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第2話 最強【賢者】の地球帰還 PART2

 辺りに広がる灰燼、灰塵、灰人。

 全てが灰になった幻想的な現実。

 虚無なる孤高。

 燃え広がる木々は無く、廃れた大地に養分無し。


「さて、どうするか……」


 死んだ平野に立ち尽くす黒髪紅眼の黒コートが乾いた風が頬を撫でる感触と共にやらかした事実を目の当たりにする。


 困惑したような声を出してはいるが、そこまで動揺していない風に見えるのはきっと慌ててないからに違いないからだ。


 実際、困ってはいるが動揺はしていない。

 自分にはコレを治す手段を持ち得るだけの能力はあるからだ。

 先程の規模は最大級のモノではあるが、それでも魔力は全体の一割も減少していない。

 故に、この辺りに【再生魔法】を使おうとも魔力の枯渇による身体停止に及ぶことはないのだから。


 だから問題があるとすれば……


「よ! 【賢者】様!」


「流石だぜ! 【賢者】様!」


「あんたは最高だ! 【賢者】様!」


 ノリ軽っ!?

 瞬殺だったとはいえ、【魔王】を倒した英雄に向かって話す態度ではない。

 なんというコミュニケーション能力。

 という喉に痞えたツッコミはそのままにしておき、そろそろ動きたい黒コートは鋭い眼光を向けて……


「お前ら、いい加減にしねぇーともう一回燃やすぞ……?」


 人が集まった、この状態で魔法を放つには流石に魔力で人がぶっ飛ぶのだ。

 才能はあっても測りきれない魔力を制御する練習をした事がない。

 努力を怠ったつもりはないが、正直細かい魔力作業を労しないものが多いのでコントロールは自信が無いのだ。


 なので、敢えてわかりやすい殺気に騎士や村人達は一瞬尻込みするが、直ぐに生唾を飲み干し、再び高揚する。


“ーーこいつらの頭はどうなってんだろう……?”


 本気でそんな事を考えてしまうあたり、この世界は本当の意味で終わっているのかもしれないと悟る黒コート少年は既に諦めた様子を見せた。


 先ほどまでの死地は明らかに存在せず、今はどちらかといえば、パレードのように周りが盛り上がっていることが見て取れる。


 それでも背景は、灰色に染まった元戦場で【魔王】との決戦場だったわけだが……


 ーーガヤガヤッ! ワイワイッ!


 そんな事も今の人族にとっては些事であると言わんばかりのテンションの上りぶり。

 それ程、人族にとってはおめでたい……いや、歴史が変わった瞬間であったのだ。

 それを理解しているからこそ無碍に扱うことが出来ずに手をこまねく。


「はぁ……」


 溜息を一つ吐いたがその表情は戦闘時に見せたものとは別人と思うほどに晴れやかな表情を見せていた。


「これも、異世界召喚された俺の宿命ってやつかね……」


 呆れた声は静かにだが確かに呟かれた。

 しかし、村人や騎士は喜びのあまりに【賢者】が零した呟きを聞き取ることは出来なかった。


“ーーそれでいい。 これは自問しただけなのだから……”


 目を閉じて自身の問いに答えを見つけ出す。


“ーーやはり、俺は……”


“ーー答えは己の中にある”


 誰の言葉だったか……

 懐かしい面影と声色が強く心に根付いているのを少年は知っている。

 それが彼の生涯の生き方になることも分かっている。


“ーー信念は貫き通すもの。 行動は見つめ直すもの”


 役目を終えた役者はそこで立ち止まっては行けない。

 次に活かすために必ず動かなければならない。

 たとえ、それが役者ではなくても、生きている限り足を止めてはならない。


“ーーあぁ、そうだな”


 懐かしい言葉を思い出した少年は右手を天に掲げる。

 今は綺麗に澄み渡る青い蒼い葵い空に一つの明かりが灯っている。


 世界が平和になり、自分の必要価値はなくなったのかもしれない。

 それでも、まだやるべき事が残っているのなら、それを全うしてこそ真の……


「ーーよし!」


 少年は誰も見ていないことを確認してから頬を思いっきり叩いた。


「ブフッ……! っつ……!」


 かなり強めで叩いてしまったが顔が赤くなっていること以外は頭がスッキリしたので問題はない。

 やるべき事は定まった。

 なら、早速動くべきだ。


「よし! お前ら、今から復興作業にーー」


 少年が根を入れなおそうと声を張り上げた瞬間だった。


「ーー【七聖魔法】・『強制帰還リターン』」


「ーーへ?」


 間抜けな声が漏れる。

 足元が光っているように見えた。

 目下を見る。

 七色に光る魔法陣が自身を包み込んで行く。


「え? え? ち、ちょっ……!? まーー!」


 あたり一帯を七色の眩い光が支配し誰も目を開けていられなくなった。

 故に、少年の姿を見ることが出来ない。


 そして、漸く光が落ち着き、瞼を開けた人族。

 そこには……


「ーーいない」


「……いないな」


「……それに、草原が戻ってる」


 あたり一面灰燼だった景色が一瞬にして自然が蔓延る美しい草原に戻っていることに驚きつつ、ある人物がいない事を共通認識した人族達はそれぞれ近くにいる者達と視線を合わせ始め目を丸くしていた。


 そして、自体の急変に気付いた人族。


 顔を一気に驚愕に染めて叫んだ!


「「「ーー【賢者】様ぁぁぁぁぁぁぁぁ……!」」」


 まさに終わりを告げる祝砲であった。


 ◇


「…………ぅ……」


 暗い、黯い、昏い。

 体が重い。

 頭の一部が弄られている感触がする。

 これは魔法を使ってた時の知識だ。

 この世界に飛ばされた日神 剣がチートで手に入れた能力を使って成長してようやく手に入れた極地を誰かが盗もうとしている感覚だ。


「……けす……ま……う……お……るまえに……!」


 声が複数聞こえてくる。

 どれも聞いたことがある。

 いや、これは俺自身が一番理解している。


 ーー七聖女神。


 火・水・風・雷・地・光・闇の7属性の頂点に位置する神のこと。

 異世界に連れてこられた日神 剣が最初に出会った……というより、連れてきたのが彼女達である。

 理由はゴチャゴチャしているため省くが、大まかに言えば世界がピンチで君の力を貸してくれ的な事だ。


 勿論、ラノベ展開お約束の女神は世界に鑑賞することは不可能であるため、剣にチートを与えさせた上で【魔王】を討伐させ、【魔神】の復活を止めさせたというわけだ。


 とにかく、そんな彼女達は魔法の事を何にも知らない剣に一週間ほどの手解きをこの闇世界の中で繰り広げ、召喚された頃には剣は既に怪物級の力を手に入れていた。

 つまり、彼女達がチートな剣の師匠である。


 そして、彼女達は剣が【魔王】を倒した場合は本人が望まなくとも魔法の知識を奪い、元いた時空間……地球に送り戻すことと決めていたのだ。


(正義感の強い剣は必ず異世界の人の為になるから残るとか言っちゃうものね)


 火の女神・シンモラ。

 彼女の考えは合っている。

 日神 剣という男は正義感に溢れ、大人しい性格でありながら何処か熱いものを持つ男。

 ゆえに、助けを求められれば彼はどうしようもなく助けようとしてしまう。

 まして、その力があるのならば人の為になるならばと能力を惜しげもなく使うことだろう。


 美徳だ。

 それは確かに儚くも尊い理想論。

 偽善の塊だ。

 それでも、夢だとしても、女神からすればこれ程暖かい気持ちになれることはない。

 それでもここから先は異世界人《あちら側》の問題だ。

 剣が関わる必要性は皆無。

 なら、日本という地球上の中でも平和な国で暮らしていた一般人がこれ程血生臭い世界の記憶など持っている必要なんてないのだから……


 これは女神達の同意であり慈愛。

 かの精霊王であり絶対的存在の女神達に見初められた事は正に《幸福》だと言えるだろう。

 だからこそ、彼はこれ以上、戦いの渦に巻き込まれることはない。


 七名の女神が意識を同調させて、剣の記憶を原初へ帰すべく、魔力を合わせ七色の魔力魂を作り出す。


 彼が異世界に来た時の記憶回路は辿ることが出来た。

 あとは、その記憶回路を弄るだけ。


 今、剣の前にいるのはシンモラのみ。

 他の全員は不在の為に意識が込められた魔力魂が剣の行く末を案じる。


「ーー【七聖魔法】・『返還軌跡《 エクスティングイッシュ》』」


 虹色の光が剣の体を優しく包み込む。

 それはまるで女神達が愛しい我が子を抱き抱えるように……


“ーーこれ以上は剣は辛い思いをしなくていいんだよ……”


 剣を《《事故》》で召喚してしまったシンモラ。

 本当の『英雄』となるべき人物が不幸にも亡くなってしまった。

 当初来るはずだった『英雄』の死。

 それは女神達にとってイレギュラーな事態。

 絶対的な魔力量を持ち、肉体的に強靭な『英雄』が死ぬとは思いもしなかった。

 だが、向こうで強靭だとしても銃が脳天に受ければどうしようもなく訪れる死。

 幾ら女神と雖も地球に降り立ち、人を生き返らせることは御法度。

 天界にて決められた規則。


 ならば如何するのか?

 それは似たような特徴を持つ人物を連れてくるしか無かった。

 それが偶々剣と被ったのだ。


 決して強靭とはいえない身体。

 しかし、身体能力の高さと精神的に屈強、さらに魔力の高さは頭一つ抜けていた。


 そんな彼に白羽の矢が立つのは明確。


 突如、現れた紅い魔法陣に驚いた時の剣の顔は今でもハッキリと思い浮かべることができる。


「ふふ……」


 涙が零れ落ちるが、それと同時に笑みが浮かんだ。


「じゃあね。 最強【賢者】。 私達女神は何時までも貴方の加護として見守っているから……」


 そして、最後に魔法を加えようとした時である。


 ーー【創造魔法】・【能力保持魔法】


「え? な、何!?」


 虹色に輝いていたはずの剣が白色の魔力光を放ち、女神が作り出した魔法を喰らい始めた。


「ーーぅ、ァァァァア!」


「こ、これは……?!」


 突然浮かび上がる白光した魔法陣が剣自身を包み込み、魔力の奔流が激しく巻き起こった。


「くっ! ーー【神焔魔法】・『神炉陽炎ヒートヘイズ!」


 焔の壁が立ち並び、魔力の奔流を相殺する様に熱波を流し込む。

 咄嗟に放った魔法。

 制御にムラがある魔法だがやはり神。

 精密な魔力制御によって立て直しを図る!


 しかし……


「ーー【完全魔法】・『浄水派ホープウォーター!」


 剣は《《無意識》》に深層記憶にあった魔法の記臆を引きずり出し、発動する。


「な……!? キャァァァァア!」


 水魔法を神焔が完成し切るまえの弛緩した一点に絞り込んで放った。

 かなりの魔力が込められており、抑えきることが出来ない。


「ぅ……ぁ……ご、めん」


 涙が溢れる。

 静かな謝罪が無の世界に響く。

 誰に対しての謝罪か。

 意識がないのにこの事を謝罪することはおかしい。

 なら……

 無意識の内に引っ張り出した魔法。

 同時に過去の辛い経験までもが蘇ったのかもしれない。


 それならば……


「剣! 貴方のその力! 今のところは預けておきます! だから……!」


 存在が薄れゆく【賢者】にシンモラは檄を飛ばす。

 剣が聞こえているとは思えない。

 それでも伝えておかなければきっと後悔することになる。

 だから伝える。


「ーーありがとう! 私の【賢者】!」


 暗い闇に堕ちていく【賢者】。

 薄れゆく意識の中、聞こえてきた言葉は確かに胸の中に残った。

 だから、伝えよう。

 この本心を。


“ーー俺を召喚してから育ててくれてありがとう……母さん”


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