を走っていた。
「まさか、移動車両とはね。ネットショップを回っていると思っていたけど」
予想外だったが、ポイントを変えて、日数をかけた甲斐はあった。
アユミ達の使っている車両には、六本のアンテナがあり、電波の発信源の方向を知る事が出来る。
後続のワンボックスにも、同じアンテナと受信機が付いており、二台の車と計12本のアンテナからの情報をアユミの乗った車の器材で測定して、より正確な方向と、距離の変化を測定できる。
恐らくは、米軍仕様なのだろう。
「解析は、まだなの?」
アユミが後部座席に檄を飛ばす。
彼女が調べさせているのは、電波の強い時に、近くを走っている車の割り出しだ。
電波のレベルと、カメラの映像を見比べれば、共通する車両が炙り出せる。
〔あれですね。左車線の五台先。銀色に青いラインの箱車が見えますか?あれに間違いないですね〕
「あの、大きい奴か?」
アユミが見ると、運送屋が使う様な大型の箱トラックがタクシーや一般車に混ざって走っている。
「三号車、見える?」
〔見えます!お嬢〕
三号車は、親衛隊の乗っているレクサスだ。
少し離れて走らせていた。
「一号車と二号車は、追い抜いて右折するから、三号車は引き続き尾行して、番号と停車位置を確認しなさい」
〔わかりやした。お嬢〕
尾行で追い続けるには、黒のベンツワンボックスは目立ちすぎる。
二台のベンツは追い越しを繰り返し、幹線道路をはずれて行く。
そして、交通量の少ない脇道で二台は停車した。
「えーと・・・・・」
アユミは、しばらく車内で考える。
山根は息を潜め、そんなアユミを横目で見る。
組員の大半が、既に彼女の指示で動くのは、総長の娘である事だけではなく、年齢にそぐわない洞察力と行動力にある。
実質、彼女の指示とコネクションで、傘下も増え、組は数倍に大きくなり、『暴力団』と言うより『組織』と言う内容になっている。
そんなアユミが考え込むのを、邪魔する奴は、彼女の周囲には居ない。
暫く考えて、アユミはトランシーバーを手に取った。
「相手の拠点がわかり次第、夜に奇襲をかけるから、二号車は京都市内で待機して準備しなさい。増援も呼ぶから、安心して」
〔了解っす〕
トランシーバーを置いて、後部座席への覗き扉を開け、後ろの三人にも聞こえる様に話す。
「一号車は、レンタカー二台に別れ、三号車と連係して、あの車を尾行するわよ。山根、近くのレンタカー屋へ向かって」
「へい。お嬢。」
山根はスマホを使い、近くのレンタカー屋を探し始める。
アユミは、自分の携帯を出してダイヤルを始めた。
「後藤、私や。拠点殲滅用の兵隊を十人くらいを京都市内へ送れる?」
〔出来やすが、出入りですかい?〕
「いいや。企業殲滅やから、防弾は要らんが、夜間奇襲やから赤外線を用意して」
〔イエス、マム。19時着でよろしいですか?〕
「OKや。頼んだでぇ軍曹」
横で会話を聞いていた山根が、脱力している。
「俺等、本当にヤクザかいな?」
アユミ達の車が走り出すと、三号車のレクサスからメールが届いた。
例のトラックの現在位置が書かれているのと、外観とナンバープレートが写真で添付されている。
「でかした!」
アユミは、メールの文章を書き換え、二ヶ所程に転送する。
すぐに折り返し、転送した一件である巽から『応援に向かう』とのメールが届いた。
レンタカー屋では、種類の違う二台のレンタカーを借りた。
「この、グレーの5ナンバーと、白い軽ワゴンを24時間で頼むわ」
高校生のアユミ以外は、免許を持った者を準備していた。
山根とアユミは軽ワゴンに乗り、後部座席にいた三人はグレーの普通車だ。
アユミは、尾行要項をメールで各車に送った。
同じ車で尾行し続けると、バレやすいので、京都市内を三分割し、リレー形式で交代交代に尾行を行う。
現在位置や引き継ぎは、ラインや電話で出来るし、近くに来ればトランシーバーも使える。
「24時間、年中無休で走り続けるわけがない。どこかに拠点があるはずよ。まずは、それを見付けて、夜間に奇襲をかける」
アユミから、予定の全貌が告げられる。
そんなアユミを見ながら、山根は、過去の彼女の生活ぶりを思い出していた。
アユミが生まれた時から、子守り役の一人に選ばれた山根は、彼女が幼少より映画好きである事を知っている。
いや、ヤクザの娘に友人は出来ず、大人がビデオで誤魔化していたと言うのが真実だろう。
最初は子供向けのビデオを見ていたが、小学校に入った頃から、ケーブルテレビのドラマを見る様になった。
動向も、精神が、いきなり大人になった様にも見えて、皆が驚いていたが、手間が掛からないのと、周囲が大人ばかりなので、ポジティブにみられた。
その後、何かをする時には、本やインターネット、ドラマ等で調べ、現実の環境と比べて工夫していた。
今回の追跡劇も、あの巽とか言う探偵に相談して器材を集め、映画やドラマを延々と見て研究していたのを山根は知っている。
本当は違うのだが、彼女の配下は、彼女が異質なのは、彼女なりの努力の成果だと思っている。
「お嬢は、お嬢なりに頑張っておられる。お前らも手え抜くと、ブチ殺すぞ!」
組の若い者は、親衛隊の男達が、お嬢の事になると見境が無くなるのを、実際に知っている。
ふざけた真似をして、消えた組員は二桁に至っている。
血統と実積。さらに親衛隊の恐怖が、アユミ中心の組織を強固にしていた。