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一番最初の彼氏

作者: 此花 蛍

一番最初の彼氏。




告白してきたのは向こう。


部活の先輩で、とても仲が良かった。


出会いは部活ではなく、バイト先の古びた喫茶店。


客として来ていた時に相席になった彼と、趣味が同じで意気投合。


出会ってから11ヶ月。


付き合ってから8ヶ月。


あと2日で9ヶ月って日に交通事故で死んだ。


デートの途中、横断歩道を渡っていたら赤信号で車が突っ込んできた。


息をしているとき、一番最期に見たのは慌てるように突き飛ばしてきた彼の姿。


綺麗な姿じゃなかったから、息をしなくなってからは顔は見れなかった。




病院で訃報を聞いたとき、彼の家族に会ったとき、葬式。


彼のことは大好きだったし、悲しいとも思った。


それでも涙腺は仕事をしてくれなかった。


なぜか安心するような空気を感じていたから。


妙に冷静で、酷く落ち着いていた。


だからどんな顔をしたらいいかわからなかった。


偽りの表情を張り付けていた気がする。


葬式場で聞こえてくる、彼の友達や親戚の啜り泣き。


少しだけ、羨ましかった。




それから2週間して、バイト先の子に告白された。


その子は何も知らなかったから、仕方がない。


別に嫌いでもなかったし、断る理由がなかったから承諾した。


彼と別れることになったのは意図したことではなかったけど、いつまでも引きずることはできないから。


早すぎる気もするけどチャンスだと思った。


周りにはいろいろ言われたし、そのせいで最初の彼のことはバレたけど。


それでも好きだと言ってくれたから、身を委ねることにした。




付き合い始めてから1ヶ月が経つ2日前。


バイト先から一緒に帰る途中、歩道に車が突っ込んできた。


車道側を歩いていた彼は即死。


自転車をよけて思いっきり内側を歩いていたから、また生き残ってしまった。




そしてまた泣けなかった。


人は死に慣れるものなのだろうか、はたまた年月の問題だろうか。


薄情なことに最初の彼ほど悲しくはなかった。


周りの泣き声が、それでも少し羨ましかった。


葬式は真冬に行われたけれど、なぜか背中が温かい気がしていた。




それから1ヶ月経とうかという頃。


また告白をされた。


相手はよく通っているカフェの店員。


一目惚れだという彼は、やはり何も知らないわけで。


互いのことを何も知らないから、友達から始めることになった。


付き合ってはいないのだから、デートというわけではない。


それでも外を一緒に歩けば誤解も生まれるというもので。


周りは少しうるさく、噂の的になっているようだった。


隠したいわけではないからと、前の彼の話は初めにしてあった。


彼は"気にしない"と言ってくれたから、流されるように交際へと発展していった。




出会ってから3ヶ月、付き合い始めてからあと2日で1ヶ月。


一緒に買い物をした帰り道、建設中のビルの屋上から鉄骨が落ちてきた。


真下にいた彼は即死。


遅れて歩いていたから、また生き残ってしまった。




3度目、周りは気味悪がり始めた。


それもそうだろう。


そんなこと、普通そうそうあるものじゃないから。


それにちっとも涙を見せないから、怪しまれる羽目になった。


さすがに警察のお世話にはならなかったけれど。


やはり悲しみは薄くて、泣いている姿に羨ましさを感じた。


そしてなぜか背中が少し温かい気がしていた。




1週間後。


告白してきたのは、同級生だった。


噂はもちろん知っていて、不謹慎だとわかっているけれど、それでも好きだと言った。


割と仲が良かった子で、断る理由は特に見つからなかった。


強いて言うなら、余命1ヶ月弱にしてしまうかもしれないことだったが、彼は本気にしていなかった。


周りはさらに賑やかになっていたが、気にしなかった。




1ヶ月記念の2日前。


心配になったのか出かけるのは止めにしようと、前日に彼が言ったので一人で家にいた。


23時に差し掛かろうとしていた。


そろそろ寝ようかと考えていると、電話が鳴った。


なんとなく起きていたのは多分、これから告げられる言葉を聞くため。


受話器を取ると予想していた通り、訃報だった。


警察からの連絡で、自殺で遺書はなかったという。


包丁で喉を掻き切っていて、死因は出血多量らしい。


"落ち着いて聞いてください""大丈夫ですか"と心配そうに言われたけれど、涙なんて出るわけもなくて。


電話が切れた後、もはや悲しみを感じなくなっていることに気が付いてしまった。




お経と線香の匂い。


周りの視線やひそひそした話し声。


どこからともなく聞こえてくる啜り泣き。


気温に左右されない冷たい葬式場の空気。


どれも慣れきってしまって、日常のピースのように感じてしまっている自分がいた。


もう誰の泣き声も羨ましくなかった。


ただ背中の温かさだけは変わらなかった。




なぜか止まらない告白。


今度は2週間後に、新しいバイト先の先輩からだった。


前のバイト先は気まずくなり、二番目の彼が死んでからすぐに辞めた。


新しいバイトはそのあとすぐに始めた、ファミレスのホールスタッフ。


告白してきた先輩はキッチンスタッフ。


すごく仲が良かったわけではなかったけれど、やはり断る理由は見つからなくて。


一応前の彼の話はしたが、気遣われただけで、気にしないと言われた。


周りはもう何も言っていなかった。




1ヶ月という長く短い区切りにあと2日でなる日。


平日でバイトもなかったので、彼と会うことはなかった。


それでも心配になったため、電話をしてみることにした。


21時、普段なら寝ているわけのない時間。


しかし、いくらかけても出ることはなかった。


誰だってここまでくれば予想はつくだろう。


警察に電話するのは憚れたが、残念ながら彼の家を知らなかったから様子を見に行くことができないため、腹を括ることにした。


"電話に彼が出ないんです"と。


もちろん初めは笑い飛ばされたが、何度か訴えると様子くらいは見に行ってもいいと諦めてくれた。


それから1時間もしないうちに電話がかかってきた。


家のすぐ傍の階段で転落死していたらしかった。




親戚の葬式に記憶があるうちで2度、親の友達の葬式にも行ったことがあるので8度目の葬式場。


全て違う場所なので、場所によっていろいろ違いがあるのだと観察しだしてしまった。


今回は洋式。


まだ洋式は2度目だから、少し新鮮な気持ちだったり。


不謹慎であることも、オカシイことも分かっている。


それでも悲しみを感じていないのに、葬式場でどんなことを考えればいいのか。


今回は警察からの事情聴衆があった。


今までとは違い他殺の可能性があるから。


しかも今回は電話して見に行ってもらったから。


付き合った者が全員、最初の彼以外1ヶ月経つ2日前に死んでいる。


友達なんてもうほとんどいない。


それでも事情聴収した人は信じてくれるみたいだった。


久しぶりに少し嬉しかった。


そして葬式の間中、背中は温かく感じていた。




なぜこれでも告白をしてくるのだろうか。


今回は後輩だった。


興味本位かと思わず疑ってしまった。


ところが彼は転入生で、噂などこれっぽっちも知らなかった。


職員室がわからなく困っていたら話しかけてくれた、というエピソードを聞かされたが全く覚えがなかった。


彼は噂を聞いても付き合いたいといったので、承諾してしまった。


友達から始めても、付き合うことが目に見えていたから。




彼は幽霊などが見る体質で、近くに強い霊や多量の霊がいると具合が悪くなるらしい。


最近目の端に幽霊らしきものがちらついて、体が重いと言っていた。


それを聞いてから時折意識して後輩の横を見つめていた。


するとある日、何か白いものが見えた気がした。


その時は見間違いと思ったが、その日からちょくちょく目にするようになった。


そして日に日にくっきりしてきている気がした。




迎えたあの日。


あと3時間で1日前となる。


午前中はデートをしていたが、彼の具合が悪くなり途中解散となった。


生きているかなとぼんやり考えながら、くだらないコントが流れるテレビを眺めていた。


すると、電話が鳴った。


小さくため息をつき電話番号を見ると、彼の携帯番号で。


あれ、と思いながら受話器を取れば。


やはり訃報だった。


家が火事になり焼け死んだらしい。


出火原因は不明で、周りの家には燃え移らず他に怪我人はいなかったようだ。


詳しい状況などを説明されながら、涙の流し方を思い出していた。




最近彼の横に見えいた白い影。


今日はもう彼はいないのに、目の端に映った。


それは確認するまでもなくわかっていて、それを確認するには勇気が足りなかった。


いつもとは少し違う葬式。


空気は同じで、泣き声も同じで。


温かく感じる背中も同じなのに。


振り向いてはいけないと、本能が警告していた。


振り向いたら戻れないと。


見てしまったらおしまいだと。


それでも…。




精一杯の笑顔を作って振り向けば。


予想通りのあの笑顔。


少しぼやけてはいるけれど、あの見覚えのある姿。


幽霊なんて非科学的で、自分には見えないものだと思っていて。


彼に出会わなければ信じることも、こんな思いもすることはなかったのに。




そう。


彼だったのだ。


一番最初、好きだったあの人。




ふと、いつぶりだかわからない涙が流れた。


溢れ出す涙に、その時初めて。


この人以外は好きじゃなかったんだと気がついた。


そして本当にこの人が起こしていたことなんだと、直視することなった。


それなのに。


嬉しいと思ってしまった。


彼が幽霊になってまで、一緒にいてくれたこと。


自分以外を認めず、排除していった独占欲。






"あぁ、壊れていたんだな"




ずっと前からだったのだろうあることに、今更気づいた。

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