「魔王城の宝」
「気にしてるんですから、あんまり笑わないで下さい」
ヒーヒーと苦しそうな声を出しながらも、ソフィーさんの顔は破顔していた。
「ごめんね。でもさ、アハハ!」
お腹を抱えたまま、前傾姿勢になる。
「私もそんな転生は初めて見たんだよ。まさか、神様が性別を間違えて転生させるだなんてね」
彼女は涙をぬぐった。
笑いもようやく落ち着いてきたみたいで、
「でも、大丈夫。外見は変わっても、君は君だよ。シンゴくん」
さっきまで笑っていたのは人の容姿を見てではなく、神様のいたずらに対してだったらしい。
「君が生きたいように生きれば、外見で誰も文句は言わないよ」
まあ、それをどう活かすかは君次第だけどね。
と、付け加えた。
「さてと、それじゃあ君達のこれからの目標は定まった訳だけどさ、そんな事よりも今日のご飯はどうするの? 暮らす所や寝る場所になにか目星はあるの?」
そういえばここまで流されるだけ流されただけで、この世界でどう生きるかを考える暇もなかった。
「おや、シンゴくん。その顔はなんにも考えてなかったね? 大丈夫、この私に任せなさい!」
「よっと」 と、ソフィーさんは立ち上がり、部屋を出て踊り場から階下へと声をかけた。
「ゴードンさん、今って何部屋空いてる? 三部屋? なら、ちょっとの間貸してくれない? ツケで」
「おいおい、いきなりだな。しかもツケかよ」
彼女は階段を下りていくと、カウンターの中にいるゴードンさんに向かって首を傾けた。
「お願い」
「そんなぶりっ子されてもなぁ」
ソフィーがゴードンさんと交渉をし始めると、海斗が荷物を持って立ち上がった。オレと鏡花もそれに続いて部屋を出た。
「ソフィーさん、代金なら心配しないで下さい」
ソフィーさんの後ろから海斗が話しかけ、カウンターの上に例の荷物を置いた。
「その三部屋、これで俺達に貸してはいただけないでしょうか?」
巾着袋の紐を解き、中身がゴトリと音を立て露になる。
「へっ?」
光輝く小ぶりな金色の塊にゴードンさんとソフィーは目を見開いた。
「き、金じゃないか!?」
えっ? 金って、あの金? 金箔とか、金の延べ棒とか、金塊の金? ゴールド? 本当に?
「ええ、そうですよ」
さも当然のように海斗は答えた。
「これなら数ヶ月分の宿泊費くらいにはなるのではないかと持参したのですが、足りなかったでしょうか?」
「足りないっていうか、これならいちね……」
ゴードンさんは、ごほんと咳をして、
「分かった、部屋を貸そう。とりあえず三、いや四ヶ月分としてもらっておく。それでどうだ?」
さっき一年って言いかけたような……
「ええ、ではそれで頼みます。それと、食事もお願いできますか?」
海斗は特に気にもせずに部屋の鍵を三本受け取り、オレと鏡花に渡す。
「ああ、いいよ。その位ならなんとかするさ」
ゴードンさんはニコニコと笑いながら、部屋の場所を教えてくれる。
「じゃあ、行こうか」
海斗は階段を昇り、オレ達三人はそれに続く。
「いいのか? さっきの?」
オレは海斗に耳打ちをする。
「ああ、問題ないさ」
「でも、ぼったくられたんじゃ……」
「いや、鼻っからあの位で話をつけようとはしていたんだ。多少多めに払っておけば、融通は利くだろ? さっきの食事みたいに」
多めに払ったのはチップ替わりって事なのか。
「ただ、今後の事を考えると多少は稼がないといけないかもしれないな……」
海斗はなにかを考えているようだ。
「そうなのか?」
「ああ。さっきの金は魔王城の宝箱……というかゴミ箱に入ってた物でさ、彼らには価値が分かっていないんだ。だから俺が貰ってきたんだ、もちろん了承も得ているし、大半は置いてきた。足りなくなったら取りに戻るという手もあるが、街の人達の心証を良くする為にもここからあまり離れたくは無いしな」
ポイっと投げられた鍵を受け取り、
「とりあえず、軽く休憩したらどうだ? さすがに来たばっかりで疲れてるんじゃないか?」
確かにチェイスベアに何度も追いかけられて足が重い。
「まだ夕食までに時間があるだろうし、それまで休んでおくのもいいさ」
俺も考えたい事があるしな、と海斗は自分の部屋の方に向かった。
「私もちょっと休もうかな」
後ろを歩いてきた鏡花は背伸びをしながら言う。
「なら、私の部屋に来ない? いつものように」
ソフィーさんはなんだか含みを持たせた言い方をした。
「大丈夫、もう部屋を借りれたからね。ひと月も部屋を間借りしてたのに、これ以上ソフィーに迷惑をかける訳にいかないから」
「残念」
そう言いつつも、彼女は笑ったままだった。
「じゃあ、後でね」
ふたりは自分の部屋に入っていった、それを見届けるとオレも自分の部屋の鍵を開けて中に入る。
部屋の内装はソフィーさんの所の間取りとさほど大差ないようで、ベットと作業用の机と少しの収納スペースがあるだけの簡単なものだった。
「ふぅ」
大きなため息を吐いてベットに横たわると、足がピリピリとし始めた。
「あ~……」
全身がしびれるような感覚に、自然と瞼が重くなっていった。
※
「信吾? 起きてる?」
誰かの声で目が覚めた。一瞬自分の部屋ではないここがどこだったか分からなくなったが……思い出した。
窓の外はすでに暗く、ランプのような街頭に明かりが灯っていて、レンガ造りの街並みを照らして幻想的だった。
「信吾?」
「あ、起きてるよ」
オレは扉の向こうにいる鏡花に声をかける。
「入ってもいい?」
どうぞと言いつつ体を起こす、胸の違和感はまだ慣れそうにない。
「カギかけてないの?」
ガチャリとノブを回して入ってくると、彼女はビックリした顔で聞いてくる。
「大丈夫だろ?」
「駄目だよ。今の信吾は女の子なんだよ?」
そっか、気づきもしなかった。
「夕ご飯だって」
ゴードンさんは隣の食堂に頼んでくれたらしく、そこに行こうと誘いに来てくれた。