「ソフィーの実験室」
※
「ただいま」
ソフィーさんは大通りにある建物のひとつに入ると、カウンターの中にいた男性に声をかけた。
「お。なんだか機嫌がいいな、ソフィー。またいいガラクタでも見つけてきたのか?」
道すがら彼女と鏡花に聞いた話だと、ここは二人が泊まっている、というか住んでいる宿屋らしい。
「っと? キョウカちゃんはいいとして、そのお二人は?」
オレの顔を一瞥してから海斗を見た店主は、海斗を二度見した。
「あー!? 見た事あると思ったら魔王じゃねえか!?」
さっきの人達と同じ反応をするが、ソフィーさんがオレ達を制するように手を上げ、
「こいつはアタシとキョウカの知り合い。魔王であろうがそんなのは関係ないでしょ?」
「そんな事言われてもなぁ……さすがに魔王はいくらなんでもな……」
「私の頼みでも聞いてもらえないんですかね? ゴードンさん?」
さっきまでの彼女とは雰囲気が変わった、なんだか少し怖い。
「……分かったよ。あんたの頼みを断っちゃ、色んな人から文句言われるからな」
「ありがと」
「まったく、今回だけだからな」
そういうと彼は小棚からとった鍵を手渡した。
「ほら、こっち。ついてきなよ」
ソフィーさんは先を歩きながら手招きをした。
「行こう」
鏡花の後にオレと海斗が続く。階段を昇り廊下をまっすぐ進むと、ある扉の前で立ち止まった。
「あ、ちょっと待ってて」
彼女はドアノブに鍵を差すとひとりだけ先に入っていく。
中からガチャガチャと音がして、時々「あっ!」 と、なにか慌てたような声も聞こえてくる。
「どうぞ!」
ドアの向こうから呼ばれたオレ達は、鏡花を先頭に部屋の中に足を踏み入れた。
「ようこそ、ソフィーの実験室へ」
ふと、頭をよぎったが鏡花以外の女性の部屋に入るのはこれが初めてだった。
そう意識した途端になんだかちょっとドキドキしたが、それも一瞬で消えた。
なんだか奇妙な匂いがした、オイルのような鼻につくようなものと、柑橘系のようなにおい、草花の香り。そんなのが入り混じって、少しだけど……臭い。
「あー、ごめんごめん。ちょっと待ってね」
ソフィーさんはなにか気づいたのか部屋の窓を開けて、窓枠に置かれていた小瓶のようなものから液体を一滴、指の先に落として外に向けてフゥっと吹いた。
部屋の中に風が吹き込むと、それまであった部屋の臭いが全くしなくなった。まるで、風と一緒に流れていってしまったかのようだ。
「これで匂いは消えたかな? ごめんね。どうにも臭いに鼻が慣れちゃってるから、あんまり気がつかないんだよね」
そういって小瓶を元あった場所に戻した。
「どうぞ、好きな所に座ってよ。っと、椅子ないわね。どうしよう?」
そういって彼女は窓枠に座り、その隣に鏡花を呼んだ。椅子は海斗が、オレはベットに腰を下ろした。
「まぁ、これでいいか。さてと」
カチャリと彼女は右目のモノクルを外して、自分の脇に置いた。その瞬間カシャカシャと音を出しながら、モノクルが変形し小さくなった。
「キョウカの事で分かっているけど、あなた達はみんな転生者なのね?」
「転生者?」
オレと海斗の声がハモる。
「転生者っていうのはね、この世界の三体の神様達の誰かに連れて来られた人の事を言うの」
と、鏡花が説明してくれた。
「そう。勇者の手先として転生させられる者と、悪魔の手先として転生させられる者、それと神の気まぐれに巻き込まれる者」
鏡花、海斗、オレを指さす。
「目的もそれぞれで、世界を平和にする。世界を悪神の物にする、要するに世界征服ね。そして、シェダム神は……よく分からない。というのも、シェダム神に呼ばれた人達はなにも言われないでトリズモに来るんだとか」
オレはコクリと首を縦に振る。
「そんな訳なんだけど。勇者のと魔王のおふたりさんは蘇りたいの?」
彼女の目はふたりを値踏みするかのような眼差しだった。
「ああ、もちろんだ」
「はい!」
ふたりが答えると、彼女はゆっくりと瞬きをした。
「あのさ、ふたりとも分かってる? お互いの願いが相反してる事に」
勇者は世界を平和に、魔王は世界征服を。
どう考えても一緒には達成出来そうにはない目標だと思う。
「どうするの? このままだと、間違いなくどちらかは戻れないわよ?」
海斗は鼻で笑う。
「それならば、俺の考えてた世界征服の方法でなんとかなるはずだ」
「へぇ? 聞かせてもらおうか?」
ソフィーさんは、じっと海斗を見ている。
「世界を牛耳るのになにも武力で征服する必要なんてないさ。オレは平和的に世界を奪う!」
グッと左手の拳を握る海斗。
「具体的には?」
「全ての国と同盟を組めばいい、ただそれだけの事だ。全ての国のトップが全部一緒ならば、それは征服したのと一緒だろ? それならば誰とも戦わずに済む」
「じゃあ、私の世界平和も?」
「叶うんじゃないか?」
海斗と鏡花の願いはそれで叶うかもしれないのか……よかった。
「ふーん……悪くはないかな。神様がどう思うかは分からないけど、やってみてから考えてもいいかもしれない」
彼女は今度、こちらをじっと見つめてくる。
「けど、その子はどうするの?」
ふたりは言い淀んだ、分かっているさ。オレだけ明確な答えがない、つまり生き返れるかも分からない。
けど、
「オレなら大丈夫。シェダムに会ったら無理矢理にでも帰してもらうからさ」
根拠も理由もなにもない、ただの空元気。日本に帰りたいのは当然だけど、戻る方法が分からないオレのせいで大切な二人の足を引っ張るのだけは……ゴメンだ。
「いい娘だね、君は」
なんだかむずがゆい。
「俺は賛成しないぞ」
ただ、オレの意見を海斗は否定した。
「信吾、お前は俺と鏡花だけ帰せればいいと思っているだろ?」
バレバレだった……付き合いが長いから当然か。
「私もイヤだよ。信吾だけこっちに置いていくなんて。三人で一緒に帰ろうよ」
鏡花は涙目だった。
「分かってるよ。三人で帰ろう」
一番の目的はそれだ。
「本当に仲が良いんだね、キョウカ達は。羨ましいね」
ソフィーさんの表情は初めて会った時のニコニコとした笑顔に戻って、あの怖さはなくなっていた。
「ところで、さっきから気になってたんだけど」
彼女はオレを指さすと、
「なんでシンゴって名前なの? キミたちの世界だと女の子の名前として普通なの?」
「信吾は男の子だよ、ソフィー」
「でも、その胸は? 女の子だよね?」
なんだかソフィーさんが動揺しているように見えた。
「男……でした」
彼女は噴き出すようにして、笑った。