(伊藤 くるみ)
教室に入ると、教室にいる全員が同じ話題で話をしていた。15人が4グループくらいに分かれていたけど、その全グループが同じ話をするなんて、テレビの話題だったら、その番組は、きっと高視聴率だ。
「うっそー それマジだったら小野のやつサイテーなんですけどー お前が触れていい相手じゃないって」
「マジで、つーか、マジで 小野消えてくんない? 殴ったってしょーもない理由なんじゃないの?ああいう変なアニメ見てるから変になるんだよ」
「庭野、かわいそすぎるだろ。あんなやつに話しかけられるだけでダルいのによ」
庭野君には同情の声が集まり、小野君には非難の声ばかり。皆ここぞとばかりに小野君の悪口を言う。今ならどんなに酷いことを言っても許される。むしろどれだけ面白い悪口を言えるかで、今後の自分の立ち位置も決まる。
何故 こんなことになっているのか?
小野君は、どちらかというと物静かで、アニメが好きの大人しい男の子。多くの人と絡もうとせずに、自分の気のいい人たちとだけ話しているような子だ。
確かに今までも、
「私、小野に抱かれるのだけは、100万貰っても無理」
「小野が授業中に、また、定規を見て、にやけてたんだけど、マジで、あり得ない」
陰で、小野君の悪口を言う女子は何人かいたけれど、こんなに酷くはなかった。今じゃ、小野君はただの悪者。力ずくで人々の宝を片っ端から奪った鬼のようなただの悪者にされている。
「あ、くるみ おはよーー」
「あ、おはよう」
野球部のマネージャーをしている落合光希が声を掛けてきた。彼女の恋も私が叶えたといっても過言ではない。野球部のマネージャーをしているし、てっきり野球部の中に好きな子がいるんだろうなと思ってたけど、まったくそんなことはなく、吹奏楽部の高坂君だった。
入学式の日に一目惚れするも、どう声かけていいか分からず、1度も話しかけることが出来なかったため、私に相談してきた。活発的な彼女なら、他にも協力してくれそうな人は他にもいそうだけど、何故か私に相談してきた。
「どうすればいいかな?」っていう光希に対して、私はただ、光希に、高坂君の好きなバンドのことを本気で好きになるようにとだけ話をした。本気で好きにならないと、話が薄っぺらくなって、話が盛り上がらない可能性があるから。
光希はそのバンドに魅力を感じることが出来ず、結構な努力したという。何度も何度も同じ曲を聞いて、少しでもその曲のよさに気付いたらすぐにメモを取る。そんなことをしていたら、本当に好きになったらしい。
彼女の努力は報われた。
高坂君は、光希が自分と同じバンドが好きだということを知って嬉しかったようで、高坂君と光希はすぐに仲良くなり、結果 高坂君が光希に告白をした。努力のお陰で、選ばれる方から選ぶ方になれた。今もまだ2人は付き合っている。光希からたまに、愚痴を聞くこともあるけれど、何だかんだで続いているってことは仲がいいってことか。
そこから光希とは、普通に話すようになった。光希は、マネージャーをしていることもあって気が利くし、話しやすい。
「小野のやつ、よくやるよね。あの庭野君を殴るなんて。自分の立場分かってるのかな」
「理由は何?」
「小野君が一方的に殴ったっていうのは聞こえてきた話で何となく予想ついてたけど」
「それがね」
「小野って、青木さんのことが好きだったみたいなんだよ。どこで聞いたか知んないけど、その青木さんは自分じゃなくて、庭野君が好きだったってことと庭野君には付き合っている人がいるってことを小野が知って、庭野君を殴ったんだって。要するに、自分を好きになってもらえないのは、庭野君のせいだと思い込んだんでしょう」
ち、千春?
小野君は千春のことが好きだったんだ。正直興味はないけど、小野君が頑張って千春と付き合ってくれたら……
ダメだ、ダメ。私は鈴木くんの味方だったんだ。それに身勝手な理由で人を殴るような人は、千春と付き合って欲しくはない。千春は私の友だちだし。
「それは小野君が悪いね」
「教室がこんな雰囲気になるのも分からなくもないね。庭野君が可愛そう過ぎるよ」
ずいぶん勝手な理由で、小野君は人を殴ったことになる。だからといって皆で袋叩きにしていいわけではないけど、これが本当ならば、誰も庇いようがない。
普段 小野君と話をしている。松田君と塚原君でさえ、今日ばかりは距離を取っている。
自己防衛 彼等も怖いんだ。
この教室という空間の中で、皆が右を向いているのに、自分たちだけが左を向くことが。
本当に仲が悪くなったわけではないと思うけど。
このこと、鈴木くんは知ってるかな?
小野君が庭野君を殴ったってことはすぐに知ることになるだろうけど、原因が千春だってことは、まあ、これもすぐに広まりそうではあるけど、千春がかわいそうだ。だって、小野君のせいで全く関係ない人にまで、千春が庭野君のことが好きだったってことが知れ渡るのだから。
千春はあんな性格だから、そんなに気にしないのかも知れないけど、普通は傷付くし、腹が立つ。何で、関係のない小野君にそんなことバラされなきゃいけないのよって。
そう考えると、こんな言い方はしてはいけないのもしれないけど、小野君は、罵声や陰口を言われる今の状態で、反省して欲しい。
逆に千春のことだから、小野君から好きって言われたことに気を取られるかも知れない。
小野君はカッコよくもないし、こんなことをするような人間だけど、好きって言うのは1つの愛情表現だから、嬉しくないわけはない。私は親族以外からはまだ、1度も言われたことはないけれど。好きだってことを表現する人の表情はたくさん見てきたから。
話した方がいいよね、鈴木くんに?
「どちらにしようかな、天の神様の言うとおり……」
天の神様は、Yesを示した。
よし、これは鈴木くんに話をしよう。
「鈴木くん、庭野君が小野君に殴られたって話は知ってる?」
「あ、うん朝 岸から聞いた。まあ聞く前から、クラスのほぼ全員がその話をしていたから、何となく知ってはいたけど」
「多分、岸が話してなかったとしても、誰かしらはその話をしてきたと思うけど」
鈴木くんの言うとおり、よっぽど鈍感な人じゃない限りは何があったのかは
「本当それね~」
「あんなにみんな同じ話をして。それだけ庭野君に影響力があるってことかもしれないけど~」
「うん、そうだね。でもまた庭野かよって」
「庭野、庭野、庭野、庭野って羨ましいと思うよ。それだけ彼のことがみんな好きってことなんだろうけど、庭野ばっかりで」
「小野君が、何で殴ったかは知ってる?」
「いや、それは聞いてない」
「岸は、知らないって言ってた」
「へぇー。まあ男の子は、物事の結果が大事で、女の子は物事の過程から聞きたくなるっていうしね。過程まで聞きはするけど、聞き終わったら7割くらいしか覚えていない子が多いんだよね~」
「それはいいとして……小野君が庭野君を殴った理由なんだけど、それが、千春が関係してるんだって」
「小野君も千春のことが好きだったみたいで、その千春が好きだった庭野君が別の人と付き合ってるのが、気に入らなくって」
殴ったらしいよ
「小野って、青木さんのことが好きだったみたいなんだよ。どこで聞いたか知んないけど、その青木さんは自分じゃなくて。庭野君が好きだったってことを小野が知って、庭野君を殴ったんだって。要するに、自分を好きになってもらえないのは、庭野君のせいだと思い込んだらしくてムカついて殴ったって」
「何で、今?」
「怒るにしては遅いでしょ?」
その反応も無理もない。庭野君が付き合い始めたのも、千春が失恋したのも2か月前。
普通の人なら、遅いって思うだろうけど、小野君は今まで、そのことには気づかなかったんだと思う。気づいていなかったけど何かの拍子でやっと気づくことになったのだろう。小野君は、恋話には鈍そうな感じだし。
「鈴木君 私は前は焦らない方がいいってことを言ったけど、千春は色々と鈍いから、鈴木君が千春のことを好きだってこと全く気付いていないし、今のまま何もしないと気付きそうにもないような気がする。少しアピールをしてみてもいいと思う」
好きな人の恋愛相談だから、私も怖じ気づいている。これで失敗したら、どうしよう。他人の恋愛なのに、自分のことのようにドキドキしている。
「アピール?」
「これを言うことはルール違反かも知れないけれど、千春は鈴木君が茉優美ちゃんのことが好きだって思っている。鈴木君は茉優美ちゃんのことばかり見てるって」
「鈴木君が茉優美ちゃんのことが好きだって言ってた何てことも言ってたよ」
これは、ルール違反かも知れない サッカーでいったらイエローカード1枚を貰いそうな。でも、ルールを破ったのは、鈴木くんじゃなくて、私。言うならば選手の意志に反してセコンドが勝手に反則を貰うようなもんだから。鈴木くんが責任を感じることは一切無い。
「小野君が殴った理由を、千春もいずれ知ることになる。私は千春には言ってないんだけど、それこそ茉優美ちゃんとか、いいそうじゃん。もう言ってるかもしれないけど」
「そうなったら、千春のことだから小野君のことを少なからず意識すると思うんだよね」
私の心は感情の大渋滞が起こっている。
協力するって心に決めたはずなのに、どこかであわよくば、自分が幸せになろうとしている。
鈴木くんが千春のことを諦める、やっぱり千春は幼馴染みであって親友だから恋人にはなれないって思うかも知れない。そしたら私が勢いで告白しちゃおっかな?
相談にのっているなかで、何か、何かの間違いで、鈴木くんが私のことを好きになってくれるかもしれない。少女漫画で見たことある、相談に乗ってくれていた男の子のことを徐々に意識するようになって、告白する前日に結局、相談に乗ってくれた男の子の方に告白するって展開も見たことある。
この心のモヤモヤをどうにかしたい。私はどうしたいのか、どうするのか、どうなるのか、自分で自分が分からなくなる。
「すぐに告白した方がいいとは言えない。言えないけど、何かしら伝えてみてもいいのかも。その唐揚げってのに、千春も入っているよって言ってあげるとか」
告白する前に、成功率なんてものが見えれば、もう少し告白しやすいのに。
「0%」
あ、やめておこう。私は無理なんだ、告白する前に無理だと気付けたから告白はしない。
「20%」
5回に1回。そう思えば、告白しやすいけど、もう少し暖めておこうかな。暖めおく間に確率が上がるかも知れないし。
「75%」
書類選考は通過。あとは告白の仕方次第でいい結果は返ってくるかもしれない。告白の方法を模索し、練習を重ねてチャレンジしよう。
「99%」
もう怖くない。両想いだったんだ。どちらも牽制していただけだから、告白という行為さえすれば、兼ねて恋人に。
今まで、恋のキューピットをやってきたけど、1度たりとも当たって砕けろなんてアドバイスをしたことはない。いくら他人の恋だからって、そんな無責任なアドバイスはできないよ。いけるかもって思ったら、さりげなく告白するように促すけど、それ以降はあくまで当人次第だから。
「千春と俺の関係だから、真剣だとは思ってもらえないだろうな~」
「う~ん、でも千春は純粋だから、言葉に隠された意味なんか考えず、そのまま受け取るんじゃないかな。普通だったらだけど、鈴木くんと千春は幼馴染みなら、千春にとっては特別だと思うから分かんないけど」
「ありがとう」
「俺もそろそろ動いてみる」
鈴木くんの表情は少し心配そうに見えた。それもそうだよね。不安だよね。
ダメだな私。
今まで1番ダメなアドバイスだった。全然相談に乗れなかった。背中を押してあげる存在のはずなのに、前向きな言葉を掛けてあげることが全然出来なかった。
「サクッと告らせてフラれればお前のこと見てくれるかもよ。今だよ今 チャンスだって今が」
私の中にいる悪魔がそうささやく。私利私欲ためだけに動けと惑わす。
神様は本当に意地悪だよ。最初っから、皆が両想いになるように、A君がBさんを好きなら、BさんはA君を好き。三角関係なんて、失恋なんて起きないように人間を作ってくれれば、私たちはこんなに悩まなくて済んだのに。こんだけ神様の悪口ばかり言ってるから私はいつまでたっても神様から救いをもらえるどころか、意地悪をされ続けるのかな。




