「再会」
※
「あんまり緊張してちゃ駄目よ、シンゴくん」
その声に反応し咄嗟に腰の剣の柄を握りしめたまま、振り返る。
「ちょ、ちょっと!?」
驚いた顔でこちらを見るソフィーと、隣に立つ鏡花。そして、その後ろには海斗が立っている。
「す、すみません。なんだか緊張してしまって」
「うーん、緊張するのは仕方がないかもしれないわね。こうやってきちんと準備して戦いに向かうってのは初めての事だから」
私もそうだったから、と。
「だけど、そんな風になってちゃ自分だけじゃなくて、周りの大切な人まで傷つけてしまうわ。って、人の受け売りなんだけどね。ほら、行きましょ?」
そう言って彼女は歩き始めた。オレは隊列を崩さないように先頭へと出て、周囲を見回す。素人目ではあるけど、これといって目立った影は見えないように思えた。
たぶん。
それからしばらくは鬱蒼とした森の中をただ歩いていたが、
「あ、光が!」
そんな木々も途絶え、草原が見え始めた。
その光に向かって走り始めると、
「待った!」
草原の方から声が聞こえ、咄嗟に足を止めると目の前をなにかが横切る。飛んできたモノの方へと目をやると、そこにあった草がジュブジュブとおかしな音を立てて溶けていた。
「単なるスライムだからって油断するなよ!」
声の主の方へと顔を向ける。
スライムと対峙するように剣を構えている男性と、少し後ろでボウガンを構える女性が立っていた。
(あれ? あのふたりって)
「ヴィクトル! ノンナ!」
やっぱりそうだ、あのふたりは案内所で会った鏡花の冒険仲間の人達だ。
「お、キョウカか。こいつら、思ったよりも手強いぞ」
「単なるスライムだけど、いつもとは違う攻撃をしてくるのよ」
たしかにこちらに来た時に見たスライムとは見た目が違う、あの時に感じた愛嬌のような物は一切なく体の色が赤くなっていた、まるで怒っているように見える。
それが複数体、時折り激しく揺れながら距離を詰めようとしてくる。
「あれは凶化だ」
「凶化? なんだそれは?」
ヴィクトルが問う。
「魔王の能力だ。強い者にはかけれないが、力の弱い者にかけると通常よりも強力な力が得れる」
その声は悲痛そうだった。
「ただ、凶化を使われた者は常に苦痛に耐えなければいけなくなるんだ。そんなモノを……!」
その声を遮るように凶化スライムは一瞬、伸縮したかと思うとそのままなにかを飛ばしてきた。
それに合わせるように他のスライム達も攻撃してきた。
「かわせ!」
ヴィクトルさんの声に全員が動いた、オレを除いて。
咄嗟の事に足が動かなかった。
「やらせない!」
カイトがオレの前に手を出すと、その左手から空中に紫色の渦が現れて飛んできたモノとオレの間を遮った。
「これはスライムの分泌液!? 凶化ってのは、そんなモノすら変化させてしまうの!?」
ソフィーが驚く。たしか、スライムの分泌液ってシャボン亭でスープに使ってるアレか。たしかスライムが口から出すよだ……そんなものが、あんな風になるなんて。
紫渦の下に生えている雑草が溶けていた、アレが当たっていたらなんて考えてくもない。
攻撃をしてきたスライムにヴィクトルさんが接近し、構えていた剣を振り下ろした!
「チッ! やっぱりか!」
彼の剣は間違いなくスライムを真っ二つに斬り裂いたはずだった。しかし、スライムはグネグネと体をよじり、斬られた箇所を即座にくっつけて元の形を取り戻してしまった。
ヴィクトルさんは後退し、海斗の近くへとやって来た。
「さっきから、この調子なんだ。なにかいい手はないか?」
海斗は思案するようにスライム達を眺め、
「……蒸発させる。炎系の魔法は使えますか?」
「いけるが、そんなに火力は出ないぞ。実際、試したが倒すまでにはいかなかった」
と、スライムの群れの後方にいる一体を指す。その個体は明らかに周りの個体よりも体の色が濃くなっていて、動きも緩慢だった。
「ヴィクトルさん、その剣って魔法耐性ありますか?」
「ん? 分からないな、なんせこれはさっき借りたモンだから。自分の剣じゃない」
ただな、と付け加える。
「だからこそ、多少なら無茶をしてもいい。壊れたら脆かったって伝えるさ」
と、剣を海斗に渡した。
「それじゃ遠慮なく」
海斗は受け取った剣の刀身部分に軽く触れ、なにかを呟く。
「燃えろ」
そう言った瞬間、剣に炎が絡みついた。
「あとは、普段通りで大丈夫です」
「そうかい。それなら!」
と、ヴィクトルさんはスライムへと接近して行く。
「ハァッ!」
再度攻撃態勢に入ろうとしているのか、揺れているスライムの一体にヴィクトルさんの剣が横薙ぎにはいる。
ゴゥ! と、熱風が辺りに吹いた。
その一撃を喰らったスライムは、熱せられた金属を入れた水のようにブシュウと音を立てて二分割され、そのまま体全体が蒸発した。
「へぇ、これは凄い魔力だ。さすがは魔王って事か、これは心強い」
ヴィクトルさんはニヤリと笑った。
「じゃあ、反撃しますか」
そう言った時、キョウカが一歩前に出た。
「待って! まだ、なにか来ます!」
そう言ってスライムの奥の方を指さす、ノンナさんが指で丸を作り目に当てた。
「あ! なにかがこちらへやって来るわ! 数は五体! 速いわよ!」
慌てて剣を構える、その間にもヴィクトルはスライムを三匹倒している。
「来た! 敵はウォルフ!」
姿が見えてきたソレは犬、いや狼だった。
「これでも食らえ!」
ノンナさんのボウガンの矢がが勢いよく発射されたが、紙一重の所でウォルフにかわされてしまう。
「やっぱりこの距離じゃ無理か! 来るわよ!」
ヴォルフ達はその縦並びの隊列を崩し、各個撃破をするかのようにオレ達の周囲を取り囲む。
そして、ひと呼吸を置いて急速に接近を始めた!
「この距離だと大きな魔術は使えないな、ならば」
海斗が地面に手を当て、
「凍えろ」
冷気が辺り一面に走る。
「寒ッ!」
そのダイヤモンドダストの勢いはオレ達を越えて、取り囲んでいたウォルフの方にまで届く。
「グルルル!」
走りこんでいた所へと冷気を当てられたにウォルフ達は唸り声を上げたが、そのまま突撃してくる。
ただ、さっきまでとは明らかに違う。
「脚が遅くなってる! これなら当てられるわ!」
再度ノンナさんは矢を発射したがウォルフの足元へと刺さっただけで、大きなダメージには至らなかった。
だけど、それも狙いの内だったらしく彼女の行動は終わっていなかった。
「もう一発!」
即座につがえた矢を発射する。
ドサっと音を立ててウォルフは横に倒れた、その眉間には矢が真っ直ぐに刺さっていた。
けど、他のウォルフ達は止まらない!
みんなが臨戦態勢に入ったのが分かり、オレも剣を抜いた。
「来るぞ!」
後方から迫る二体、そのうちの一体は真っ直ぐにこちらを見据えていた。
「ウォーン!」
一瞬足音が消える、ウォルフが地を蹴って飛び上がった!
この攻撃、オレじゃ間違いなくかわせない。
なら、かわさない!
「ウォー!」
飛びかかって来たウォルフは爪を使ってこちらを引き裂こうとしていたようだったが、なんとかその力を剣で横へと受け流す事が出来た。
(けど、やれるのか? いや……やるしかない!)
けど、あんな動きの速い相手に対してオレの貧弱な腕じゃ傷すらつける事は出来ないだろう。
ウォルフはゆらゆらと左右に動きながら、こちらの様子を伺っているようだった。
(向こうは高速で動いているんだ、そう動いているから……そうか!)
「行くぞー!」
あえてウォルフの方に向かって走り出した。
「おい、シンゴ!?」
海斗がなにか言ったようだったが、オレの耳にははっきりとは聞こえなかった。
「来い!」
向こうもこちらの行動に合わせるように向かってくる。
(そう、それならば飛べない!)
ウォルフは大きく口を開けようとした。
だけど!
「おりゃ-!」
大きく踏み込んでウォルフへと体当たりをした、そのまま体全体で無理矢理に抑え込む。
「グルルッ!」
動こうともがくせいで体が浮き上がるが絶対に体を離せない、離す訳にはいかない!
ウォルフの首のあたりを凝視して、
「このォ!」
右手に持った剣を逆手に持ち替えて、そこへと突き立てた!
「グ、ウゥゥゥッ!」
剣を通してウォルフの皮を貫き刺す感覚が伝わる、少しでも力を抜いたら一気に外されそうだ。
「ご、ごめんな……でも!」
体重をかける、ズブリと肉を貫いた感覚があった。
「ウ、ウゥゥ……」
ウォルフのもがく力が弱まった。
「ウォォォ!」
ズン! と、一気に剣への抵抗がなくなり、ウォルフは動かなくなった。
「はあはあ……」
やった……やれてしまった。
自分が生きる為だったとはいえ、命のある者を……殺した。
(手が……震えて。そんな事より……みんなは?)
まだ戦闘中なんだと自分に言い聞かせ、辺りを見回した。
(ヴィクトルさんは凶化スライムとの相手をしている。鏡花はノンナさんの援護を受けながら、海斗はかわしながら機会をうかがっているようだ。ソフィーは……!)
その光景を見た途端、オレは走っていた。
(押されている!?)
そう見えた。ウォルフに接近されて、そのギリギリを紙一重でかわしているように。
けど、それはオレの見当違いだったようだ。
ソフィーは腰のホルスターから一丁の拳銃を取り出して左手に持ち、
「ごめんね」
と、ちょうど開かれたばかりの口へと差し込む。
「バン!」
そう言って引き金を引くと、口の中が赤く光った。
ウォルフは動かなくなりその場に倒れた、その体からは煙と焼け焦げた臭いが立ち込めていた。
彼女は走り寄っていたこちらを見ると片目を閉じて、
「心配ご無用!」
と、左手の拳銃を振る。あの形状の銃って、たしかリボルバーとかっていうんだっけ?
そんな事を考えていると再度冷気を感じた、しかも今度はさっきとは比べ物にならない程の。
その方向を見ると海斗の横には一本の氷柱が突き立っていた、その中にはまるで彫刻のようなウォルフが埋まっている。
海斗が指を鳴らすと、その氷柱は砕け散った。
「キョウカ、今よ!」
「はい!」
右前脚に弓の刺さったウォルフと対峙する鏡花が剣を振り下ろす。ウォルフはそのまま横へと倒れた。
残るはヴィクトルさんと戦っているスライムだけだ。
「これで……ラスト!」
そう叫びながら凶化スライムを倒したヴィクトルの周りには、火の粉がキラキラと舞っていた。
「クソッ、刀身が燃え尽きてしまったな。さすがに魔王の力には耐えれなかったのかもな」
と、柄だけになった剣を見せて笑っていた。
「待った! まだ何か来るよ!?」
ノンナさんの声に彼女の見ている方を全員が見た。
何かの影が動いているのが見えて再度臨戦態勢をとる、あの動き方はスライムのようだった。
「まだ残ってやがったか。だけど、剣が!」
ヴィクトルさんがそう言った時、海斗はすでに走ってた。
「待ってくれ! あれは敵じゃない!」
「なんだって!?」
海斗はスライムを抱き上げると、走り寄っていたオレ達の方へそれを見せた。
「青い……普通のスライムね」
ソフィーの言葉に海斗は頷く。
「コイツは城のひとりです。どうしてって言うんだ一体? それにその傷はどうした?」
海斗の手の中でスライムはプルプルと揺れる。
「なんだって……」
揺れていたのは会話だったらしく海斗はなにかを聞いたようで、明らかに海斗の顔色が変わった。
海斗はそっとスライムを降ろした。
「誰かコイツに回復魔法かけてもらえませんか?」
「それなら私が」 と、ノンナさんがスライムに近づく。
「おい、海斗。一体、何を聞いたんだ?」
オレの問いに海斗は一瞬だけこちらを見たが、目線は正面を捉えたままだった。
「魔王の居場所だ。コイツはそこから命からがら逃げて来たんだ」
もしかして、それって!?
「敵はオレの城にいる。それも仲間の連中全員を捕らえたままでな」




