第三話 一対一
その日は酷い雨だった。ずぶぬれになったMAYAが走ってくる。おれはランドローバーディスカバリーの助手席のドアを開けた。MAYAが入ってくる。
「これがおまえの車なの、しぶいじゃない」
おれはMAYAにタオルを渡すと無言のまま、車を発進させる。
「それにしても学校まできて呼び出すなんて、驚いたよ。一体何があったのか説明してくれるんでしょう?」
「人類を救うため戦ってほしい、といったらどうする?」
MAYAは苦笑した。
「本気なわけ?」
「80%くらいは」
MAYAはため息をつく。
「この間のゼロの件が関係しているの?」
「まあそうだ」
雨の中、おれは車を高速に乗せると、全速でとばす。
「ゼロは宗教団体プルシャ・スークタに関係している。プルシャ・スークタはこの間おまえとゼロが対戦したあのシステム、通称GARDAシステムを使ってF16を一機手中に納めた。経緯をいえば太平洋上で行方不明になったF16が、一機あったことを知ってるだろう」
MAYAは、冷笑を浮かべているようだ。
「ニュースで見たよ」
「それだ。まだメディアには、正確な情報は流されていない。プルシャ・スークタはタンカーを改造した疑似航空母艦を持っている。船籍はロシア。現在は太平洋の領域外を航行中。F16はそこにあった。今朝までね」
「今朝まで?」
「1時間ほど前プルシャ・スークタと思われる組織から日本政府へ声明があった。ミー
シャウィルスを積んだF16が太平洋上日本に向かっていると」
「ミーシャウィルス?」
「インフルエンザ並の感染力を持つエボラウィルスだと思ってくれればいい。1000万ドルをプルシャ・スークタは要求している。米ドルだよもちろん」
MAYAは苦笑した。
「そのF16を自衛隊が撃ち落とせばいいのでしょう。簡単じゃない。私の行く理由が判らないな」
「自衛隊機が接近してくれば、手近な島へウィルスを積んだミサイルを打ち込むといっている。その島民は全身が腐敗して死ぬことになる」
「じゃ私が行ってもおなじだな。1000万ドル支払うことだね」
「おそらくゼロがそのF16をコントロールしているはずだ。ナミがゼロを押さえるために公安と機動隊を動かしているが、時間が足りない。というかリスクが高い。やつがソビエト空軍を除籍された理由は、精神分裂病と診断されたためだ。ソビエトの精神科医の診断が持つ信憑性に疑いはあるが、やつはまともじゃない。プルシャ・スークタにコントロールされているとは信じられない」
MAYAは肩を竦める。
「いっとくけど私は一介の女子高生だよ」
「もちろん」
雨の中、おれのディスカバリィは凄まじい速度で走っている。パトカーの先導を頼むべきだったかなと少し後悔していた。
「いやならいい。今なら戻れる。引き受ける理由は何もないはずだ。時間が少ない。決断するなら早くしてくれ」
「行くよ」
MAYAは穏やかな笑みを見せた。
「私は生まれてからこのかた、誰からも必要とされていないと思っていたよ」
「馬鹿いえ」
おれはMAYAに笑いかける。
「これはリベンジのチャンスだよ。おまえが、世界に対する」
MAYAは不思議そうにおれを見る。
「行くなら勝て。そして世界を自分の足下に跪かせろ」
「当然だね」
MAYAは初めて楽しそうな笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◆
おれたちは、公安関係者らしき男にその部屋へ案内された。そこは元々デバッグ室だったのを会議室として使っているらしい。プロジェクターにはテレビカメラを通じて会議に参加しているらしい人影が見える。中には総理大臣らしい人も見えた。
会議卓に座っているのは背広姿のおっさんたちに、制服姿の自衛隊関係者、それに作業着姿の技術者たちである。ナミは一人立っていた。ビジネススーツ姿のナミは日頃会う時のような派手さは無いが、強烈なオーラを放っているためシャネルのスーツ姿よりも遙かに存在感がある。
ナミはおれたちをみると、手をあげて言った。
「彼女が今着きました。御子柴摩耶、通称ファントムMAYAです」
会議室がどよめく。MAYAは例によって、孤独を纏った毅然さを全身から放っている。おそらくお偉い官僚の方々にはあまりうけがよくないだろう視線で、彼らを見ていた。
「ゼロは本当に乗ってくるのかね?」
ナミは強い光を放つ眼孔で、発言したおっさんを睨む。
「もちろんです。何度も説明したようにゼロはマインドコンンロールを受けていない、自由意志で参加している傭兵のような立場です。しかし、彼は傭兵のようなモチベーションを持っていない。彼にとっては全てがただのゲームに過ぎません。だからより危険だといえますが。その彼がMAYAには一度対戦で破れています。MAYAとの戦いは、彼としては望むところのはずです」
おっさんは黙ってしまった。おれはやれやれと思う。ナミのシミュレーションではゼロの乗ってくる確率は五分五分としていたはず。ああ言いきったら、しくじった時難しくなるだろうにと思う。
別の恰幅がいいおっさんがくちを開く。
「やろうじゃないか。議論している時間は無い。失敗しても失うものは無い」
すると別のおっさんが異を唱える。
「ここの最終決定権はあなたにある訳じゃない。総理の判断も必要だろう」
「だから今という状況を理解しているのかと言ってる」
目の回りに隈を作った甲賀がおれたちに近寄ってきて囁いた。
「このおっさんらの議論につきあうことは無い。外で待ってろ。結論が出たら知らせる」
おれはうんざりした顔の甲賀に囁く。
「大丈夫か?」
「おっさんたちの議論を聞いてるのは拷問に近い。でも少しなれたよ」
「お気の毒様」
◆ ◆ ◆
おれたちが部屋の外で待つこと五分。ナミの咆吼が外まで聞こえた。会議は終わりを告げたようだ。ナミが一人で出てきた。多少疲れた顔をしている。
「ったく何決めるにも、うだうだうだうだ。ゲーハのインポ野郎ども」
「やるんだろ」
おれの問いにナミが頷く。
「当たりまえだのクラッカーよ。MAYAさん、こっちへ」
甲賀と数人の技術者も会議室からでてきて、一緒に移動する。例のテストルームに入ると、F4EJのブースに座ったMAYAに甲賀がブリーフィングを始めた。
「恭平、ぼっとしてないで。あなたにも仕事があるのよ」
「なんだよ」
ナミの呼びかけに応じてコンソールの前に座る。
「このコンソールを通じて、ゼロの操作している端末にメッセージが送れるの」
「何をさせる気だ」
「決まってるじゃない」
ナミはにんまりとサディスティックに笑う。
「ゼロとの交渉役はあなたに任すわ」
「冗談」
「いいこと、この間ゼロはあなたにだけメッセージをよこした。同じ元パイロットとして彼はなんらかのシンパシィをあなたに持ってるのよ」
「頭のいかれたテロリストにシンパシィ持たれてもなあ」
「つべこべ言わないでやるの」
おれは端末に向かってメッセージを打ち出す。
『ようゼロ。元気にやってるかい』
ナミは苦笑する。
「あなたねぇ、もう少し考えたら?」
「時間が無いんだろ、おれに任せるんじゃなかったのかい?」
ゼロからメッセージが返った。
『待ちかねたよ、シデン。で、君が相手をしてくれるのか?』
『いや、おまえの一番望む相手さ。ファントムMAYAだ』
ゼロは暫く沈黙する。メッセージが再び届く。
『最高だよ。条件はただひとつ。一対一だ。一対一でMAYAとやらせろ。MAYA以外の機体が見つかりしだい、ウィルスを発射する。いいな?』
『OK』
交渉の終了を見て、ナミは深々とため息をついた。
「恭平、あんた人生なめすぎよ」
「いいじゃねぇか、それで生きてこれたんだし」
その時部屋へ入り込んできたおっさんたちに、ナミが言った。
「ゼロはこちらの申し出に、一対一だけを条件に応じました。MAYAの機体はブリーフィングが完了すると同時に出発します」
おっさんたちのどよめき。後はばらばらの私語。
甲賀がおれたちのそばに来た。
「でるよ、MAYAが」
おれたちは、ヘッドギアをつけようとしているMAYAのそばにいく。ナミ囁きかけた。
「MAYAさん、5分。5分だけゼロの意識を戦闘に集中させて。その間に機動隊が展開して突入をかけるから」
「OK、5分だね」
おれはMAYAの肩を叩く。
「勝てよ、MAYA」
「当たり前だ。ゼロなんか相手に負けるはずがないじゃない」
おれは、MAYAの言葉に安心し、その場を離れる。プロジェクターにMAYAのF4EJが空母から離陸する様が映し出された。ゼロとの接触まで10分ほどのはずだ。
「どう思う、恭平?」
ナミの顔は、こちらが思わずぞっとするほど不安に満ちたものだった。むろんおっさんたちから見えない角度に顔を向けているが。
「判らんね。本当に飛行している戦闘機に接続した戦闘は初めてだからな。シミュレータとの差は色々でるだろうさ」
「だから私の聞きたいのは」
「いや、判るよ。5分ならなんとかもたせてくれるよ。天才だからなMAYAは」
ナミは頷く。しかし、顔から不安は消え去らない。
しばらく沈黙が続く。おっさんたちも黙ったままだ。コンソールを見つめていた甲賀が呟く。
「ゼロと接触した。始まるぞ」
MAYAの見ている映像は、プロジェクターでスクリーンに投影されている。その映像が大きく歪み目まぐるしく回転した。見入っていると吐き気を催しそうなほど激しい動きだ。
「やばいな、頭を押さえられた」
甲賀が呟く。別のスクリーンには、ゼロの見ているであろう映像も写されている。そこには確かにF4EJの姿があった。最初のポジションどりを制したのはゼロのF16らしい。
機動隊への展開の指示を終えたナミが、呟く。
「やっぱりMAYAにも、F16を使わせるべきだったんじゃないの?」
「ばかいえ」
おれはナミの肩を叩く。
「信じてやれよ、ここまで来たんだから」
ナミは頷く。腹が決まったのか、嘘のように不安の色が表情から消えている。
「しかし、やばいな」
甲賀が呟く。スクリーンを見る限りでは、有利なポジションをとったゼロはMAYAを弄んでいるようにさえ思える。
「逃げるのが精一杯な感じだ。5分もつか?」
「いや、勝つよMAYAは」
おれの言葉に含まれた確信に、思わずナミがおれの顔をのぞき込む。
「今、MAYAは感触を確かめているだけだ。思ったほど操作にぎこちなさは無い。勝てるさ」
「本気なの、恭平」
おれは微笑みかける。
「気がついていることが、一つある」
「なあに?」
「MAYAが勝ったら、言ってやるよ」
ナミは苦笑する。
「こんな時に後出しじゃんけんのしかえし?」
「つーかね、ほらもう5分だろ」
ナミは機動隊に連絡し、突入を指示する。
その瞬間、MAYAの機体の映像が、きりもみ状態に陥ったように激しくゆれながら回転する。誰もがMAYAが撃墜されたものと信じた。次の瞬間、嘘のようにMAYAの機体の映像が安定し、そこにゼロのF16が映し出される。そして、F16が火を吹いた。
ナミは機動隊との電話を終える。
「ゼロは確保したわよ」
「生きてるのか?」
ナミは肩を竦める。
「無抵抗でげらげら笑ってたみたい。負けたのがショックだったんでしょうね」
ナミはおっさんたちに状況を手短に説明する。安堵のため息の合唱がおこる。
「で、気がついたことというのは?」
事後処理の指示で忙しいナミのかわりに、甲賀が聞いてくる。
「簡単な話さ。おれたち、つまりゼロとおれは実際に戦闘機に乗っていた経験がある。遠隔操作システムの場合、身体にかかるGを無視した操作ができる。つまり実際戦闘機に乗って操縦していると、Gによって意識を失うような操作も遠隔操作なら可能だ。しかし、おれたちのように実際に戦闘機に乗っていたものは頭では無く、身体がGを覚えている。そういう操作にはコンマ数秒のレベルで、躊躇いが生じる。MAYAにはそういう躊躇いが一切無い。その強みがあるということだ」
ナミの元にF16の機体が確保され、ウィルスの搭載されたミサイルが無事回収できたとの連絡が入る。ようやく場の緊張が薄れた。
それと同時に、MAYAのF4EJが空母に着艦する映像が映し出される。MAYAの帰還が完了した。
その場の全員が注目する中、MAYAがゆっくりブースから出てくる。全員の視線に気がついたMAYAは、その場に立ちすくむ。
誰ともなく、拍手が始まった。気がつくと、その場にいた全員が拍手をしている。皆無言のままで、ただ拍手の音だけがテストルームを満たした。
MAYAは今まで見せたことの無い表情で頬を紅らめ、おれの前へくる。拍手が鳴り止んだ時、MAYAの頬には涙が光っていた。おれはMAYAに微笑みかける。
「よっ、お疲れ」
「私は」
MAYAは言葉を詰まらせながらやっとのように、一言呟く。
「私は勝ったよ、恭平」
「よかったじゃねぇか。んじゃ、これが片づいたらもう一戦しようぜ、おれと」
MAYAは微笑む。
「こりないな、恭平。そんなに私にやられたいの?」
おれは苦笑する。
「次はおれの勝つばんだ。つーか、勝たせろ、な?」




