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「テントと弟」


「ただいまー、おや?」


 シャボン亭に戻ってきたオレ達を待っていたのは異様なほどに混雑している店内と、


「おかえりなさいませ、お嬢様」


「おかえりなさい、ご主人様」


 燕尾服を来た海斗かいとと丈が短めのメイド服を来た鏡花きょうかだった。


「ふたりとも、なにしてるの?」


 とは言ったものの、なんとなく理解はしていた。たぶん、オレと同じように「バイトをするのならば」 とでも言われて無理矢理に……


「どうだ、信吾? 意外と似合ってるんじゃないかと自分では思っているのだが。こんなに似合ってしまうなんて、罪な男だろ?」


 と、遥か彼方を何故か見る海斗。

 冗談なんだろうけど恥ずかしくないのか、海斗?


「あ、あんまり見ないでね、恥ずかしいから。けど、こういうの着てみたかったから、ちょっと嬉しいかな、なんて」


 顔を赤らめながらもそう話す顔はニコニコと嬉しそうだった。

 つまりふたりは無理矢理ではなく自分の意思で着ているのかぁ、うん。


「そっちも準備できたみたいだな?」


 海斗が鎧をつついた。


「まあな、いいだろ?」


 少しだけな、海斗は軽口で返す。


「おや? シンゴちゃん、どうしたんだいその恰好?」


 女将さんが人のあいだを縫って、こちらへとやって来た。


「まるで戦士みたいな恰好をして勇ましいわね」


 そう言ってオレの手を握った。


「けど、怪我をしては駄目よ? 必ずここに戻って来る事、いいわね? あなたはシャボン亭の大事な店員のひとりなんだから」


 握られた手に力が込められていた。


「カイトくんにキョウカちゃん、ソフィーも。必ずよ」


 その言葉に全員が首を縦に振る。


「それならいいわ、じゃあ御夕飯を作って待っているからね」


 彼女は厨房の方へと戻りながら振り返り、ウインクをした。


「俺達も応援してるからな、シンゴちゃん!」


「戦えない俺達も出来る事はやってやるさ!」


 店内にいたお客さん達がワッと声を上げた。

 この声援に答える為にも一日でも早く解決しないと、そう心に決めた。



「おー、壮観だな」


 シャボン亭を離れて魔王城がある方角、南区から一番近い森の入り口へとやって来た。ソフィーが言うにはここが戦闘職達の合流場所になっているという事だったが、ひと目で分かった。海斗が言ったようにたくさんのテントが設置さたその風景は圧巻で、そこにはたくさんの人達が集まって食事をしたり、気晴らしなのかトランプをしたりと、ちょっとした集落のようになっていた。


「でも、いいんですか? こんなにのんびりしていて」


 オレの質問に、ソフィーが「大丈夫よ」 と、答える。


「サボってるように見えるかも知れないけど、これが彼らなりの戦闘待機なのよ。常に緊張感をもって、っていうのもアリなんだろうけど、この街じゃあんまりいないわね、そういうタイプの人」


 そんな話をしていると、


「では第一陣の方々が戻りましたので、第三陣の方はこちらの方へお越しください! 第四陣の方は四十分後に出発になりますので準備をお願いします!」


 そんな男性の声が聞こえてきた。


「あ、私達の事だわ。さあ、行きましょう」


 ソフィーが歩き出した、オレ達はその後をついていく。


「あ、ソフィー姉さん! 兄さんからは聞いていましたが、本当に姉さんも行くんですね」


 声を出していた男性がこちらを見つけるとそんな事を言った。


「姉さんはやめてって言ってるでしょ、グラハム」


 笑いながら喋るその人の顔は誰かに似ていた。


「いいじゃないですか、別に」


「はぁ、そんなにテキトーじゃお兄さんにまた起こられるわよ」


 お兄さん?


「あ!」


 分かったのと同時に声が出てしまった。


「ん? どうしたの?」


 ソフィーさんが振り返る。


「あ、すみません。もしかして、あなたのお兄さんって……」


 その言葉を繋ぐように彼が答えた。


「あ、もしかしてブライアン兄さんにあった事があるんですか?」


 ソフィーは彼を指して、


「その通り。彼はブライアン代表の弟で……」


「グラハムって言います、南区の副代表でソフィーさんにしごかれてます」


 と、にこやかに話す。ソフィーが大きくため息を吐く。


「趣味は釣りと読書、それとハイキング」


 グラハムさんは一歩こちらに近づいてくる、とっさに一歩下がる。


「特技は女性の誕生日を覚える事」


 さらに一歩近づいてくる、何故だか寒気を感じる。


「あなたの誕生日はいつでしょうか? よかったらお教えいただけませんか? それとも、お暇な時にどこかでお話でも……」


 さらに迫って来る。背中に何かとぶつかった感触があった、振り返り確認するとそこにあったのは立派な大木だった。

 グラハムさんの腕が伸び、オレの顔の横へと置かれる。

 これが壁ドン!?


「どうです?」


 オレはノーマルのはずなのだけど、なぜだかドキドキしてしまっている! なんというか、これ以上はいけないと心が告げている!

 

(それにしても、この人すっごいまつ毛が長いな)


 いやいや、何に注目してるんだオレ!?


「だから、すぐに口説こうとするのは止めなさいって。困ってるでしょ?」


 ピコッと変な音がした、そこにはピコピコハンマーのような物をブラブラと持っているソフィーが立っている。


「そんな事言ったって、かわいい がいたら声をかけないと失礼じゃないですか」


 ソフィーがピコピコハンマーを袖の中にしまっている。

 どうやって収納しているのかが気になったが、目の前に再度接近してきたグラハムさんの顔に驚いて横へと飛び退いた。


「こらこら」


 と、ソフィーに首根っこを掴まれるグラハムさん。

 ふと、目をやった鏡花キョウカ の顔がなんだか不満そうに頬を膨らましながらこちらを見ていた。

 オレ、なにかしました?


「そうやってアッチコッチに声をかけるから問題ばっかり起こすんでしょ? この間だって北区から来てた子がわざわざ私に苦情を言いに来たんだからね。あなたの所の副代表は女性と見ると誰でも声をかけるようなサイテー男なんですか? って。そうです、申し訳ありませんって謝っておいたわよ」


 傍から聞いているだけなので詳細は分からないけど、そんな対応で良いのだろうか? そう思った。


「えー、酷いですよ」


 その口調から悪びれた素振りは一切感じられなかった、一切。


「で、どうします? 今度、ご食事など」


「え、遠慮しときます」


 と、再度接近してこようとした彼から即座に距離をとって答えた。


「それは残念。じゃあ、お仕事しますか」


 ソフィーはうんうんと頷き、彼は机の上に置いた紙を眺めた。


「お名前など確認させて頂きます。キョウカさん」


 と、鏡花が手を上げる。


「職業は勇者ですね、可愛いです。次はシンゴさん」


 手を上げる。

 それを見てグラハムさんが一瞬首を捻ったが、


「職業は無職ですか。姉さんが一緒ならば大丈夫でしょうが、気をつけて下さいね」


 彼の言葉に無職であることの厳しさを感じた。


「それとカイトさん、職業は魔王ですね」


 魔王、その言葉を彼が発した途端にあたりの空気が一変した。それまでの賑やかな雰囲気はなりを潜め、誰もひと言も話さずにこちらを……海斗を見ている。その多数の視線に息が詰まりそうになる。隣に立っているだけのオレですらこうなんだから海斗はどんな気分なのだろうかと、そんな想像さえしたくなかった。

 カチリ、と金属がこすれるような音がした。


「待った!」


 ソフィーが声を上げと、その場の視線の全てがそちらへと移る。


「彼は大丈夫、私が保証するわ。もし何かあったら、私を煮るなり焼くなり好きにするといいわ」


 彼女はその場の全員に視線を向けると、それを合図にしたようにさっきまでの殺気立った空気が霧散する。ただし、ぎこちなさが解消された訳ではなさそうだった。

 そんな空気すら気にしていない人は、


「なんでしょうね? みなさん、急に黙っちゃって。それでは第三陣の方は、シンゴさん、キョウカさん、カイトさん、それにソフィー姉さんと言う事ですね」


 そう言って紙に何かを書き込んでいた。


「では、森の中を西方向へ進んで下さい。そして森の端へ着いたら反対側の端まで進んでもらって、帰ってきていただければ終了ですので、よろしくお願いします。それと、これを持っていって下さい」


 と、円盤状の紋様の書かれた板を渡された。


「これは?」


 そう尋ねると、


「簡易通信アイテム、通称『デンワ』 よ。遠距離での会話は出来ないけれど、近距離短時間ならばすぐ近くにいるように会話できるわ。魔法を使えない人でも使えるように魔力を蓄積できる機能を持たせたのがミソね」


 そ、ソフィーが自信満々に話す。たぶん彼女が作った物のひとつなんだろう。


「もし何かあったらご連絡下さい」


「分かりました」


 そう言うとグラハムさんはテントの方へと走って行った。去り際にこちらへと投げキッスをしてきたのは見なかった事にしよう。

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