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天使だけど今、日本で働いてる。無給で。  作者: 風羽洸海
天使は聖夜も休めない
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page 4

   ※


 天使ってやつは本当に勤勉で嫌になる。

 大貫家を訪ねた翌日にはもう、米を届けに来やがった。それから地域の福祉関係者に渡りをつけたらしく、何か書類を持ってきたり。まったく、教会の手伝いはどうなってんだ。ちゃんと仕事してるんだろうな? 査定に響いても知らねーぞ。


 そうして足繁く奴が通ってくるもんで、最初は遠慮と警戒があった大貫親子も、だんだん態度を和らげていった。忌々しい。時間をかけて小僧の意識をこっち側へ――誰も信用できない、取れるもんは根こそぎぶんどる、こっちは困ってるんだから他人の都合なんか知るもんか――引き寄せていたのを、あっさり帳消しにしやがって。俺の努力を返せ。


 だが一方でいい効果もあった。神父が出入りするのを見て、苛立ちと敵意を募らせる奴がいた、ってことだ。悪魔の手先、俺の駒。まぁ本人はそんな自覚はねえだろうがな。

 予想通りに動かなかったら、ちょいと後押ししてやる必要があるかと思っていたから、こいつは願ったりだ。


 ボンクラ天使は気付かなかったが、アパートから少し離れた路地に停まっている車が一台。その辺の住民のものに思えるが、よく見ると他県ナンバーだ。その中からひとりの男が、母子を監視していた。

 ――そう、小僧のDV親父さ。


 ことの起こりは先月初旬。

 ボンクラ天使に嫌がらせするばっかりじゃ退屈なんで、俺は電子の海に漂って、鰯の群れより巨大な醜悪愚劣の渦を適当にかき回して遊んでいた。ああそうさ、もちろん今時の悪魔はSNSだって利用するとも。アナログ脳の古くさい天使どもとは違うんでね。


 そんな折、たまたま俺の釣り針にひっかかったねちっこい執念があった。それがこいつだ。鬱屈した憤懣を持て余し、毎日ネットに上げられる不用心な写真から、場所や個人を特定して憂さ晴らしをしていた。おまえの家を知ってるぞ、だとか嫌がらせコメントを送り、恐怖で支配して喜ぶ。

 チンケな暴君の腹の底に、敗訴の屈辱が噴火寸前に煮えたぎっているのが見えた。何が正しいかもわからない馬鹿どもめ、あのクソッタレ女、思い知らせてやる……あれこれあれこれ。

 だから俺は、こいつの怒りと関連のある画像が引き寄せられるように、ちょこっと細工をしてやった。あの素敵な街路樹ツリーの写真がそれだ。

 三叉路のカーブミラーに映り込んだ女の姿を見付けた時の、奴の喜びようときたら、俺も久々に大満足だったね。


 自分をコケにした元妻の居所を突き止めた男は、密かにこの町へ来て母子の監視を始めた。母親には子供の養育・監護能力が無い、という証拠を集めるためだ。俺は俺で、こいつよりもっと旨味のある獲物(つまり小僧)を釣り上げる仕込みにいそしんできた。


 そうして満を持して今宵、クリスマスイブ、ついに復讐のゴングが鳴る!


 つってサンタの扮装してるのがしまらねえな……。

 どこぞの量販店で手に入れた安いコスプレ赤コートを着て、同じく赤い帽子を深くかぶり、当節必須のマスクを着けたら、もう人相なんてわかりゃしない。


 派手にラッピングされた箱を小脇に抱え、スマホ片手にアパートへ向かう。俺も姿を消して横についた。

 小僧はもう冬休みだし、母親も帰宅したのは確認済みだ。今頃、テーブルにチキンとケーキを並べて、つつましいクリスマスパーティーの準備中だろう。


 男が呼び鈴(チャイム)を押す。インターホンでさえない、ピンポーン、と鳴るだけのやつだ。薄い壁の向こうに足音が近付く。ドアのレンズ越しに外を確認したらしく、困惑した女の声が問いかけた。


「どちら様ですか?」

「自治会のサンタクロースです。プレゼントの配達に来ました」


 答えたのは、男の手にしたスマホだ。事前に他人の声を用意しておくあたり、さすがに自分だとばれたらドアを開けっこないというぐらいは理解しているらしい。それでも自分にはこの家に上がり込む正当な権利があると思ってんだから、人間ってやつは、いやはや!


「自治会? うちは入ってませんけど」

「プレゼントの配達に来ました」


 音声のパターンはそれしかないので、偽サンタは同じ台詞を繰り返す。さすがに女も不審に思ったようだが、そこはそれ、あのボンクラ天使の親切が効いた。

 もしかしてあの神父の関係者なのか、彼のほうからここにも配るように伝えられたのか、とか勝手に想像してしまったわけだな。


 ためらいがちにガチャリとロックが外れる。ドアが開いたら、もう勝負は決まりだ。

 偽サンタが問答無用で中に押し入る。


「ちょっと! なんですか、いったい」


 抗議しかけた女が、マスクをむしり取った偽サンタの顔を目にして蒼白になる。恐怖で硬直した女を突き飛ばし、男はずかずか上がり込んだ。


 狭いアパートだもんで、玄関からダイニングまでほんの五歩ばかりだ。小僧はテーブルのそばに立ち尽くしたまま、母親を助けに行くことも、逃げることもできず固まっている。


「メリークリスマース、拓也。プレゼント持ってきてやったぞ」


 男は得意満面に箱を掲げて見せた。どうだ嬉しいだろう、当然喜ぶよな、感謝しろよ?……ってな圧力がすごい。いっぱしの悪魔じみてやがる、はははっ。さしずめサンタの仮装をしたクランプスってところか。


 恐怖の呪縛を振り切って、女が声を上げる。


「なんでここにいるの! 接近禁止よ、出てって!」


 勇気を振り絞って反撃したつもりだろうが、無力ってのは悲しいもんだねえ。男は毛ほども動じず、蔑みの目つきで振り返った。


「何言ってるんだ、おまえは。父親が息子にクリスマスプレゼントを渡しに来たのを、追い出せると思ってるのか? 本っ当ーに、つくづく、おまえは頭が悪いな。こんな阿呆が母親じゃ、拓也をまともに育てられるもんか」

「……っ」

「接近禁止命令なんかとっくに期限が切れてる。六ヶ月しかないの、忘れたのか」


 言い放たれて女が愕然とした。あーあ。本当に忘れてたんだろう。とにかく逃げることで頭がいっぱいで、ようやく落ち着き先と仕事を見付けたと思ったらコロナであっさり解雇。子供に三食なんとか食わせてやることに必死になっている間に、六ヶ月なんてあっという間に去っていたってわけだ。


 ちなみに禁止命令は延長できない。まだヤバいと思うなら、期限が切れる前にもう一度あらためて申し立てしなきゃならない仕組みだが、その時も、先の禁止命令が出た後で身の危険が予想される出来事があったのでない限り、まず認められないとくる。


「一生、二度と近付くな、なんて命令は裁判所でも出せないんだよ、馬鹿」


 つまりそういうこった。

 女が言葉を失って唇をわななかせる。両目がみるみる潤んで涙がこぼれた。男は鼻を鳴らし、息子のほうに笑顔で向き直る。


「ほら拓也、受け取れ。それからディナーに連れてってやる」


 箱を突き出してずいと一歩。小僧がたじろぎ、救いを求めて目をさまよわせた。母親は頼りにならない。もちろん俺の姿も今は見えていない。テーブルの端に置かれた母親のスマホに目を留めたのは、110番すべきかと迷ったんだろう。その視線の動きに、男が笑みを消した。


「何やってる。ぐずぐずするな、早く来い」

「……」


 小僧が歯を食いしばる。そうだ、いいぞ。怒れ、憎め。

 ささやかで平穏な母子ふたりのクリスマスをぶち壊した偽サンタを、叩き出してやれよ。

 さあ――!


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