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17.そして僕は歩いていく

 波止場に到着すると、ベンチへ腰掛け海を見る。

 しかし、海に夜光虫の姿はまだ確認できない。

 

「いなかったね。夜光虫」


 雨宮さんが「はあ」と残念そうに息を吐く。


「もう少ししたら、海が光り出すと思うんだ」


 現在の時刻は十八時二十五分。僕の記憶ではあと二十分くらいたつと、テトラポットの隅っこの方で少しだけ光が見える。

 たぶん、まだ明るすぎるんだ。

 

 しばらく無言で海を眺める。

 最初は何か言おう、言おうと焦っていたけど、少し経つと黙ったままの二人きりの空間が心地よくなってきた。

 雨宮さんはどうなのかな。チラリと彼女の顔を覗くと、薄っすら口元に笑みを浮かべじーっと海を眺めていた。きっと、彼女も僕と同じ気持ちなんだろうとなんとなく感じる。


「あ、洋平くん。見て、あそこ」


 雨宮さんはテトラポットを指さす。どうやら僕の記憶違いではなかったようだ。

 ホッとする反面、雨宮さんが僕の手を両手で握りしめる。う、嬉しいのは分かるけど、夜光虫を見るより雨宮さんの手の方が気になるよ。

 

「雨宮さん、ありがとう」

「どうしたの? 急に」

「僕の素直な気持ちだよ。君とここに来れてよかった」

「私も! また来ようよ、洋平くん」


 僕は雨宮さんのその言葉に心が抉られる思いだった。

 この思い出も……あと三十分も立たないうちに雨宮さんからは消えてしまう。どんだけ、どんなに僕と雨宮さんが接しようとも……僕だけしか覚えていないのだ。


「洋平くん、辛い事を思い出させちゃった? ごめんね」


 雨宮さんは酷く動揺していた。薄っすらと目に涙を浮かべるほどに。

 僕はそんなに深刻な顔をしていたのか。

 

「お腹が急に痛くなっただけだって。ほら、この通り!」

「お腹の調子は大丈夫なの?」

「うん、もう元気そのものだよ! お詫びに何か今度おごるよ!」


 僕は殊更元気に振舞う。彼女を心配させないように。僕のためにも。この体験は何度かループを繰り返すとまた同じようなシチュエーションが巡ってくるかもしれない。

 でも、ここまでの感動を覚えることはもうないだろう。だから、初のこの体験を最高のものにしたい。

 

「んー、じゃあ、洋平くん、今すぐ欲しいなあ」

「今すぐかあ。何も持ってないけど……」

「プレゼントはね。私を名前で呼んでみて?」


 そ、そんなプレゼントでいいのか。こっちこそ、雨宮さんを名前で呼んじゃっていいのか?


「ほ、ほのかさん」

「呼び捨てがいいなあ。その方が男の子っぽいよ?」

「ほ、ほのか」

「うん。アゲイン」

「ほのか」

「は、恥ずかしくなってきちゃった。やっぱ、無し。うん」


 僕もだよ。呼ぶたびに耳まで熱くなってしまった。

 お互いに恥ずかしさからか無言になってしまう。

 その時、都合のいいことに波に合わせて夜光虫が光る。

 

「雨宮さん、見て、あそこ」

「綺麗……」


 雨宮さんは息を飲む。僕はそんな雨宮さんの横顔をじっと見つめる。

 そのまま見つめていると、夜光虫に見入っていると思っていた雨宮さんが、不意に僕の方を向いてしまう。

 うわあうわあ。見つめていたのがバレてしまったぞ。

 顔をそらしてしまいそうになったけど、彼女の目を見ていると……自然と僕の顔が彼女の顔へ吸い寄せられる。

 息がかかるほどの距離まで迫ってしまったけど、雨宮さんは僕から距離を取ろうとせず逆に目を瞑り、僕も導かれるように唇を彼女の唇へ合わせ……キスをした。

 

 すぐに唇を離すと、今度は雨宮さんから唇を重ねてきた。


「雨宮さん、あ、あの」

「うん?」


 ごめんと言いかけて僕は慌てて口を閉じる。そうじゃない。そうじゃないだろ、僕。

 僕が葛藤している間にも雨宮さんは至近距離のままで、じっと僕の言葉を待っているようだった。

 

「ぼ、僕は」

「うん」

「僕は君のことが……好きなんだ……君に声をかけてからたった三日だけど……軽い気持ちなんてわけじゃなく……あ、あの」


 何を言っているのか分からなくなってくる。本当にダメな奴だな……僕ってやつは。


「あ、雨宮さん、あ、あの……」


 雨宮さんに口を塞がれた。

 

「洋平くんの気持ちはちゃんと私に伝わったよ」


 唇を離し、雨宮さんは潤んだ瞳でそんなことを呟く。


「う、うん」

「私も君のことが気になっていたんだよ。洋平くん、気が付いた様子は全く無かったけど……」

「そ、そうだったの? 雨宮さんじゃ僕と……」

「そんなことないよ。松井くんは私のことをちゃんと見ていてくれた。笑顔が素敵と言ってくれた。うん! うまく言えないけど」


 雨宮さんは甘えたように僕の肩に顔を乗せると僕の背中に腕を回す。

 僕も同じように彼女の背中に腕を回したけど、こんなに華奢だったのかと驚かされた。そして何より、体験したことのない体の柔らかさと甘い香りに理性がぶっ飛びそうになる。

 

 しばらく抱き合っていると、僕はなんとしてもこの奇跡の時間を彼女と共有したいと強く願う。

 雨宮さんの肩に両手を置き、少し体を離すと彼女は上目遣いで僕を見つめてくる。

 

「していいかな……?」

「聞かなくていいよ?」


 雨宮さんはそっと目を瞑る。うん、そうだろう、キスしていいかなと聞いたように思えるよね?

 僕は彼女へそっと口づけをして――

 おっぱいに両手を当て――揉む。もう一度揉む。更に揉む。

 

 お、おおお。エネルギーの動きを感じるぞ。外へ外へ彼女のおっぱいからエネルギーを放出させていく。

 

「洋平くん……それはまだ……早いよ」


 パシイイインといい音がして頬っぺたを平手でペシンとされてしまった。

 雨宮さんは両手で胸を覆うようにガードして涙目になっているではないか。

 彼女のビンタの威力に僕の顔は真横を向き……え、えええ!

 

「雨宮さん、ごめん」

「うん……」

「でも、海を見て!」

「誤魔化そうとしたって……うわああ。すごい! すごいよ! 洋平くん!」


 海は対岸の島の前まで青く輝きを放っていたんだ。

 きっとこれは雨宮さんのおっぱいに溜まったエネルギーが外へ流れ出し、海面を輝かせているのだと思う。

 一分も立たないうちに、海の光は無くなり元の夜光虫で僅かに輝く海に戻る。

 

 時刻は二十時五分を過ぎていた。僕はループを抜けたのだ。

 

「雨宮さん、この光は君から来ていると思う」

「わ、私?」

「明日、実演を交えながら詳しく説明したいと思うんだ。いいかな?」

「うん! 明日の放課後でいいかな」

「もちろん。部活の練習が終わってから」

「うん! 楽しみ」


 僕らは肩を寄せ合い、もう一度キスをした後、ベンチから立ち上がり家路に向かう。

 

 ◆◆◆

 

――七月三日 朝

 お、おおおお。七月三日だ。大丈夫と確信していたけど、いざ翌日を迎えると感慨深いものがあるな。

 おっと、こうしちゃおれん。早く家を出ないと、せっかくの二人きりの時間が無くなってしまう。

 

 気合を入れて余りに早く来たからか、校門の前で雨宮さんと出会う。

 

「おはよう、雨宮さん」

「おはよう。洋平くん」


 僕らは手を繋ぎ、教室へと向かうのだった。

 

 おしまい。

ここまでお読みいただきありがとうございました!

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