「ワシだ!」
※
サラサラと木々の擦れる音と肌を通っていく風が心地よく感じるが、それは疲労で汗が出てきている証でもあった。
「大丈夫、信吾?」
「まあね」
そうやって言ったものの、声にはジョギングした後のような息が混じっていた。
「ちょっと休憩にしましょうか? お昼も食べないで来ちゃったしね」
ソフィーは木の近くに座ると、ショルダーバックから両手ほどの大きさのある包みを取り出した。
「これはね『シャボン亭』 の女将さんが出かける前に非常食にって作ってくれたんだけど」
そう言いながら包みを開けると、
「おにぎりだ!」
「やっぱり向こうの世界の食べ物なのね。女将さんが『ふたりが見たらびっくりするわよ!』 って、自信満々に言ってたからね」
ソフィーの差し出した包みの上に乗った三つのおにぎりから、左側のおにぎりを受け取り彼女の横に座った。
鏡花は腰を下ろして、反対側のおにぎりを取った。
「いただきまーす」
オレの言葉に合わせて二人も言うと、おにぎりを頬張った。
ちょうどいい塩加減で中身の具もジャーキーで体内から消えかけてたミネラルが戻ってきた気がする。
「あと、おかずも」
差し出されたのは卵焼きだった、少し甘めに味付けされたそれはしょっぱいのと甘いのの効果で小さめでも満足感があった。
「美味しいなぁ、ウグゥ……!?」
喉の奥に米が詰まった!
「慌てて食べるからよ! ほら!」
ソフィーはオレの腰につけられた革袋を外して、口元へと運んだ。
ゴクゴクと流し込まれる水で米が流れていくのを感じ、次第に苦しさも消えていった。
「ふぅ……びっくりした」
「気をつけないとだめだよ、信吾」
「そうだよ、シンゴくん」
ゲホゲホと咽る音にガサガサと別の音が混じったのに、気づいて向かいの草むらへとと目を向けた。
「なに?」
ソフィーは即座に腰から銃を抜く、オレと鏡花も剣を抜く。
ガサガサと再度音が鳴った後、何かが飛び出してきた!
「かわして!」
ソフィーの声に合わせて方々へと動き、出て来たモノと距離を取った。
「あれはウォルフ! もしかしたら、魔王城で逃がした残党かもね」
ソフィーの言葉を聞きつけたかのように草むらから更に三匹のウォルフが現れた。
「三対四か、私が動きを止めるからふたりは足の止まったヤツの対処をお願い」
「分かった」
ソフィーは話しながら銃弾を込めると、地面に向かって引き金を引いた。
ウォルフの居る地面に白い液体が撒かれた、それは一瞬にして緑色の粘液へと変わりウォルフの足元を汚す。
「これで動きが鈍るはずよ」
そういうのと同時にウォルフ達は襲い掛かってきた。
弾を再装填しているソフィーには二匹が、オレと鏡花には一匹ずつ迫って来る。
正面から飛びかかってきたウォルフは、ソフィーの放った粘液のせいで噛みつくタイミングがズレたのか体当たりする形になった。剣で防ごうとしたオレはそのまま転がされた。
「大丈夫!?」
剣を振るう鏡花がこちらに目を向けて聞いてきたが、オレが立ち上がったのを見て目線を目の前のウォルフへと戻した。
(ウォルフと接触したのならば、なにか……!)
ウォルフも態勢を直して、再度こちらへと向かってくる。
(確かに魔王城で戦った時よりも速度は遅い、なら横に躱せば隙が出来るはずだ)
一歩踏み出し、二歩目、三歩目。
(うん? なんだか足を出す速度が速い? あ! さっきウォルフにぶつかったから職業模倣が発動して……!)
四歩目として出した足は加速しすぎてバランスを崩し、その片足を止める為に反対側の足を出して勢いを止めた。
(危なく転ぶところだった。けど、おかげでウォルフとの距離も取れた)
剣をしっかりと構えて、ウォルフが動くのを待つ。
「グルル……」
ウォルフの唸り声が聞こえるが目線は離さず、剣を握る拳に力を込める。
「来い!」
「ガアッ!」
ウォルフが地を大きく蹴り真っすぐに突撃してくる、今度は間違いなくこちらの喉元を噛み千切れるタイミングで。
こちらの速度が上がっている今なら、こっちでタイミングをズラせばいい!
半歩横にズレてから一歩踏み込んで剣を水平に構えた。
ウォルフの牙は空を噛み、オレのホウチョーソードはウォルフの胴体を大きく切り裂いた。
「グルル……」
ヤツはゆっくりとこちらを向いた。
そのまま一歩進んで、もう一歩。
(浅かったのか?)
剣を構え直し、同じ手は効かないだろうと色々な策をめぐらす。
「グ……」
しかしウォルフが襲い掛かっては来ずに、三歩目を出すと同時に足から力が抜けて倒れこんだ。
数秒ピクピクと体を動かしていたが、それもすぐに止まり息絶えた。
「か、勝てた……助かった……」
と、気を抜いてしまう所だった。
「鏡花! ソフィー!」
彼女たちの方に目をやると、勇者の剣をしまう鏡花と魔銃を点検しているソフィーがいた。
「こっちは大丈夫よ」
ヒラヒラと手を振るソフィー。
「信吾は?」
鏡花の言葉に親指を立てて見せる、まだドキドキしてるけど。
ガサっと背後の草むらが鳴り、振り返った。
草地の中に白い毛並みが見えて後ろに下がろうとした瞬間、
「あっ……」
足が絡んで後ろへと体が倒れこむ。
「シンゴくん!」
ソフィーの叫び声が聞こえた。
(職業模倣の反動か、もう体力がないのか)
目を開いているのすら辛くなってきた、目の前には大きな口が見える。
(もう、動けない)
森の中で何かが光るのが見えた。
光ったソレは物凄い速さでこちらに接近してくるとウォルフへと当たり、そのままの勢いでオレの頭の上を通り抜けて行った。
「生きてるか?」
誰かの声が聞こえる。
「シンゴくん! ほら!」
ソフィーが駆け寄るとカバンの中から何かを取り出して、ゴフゥ!?
「ゲホゲホ!」
口の中を通り抜けた液体状の塊は、オレの味覚を激しく動揺させた。
「良かった。効いたわね」
ソフィーお手製の栄養ドリンクが効いているのか、この味で目が覚めているのか分からないが、とりあえず目は覚めた。
「どうしたんだ、この嬢ちゃんは? 戦闘中だっていうのにいきなり倒れるなんて」
倒れたままで声の方を見上げると、熊のような大柄な男性が立っていた。
「ほら、手ぇだしな」
大きなその手を握り返すとオレを引き起こしてくれた。
「気をつけろよ、嬢ちゃん」
快活な笑顔をこちらに向けてくる。
俺達の脇を通って反対側の木の方へ向かった、そこには手斧に貫かれて刺さったままのウォルフがいた。
あれが飛んできたのか。
「嬢ちゃん達はその狼、どうするんだ?」
「仕事があるからね、持って歩くっていう訳にはいかないわ」
「じゃあ、ワシが貰ってしまうが構わないな?」
「ええ、いいわよ」
ソフィーが「どうぞ」 と差し出したウォルフを男性は肩に担ぐ。その背には両手で持つ用の長い柄を持った大斧があった。
「それにしても、こんな所で会うなんて奇遇だな。ソフィー」
「そうね」
「え? ふたりは知り合いなんですか?」
オレの質問に、
「彼は……」
男性はソフィーの話を手で止めて、
「ワシの名はテンペスト、こうみえてもブジョニアの代表をしてる者だ」