「新たな魔王」
「魔王だって? それって海斗の事じゃ?」
オレの疑問に、
「魔王っていうのは俺ひとりじゃないんだ。悪神に選ばれた者は魔王は多数いて、その魔王のひとりは過去にこの街を焼いた事がある。ですよね?」
ブライアンは頷いた、その表情は苦痛に歪んでいた。ソフィーもだ。
「でも、どうしてその事を?」
「私が働いている学校に置いてあったこの街の歴史書を見ただけですよ。だから、この街の人は俺を恐れているんだと理解出来ました。まぁ、それはいいんです。そんな事よりも、これからどうするかを考えないと」
ブライアンさんは「すまないね……」 と、小さな声で話す。
「……それで、その奇怪樹というのはどこに現れたんだ?」
そういうと彼は立ち上がり、棚に置いてあった地図を来客用のテーブルに広げた。
「南区の外れにある農業地区よ」
そう言って、ソフィーは地図を指差す。
「こんな街の近くに? それはマズいね……よし!」
ブライアンさんは扉の横に立っているソルビィさんの方を向き、
「急いで議会を招集してくれ。それと、今日ある会議は全部保留だ」
その言葉を聞き終えると同時に「分かりました」 と、答えて彼女はそそくさと部屋を出ていった。
「それでだ……魔王であるカイトさんと勇者のキョウカさんにも手を貸してもらいたい」
魔王である海斗とは会っているので分かるが、なぜ鏡花の事を知っているのだろうか?
その疑問は自分だけではなく、彼女自身もそうなのは顔を見ればわかった。
「私からもお願い。カイト君の魔王である力は今回、間違いなく助けになってくれるでしょう。それに、敵が魔王なら勇者の力は間違いなく必要で、今この街にいる勇者はキョウカひとりだけなの」
ソフィーの言葉は友人としての戸惑いと、議員……いや街の住人としてのとしての使命がせめぎ合っているようだった。
「無理強いはしない。だけど、この街のに住む人々の事を、少しでも好きでいてくれるならば……頼む」
ブライアンは頭を下げた、その姿は街の代表にしては威厳はなく……けれどもソフィーと同じく、この街を愛する人の言葉だった。
そう感じれるほど、彼の言葉と態度には強さがあった。
「……分かりました」
海斗は一瞬の逡巡の後、返事をした。
「はい!」
それを聞いて鏡花は即答する、その瞳はまっすぐに力強かった。
「ありがとうございます! では、早速ですが作戦を……」
「あのっ……!」
オレはブライアンさんの声を遮るように話しかけた。
「自分にも何かできる事はありませんか?」
「キミは……カイト君達と仲のいいシンゴさん、だよね?」
ブライアンさんからすれば、オレという存在はその程度の物なのかと、なんだか二人との差を感じてしまう。
勇者と魔王。そんなのとは比べようにもならない『無職』 という職業。
ここ一か月で暮らして分かったのは職業の差はどうやっても埋められないという事実で、料理人であるマリさんが一瞬で出来るゆで卵の殻剥きをオレは1時間かけようと綺麗に剥く事は出来なかった。釘打ちも必ず釘が曲がってしまう、これはいくら練習してもどうにもならない事だそうだ。
だけど……そんな自分にも何かできれば……
「君は……」
ブライアンさんは重々しく話す、やはり難しいのだろう。
「いえ、彼の力も必要よ」
ブライアンさんの言葉を遮るように、ソフィーが話す。
「さっきは急いでいて話せなかったけど、あの奇怪樹を止めたチカラ。それは間違いなく、この世界の中でもトップクラスの異質で貴重な能力だと思うわ。それがどんな結果をもたらすかは分からないけど、切り札にもなりえるはずよ」
そうだ。気絶してそのままここに来たから忘れていたけど、奇怪樹と戦った時に出たアレは一体? 腕から伸びた木の枝を自分の意志で動かしていた感覚はあるのだけど。
「アレは、ソフィーさんも知らない事なんですか?」
その問いに彼女は首を縦に動かす。
「私にはあなたの腕が地中に刺さっていたように見えたわ、そしてその直後に土を破って現れた奇怪樹の枝。どういうことなの?」
「あの枝は……オレの腕なんだと思います。そう感じました」
あの時の自分には腕が伸びて奇怪樹の枝を折った感覚が間違いなくあった。
「枝が腕? 何の事だい?」
ブライアンさんが尋ねるが「ちょっと待って」 と、止める。
「つまり、シンゴくんの腕が奇怪樹の枝になったって言うの? だとしたら、変化か変身? そんな事が出来るなんて相当の魔術師か精霊人でも無いと……でも……」
ブツブツと何かを呟きながら、部屋をウロウロと歩き始めた。
「あ、あのっ……」
そういうオレを制する様に、ブライアンさんが右手の平をこちらに向ける。
「ああなったソフィーは、そう簡単に人の話を聞いてくれませんよ。それとソフィーがああまで言うのならば、私はあなたを信用しますよ。どうかお二人と一緒に、お力をお貸しください、シンゴさん」
彼は手を差し伸べてくる。
「こちらこそお願いします」
その手を握り返した。
「代表! 一体なんだというのだ! こんな不躾に、名誉あるクリューゲン家のゲスタフをホイホイと呼び出されては困る!」
四十代くらいの小太りな男性が、ドアを乱暴に開くと同時にブライアンさんへの文句を言う。
「ゲスタフさん、そんな事を言っている暇はないんですよ」
ブライアンさんは、特に気にしていない様だ。
「そんな事だと!? 前から言いたかったがお前は私に対する敬意という物がだなぁ……誰だ、ソイツらは?」
そう言い、彼は人差し指をこちらに向ける。
「ブライアン? 緊急事態なんですって?」
声に振り返ると、いつの間に現れたのかチラチラと炎を漂わせる精霊族の女性が立っていた。
「ショーラさん、お待ちしてましたよ」
「おい! ブライアン! 私の話を……」
そんな言葉を遮るように、ドアをノックする音が聞こえた。
「外まで美声が漏れておりますよ、クリューゲル様」
そう言って現れたのは、黒のスーツが映える長身の白髪白髭の男性。
「要するに、うるさいってこった」
その声の主は、スーツの男性の半分の背丈を持つドワーフだった。
「ラヴォーロさんにモクスさん! これで全員、揃いましたね」
「おい! 私の話を……」
ひとりで怒鳴っているゲスタフさんをショーラさんが「はいはい」 と宥める。
「では、隣の部屋に」
そう言って歩き出そうとするブライアンさんを、ゲスタフさんが「ちょっと待て」 と、止めた。
「この若僧共もか?」
ブライアンさんは「もちろん」 と、頷く。
「本気か!? こんなどこの馬の骨とも知れぬ者を名高き街議会の、それも中枢に入れるなど……」
「ゲスタフ。それ以上、私の友人達の事を悪く言うのはやめて」
今までウロウロと歩いていたソフィーがゲスタフを睨みつけていた。
「うっ……わ、分かった」
ゲスタフさんは目を背け、何かを愚痴りながら奥の扉の中に入っていった。
「さ、僕達も」
ブライアンさんが先頭を歩み、それに続くように次々と部屋の中に入る。
「ほら、みんなも」
ソフィーの言葉にオレ達も部屋の中に入る。
窓がなく薄暗い室内には腰ほどの高さの机が6つ置かれている、ひとつは残り5つと向かい合わせで置かれていた。
「ほら、私の後ろに」
ソフィーに招かれるようにオレ達は彼女の後ろに並んだ。
「では」
『我らが街を守る、その為に開かれたこの会議での偽証は決して許されない。この世界の三大神にそれを誓う』
街の代表たちが声を揃えて言う、よく分からなかったが宣誓のようなものなのだろう。
「それで? 一体どういう状況なのかしら?」
声からするとショーラさんだと思うのだけど、何故か彼女の輝く姿が見えなかった。もしかしたら、この部屋の中にはそういう魔法がかかっているのかも知れない。
「それはソフィーから報告してもらいます」
向かい合っている机の方からブライアンさんの声が聞こえた。
「私と一緒にいる三人のうちの一人が、奇怪樹と戦闘しました」
「奇怪樹? なんだそれは?」
「それは魔王であるカイトくんから」
お願い、と小さな声が聞こえた。
「奇怪樹は動く大木のようなモンスターなのですが、私の仲間に居る種族ではありません」
「だからどうしたというのだ?」
「分からないのか? これだから貴族は」
ドワーフのモクスさんの声だ。
「なに!?」
「落ち着いてください、ゲスタフさん。それに、モクスさんも」
「つまり、カイトさん? はこう言いたいのね。自分の仲間ではないモンスターが闊歩していた、そして管理もなにもされていないモンスターが人を襲ったと」
ショーラさんがそう言ってまとめる。
「なに!? それは、大問題じゃないか!?」
「だから私達が招集されたのですね、ブライアン」
ラヴォーロさんの声だ。
「はい。それにカイトさんが言うにはそのモンスター、奇怪樹は彼との会話が出来なかったそうで、その理由は別の魔王にかけられた魔導のせいだという事です」
「ま、魔王だと!?」
「本当なのですか、それは?」
室内にいる事情を知らない四人はざわつく。
「やはり魔王など、この街に入れるべきものでは……」
「それ以上は駄目です、ゲスタフ」
ブライアンさんが止めた。
「くっ……では、どうするというのだ!」
「だから、それを決める為の議会だろうに」
「わ、分かっている!」
さっきからだけど、モスクさんのゲスタフさんへの当たりの強さを感じる、あまり相性が良くないんだろう。
「とりあえずの対策ですが、街の衛兵を含め、外周部に戦闘職や戦いが得意な方の警戒をお願いしたいと思います。モンスターを倒した方には褒章と賞金を。それと、戦闘を仕掛けて来ないモンスターには絶対に攻撃をしない事を徹底して下さい」
最期のはカイトの仲間達への配慮なんだろう。
「分かりました」
ラヴォーロさんが答える。
「非戦闘職の方が街の外に出る時は、誰か護衛をつけましょう。それと、子供や老人は外周に近づかないように」
「外から来た人はどうするの? 鉄は他所からじゃなきゃとれないのよ?」
ショーラさんだ、鉄の事を心配するという事は工業区である西区の代表なのだろう。
「早急に伝令を出そう。向こうから来る警護の費用はこちらが出すと伝えて下さい。他には?」
「根本の問題。今の魔王が何処にいるのか、どうやって探すの? そこが解決しない限り、この街は永遠と危険にさらされたままになるわよ?」
ソフィーだ。
「少数精鋭の遊撃隊を複数編成して周囲の捜索をしてもらいましょう。効率的ではないかもしれませんが、効果的ではあると思いますので」
「なら、私もその部隊に入れていただきたいのですが」
「海斗!?」
急な海斗の言葉に、オレと鏡花は声を出して驚く。
「俺達を襲おうとしているのが魔王だと分かっているのならば、魔王である自分が一番その思考を読みやすいはずだ。それならば、遊撃隊に入って行動した方が対応しやすいだろ?」
「たしかにそうかもしれないけど……」
「オレなら大丈夫だ、魔王だしな」
「……ならオレも行く、協力するって決めたしな」
「私も!」
「いいのか? 危険だぞ?」
「そんな所に行くって決めたのはお前だろ? なら、それについていくさ」
「うん」
鏡花も同意する。
「分かった……オレが非力なお前達を守るよ」
海斗はわざとらしくそう言った。
「なら、私も一緒に行くよ。友達だしね」
ソフィーもそう言ってくれる。
「大丈夫なのか、ソフィー。そんな危険な事を……」
ブライアンさんの声が不安そうに震えている。
「大丈夫よ」
「で、でも……」
「大丈夫だってば」
クスクスとショーラさんの笑い声が聞こえる。
「ほんと、あなた達は仲が良いわね」
「単なる腐れ縁よ」
「そ、そんな風に言わなくても……」
ブライアンさんは、ソフィーさんに弱みでも握られているんだろうか? そう思うほどに情けない声だったが、仲の良さも分かった。
「ゴホン」
ゲスタフさんが「早く進めてくれ」 と、言いたいように咳き込む。
「で、では今日決まった事は、すぐに地区の方に知らせて下さい」
「了解だ」「分かったわ」「分かりました」 と、代表達が返事をした。
「緊急議会はこれで終了とします、解散!」
そう言うとブライアンさんから部屋を出ていった、その開け放たれた扉から漏れた光でようやく室内が明るくなる。
「さて、それじゃ帰ろうか」
ソフィーに促され、オレ達は宿へと戻った。




