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「一か月」

 4




(こっちにやって来てから一か月近く経ったけど……宿屋の天井にも違和感を感じなくなったな)


 ドアをノックする音で目を覚ました僕は、ふとそんな感慨にふけった。


信吾シンゴ、起きてるか?」


 部屋の外から聞こえる海斗カイトの声に体を起こす。


「うっ……」


 風景が見慣れるのは早いけど自分の胸部の重さにはいまだに慣れない。

 

「起きてるよ」


「朝食だそうだ、早く準備して来いよ」


「分かった」


 服を着替えて共同の洗面所に行き顔を洗う、鏡に映る自分の顔もなんだかんだと見慣れてしまった。人の慣れというものの凄さを感じる。


「ふぅ」


 窓の外にはこの街の人々が歩いている。日本では見なかった獣人など種族も、そんなに気になるようなことは無くなった。



「おはよう、シンゴくん」


「おはよう」


 シャボン亭に着くと、先に来ていたソフィーと鏡花キョウカがそう声をかけてくれたので、オレも「おはよう」 と、返した。


「シンゴくん、今日はなんのバイトだっけ?」


 ソフィーは水の入ったコップを傾けるながら聞いてくる。


「今日はオヤカタの所で外周の作業小屋を修繕する予定です」


「オヤカタかぁ。あの人はあんまり得意じゃないんだよね、気難しいからさ」


 嫌いじゃないんだけどね、と彼女はつけ加えた。

 確かにオヤカタは気難しい所があるのは否定できない、これぞ大工って感じの人……いや熊獣人だった。けれども、ただ気難しいだけではなく優しさも兼ね備えているのは、バイト初日に重くて持てなかった木材を代わりに無言に持ってくれた事で分かっていた。


「そういえば、キョウカの方はどう?」


「私?」


 目の前に置かれた料理に目線を向けていた彼女は、話を振られて首を傾けた。


「看護婦の助手は上手くいってるの?」


「うん。先生は優しいし、婦長や一緒に働いているみなさんも気さくな人ばかりで、来てくれる人もいい人ばかりだから毎日楽しいよ」


 鏡花キョウカは嬉しそうに破顔しながら語る。


「カイトくんは?」


「生徒の子供達も真剣に話を聞いてくれますし、先生方とのやりとりも良好なので上手くやれているとは思うよ」


 海斗カイトは昔から勉強を教えるのが上手かったから、臨時とはいえ教師という仕事が向いているのだろう。それと夜中に授業内容の予習をしているみたいで、それとなく尋ねたら「気のせいだ」 と、そっぽを向いて照れ隠しをしていた。


「そういえば、モンスター達の調査の方はどうしたんですか?」


 最近、その仕事の会話を聞かなくなったのが多少気になっていたので、いい機会だと思い尋ねる。


「あれは一週間程で終わったんだ」


「うん。カイトくんに手伝ってもらってモンスター達をしばらく魔王城に居てもらうようにしたら、すぐにあの森の周辺には居なくなっちゃったからね。今はもうやってないの」


「その代わりに薬草の採取なんかを手伝っているよ。魔王城には植物の知識はないから勉強になるよ」


 そうだったのか。


「で? シンゴくんは?」


 そうだよね、流れ的に。


「えっと……」


「どうした?」


 海斗カイトが聞いてくる。


「あんまり……良くはないかな。いや、働いている先の人が恐いとか、賃金未払いとか、そういうのじゃないですよ!」


 慌ててフォローする、本当に働いてる所に問題は一切ないんだ。


「じゃあ、なんで?」


 鏡花キョウカが不安そうな顔をしている。


「……なんだか、たまに意識がなくなるんだよ」


 初日からあった謎の事象。

 あれはこっちに来た時の疲れから来たんだと思っていたけど、そうじゃなかった。あれから、色んなバイトをして来たけど、肉体労働やデスクワークといった業種の差があろうがなかろうが、なぜか一瞬の間だけ気を失っているのに気づいていた。

 こんなの、あっちじゃ感じた事もなかったのに。


「大丈夫なの?」


 三人とも表情が暗くなる、こういう事になりそうだったから黙ってたんだけどな。とはいえ、みんなと一緒にいる時になるよりは知っておいて貰った方が良いだろう。


「いや、問題はないよ! ほんの一瞬だからさ」


 努めて明るく振る舞う。


「本当だな?」


 海斗カイトの目が鋭くなる。


「もちろん」


 海斗カイトはこめかみを触れていた。


「……分かった。ただ、無理はするなよ」


 オレは無言で頷いた。

 それからオレ達はいつものように朝食を終えてバラバラにシャボン亭を出たけど、その時の鏡花キョウカの視線が痛かった。



「おう! 来たな、メスガキ」


 今日の現場である南区外周に着くと、オレより頭三つ以上大きい毛だらけの人物が待っていた。


「その呼び方はやめてくださいって、オヤカタ」


 大きく開かれた口から立派な牙が見える。彼は熊の獣人であり、THE大工という風な豪快な性格をしていた。


「メスガキはメスでガキだからだろ、シンゴ?」


 確かにそうなんだけど、うーん……


「お、シンゴちゃん。今日もかわいいね」


 来るなり、そう話しかけてくるのは同僚のビルドさん。


「ど……どうも」


 彼は毎度こんな風に話しかけてくれるのだが、どう反応すればいいのかがいまだに分からない。


「やあ、シンゴちゃん。おはよう」


「おはようございます、アーキさん」


 アーキさんは長身の眼鏡をかけたエルフで設計がメインの仕事なんだけど、時々こうして現場にも駆り出されていた。人手不足で……っていうよりも、彼自身現場に来て手伝うのが好きみたいだ。

 あと「実際に来て土地を見たが設計士的にもより良い物が浮かぶんだ」 と話していた。


「今日は、この四人ですか?」


 オヤカタに尋ねると、彼は手を左右に振る。


「いや、ジャゴのヤツも来るはずなんだがな。また遅刻か、ったく」


 ジャゴさんは毎回遅刻してくるけど、その腕前は随一でオヤカタの右腕を務めるほどだ。


「それじゃ始めるぞ!」


 咆哮のような雄叫びをオヤカタがあげる。


「はい!」「応よ!」


 それがいつもの仕事開始の合図だ。



「おい、シンゴ! そこの板材、こっちに持ってこい!」


「はい!」


 何本も置いてある物から二本ほど肩に担ぐ。


「よいしょ!」


 前だったら何ともなかった重さだけど、今の体だとどうしてもこの位が限界だった。


「気をつけて下さいね」


 隣で農家小屋の外に置く椅子を作っていたアーキさんが心配してくれる。


「大丈夫です!」


 多少フラフラはするけど問題ない。


「おい、ビルド! こっちにも釘だ!」


「はいよ、オヤカタ!」


 そんな会話を聞きながら歩いて、一歩を踏み出す。


「あ……」


 フラッとした一瞬の後、目の前が真っ白になる。危ないと頭では分かっているけど、倒れようとする体を支えるための力が出せない。


「オイ、シンゴ!」


 その声でオレの意識が戻った。


「あぶねぇぞ!」


 気がつくと、目の前には黒い毛の塊があった。いつのまにかオヤカタに、体と板材を支えてもらっていたらしい。


「す、すみません!」


「なにボーとしてんだ! 早く運べ!」


「はい!」


 またコレか、本当にどうしてしまったんだろうか?


「シンゴちゃん、気にすんなよ。慣れねぇ事をやってるんだから、疲れもするさ」


 ビルドさんがフォローしてくれた。


「すみません」


「いいって」


 そんなやりとりを聞いていたオヤカタが、


「ほら、お前ら! 口を動かさずに、手を動かせ!」


「はい!」


 ビルドさんが目で「ほら、行きな」 と、合図してくれた。


「お? 角材が足りねーぞ!」


 オヤカタは運んだ材木の量を見て叫ぶ。


「本当ですか?」


 アーキさんが走ってきて確認するが、どうも数枚ほど足りなかったらしい。


「しゃあねーな、ちょっくら切って来るわ。斧だ」


 ビルドさんが近くに置いてあった工具セットから、布袋に収納されたオヤカタ専用の斧を取り出した。


「ウッ……ほらよ、オヤカタ」


 通常の倍以上のサイズがある斧をオヤカタは軽々と持ち上げると、


「じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。アーキ、かんなの準備しとけ!」


「はい」


 そういうとオヤカタは森の中に入っていった。


「あれ? 目の前の木じゃダメなんですか?」


 奥に行って見えなくなったオヤカタの背中を探しながら、独り言のように話すと、


「ん? ああ、あれは駄目だ。あそこの周りには他に木がないから、風で歪んでいて使えないんだよ」


 ビルドさんが説明してくれた。


「そうなんですか?」


 素人目には真っ直ぐに伸びているように見えるが、長年の経験を持つ人からしたらその差は大きいのだろう。


「シンゴちゃん、ちょっと手伝ってくれ。オヤカタが来るまでにかんなの準備しないと、どやされるからな」


 オレは言われるままにその場にあった板材を平らに組み上げ、その上に水平器を置く。鉋を使う場所も水平でないと綺麗にかけることが出来ないんだそうだ。


「まだこっちが高いな。ちょっと動かすぞ」


 位置を調整してビルドさんが水平器を覗く。


「これでいい」


「おはよう、みんな」


 と、あくびをしながらやって来たのはジャゴさんだった。


「遅いぞ、ジャゴ」


「ごめんね、朝なのにニワトリが起きてくれなくてさ」


「そうかい」


 ビルドさんは、ジャゴさん言った毎度の遅刻理由を笑いながら聞いていた。


「おんや? オヤカタは?」


「木材を取りに行ってるんですけどね。それにしてもちょっと遅いな、いつもならもう来ていいのに」


 アーキさんが作業の手を止めて、森の方に目を向ける。

 それに倣うようにそちらの方を見ると、バキバキ!! と大きな音が森の方から響いてきた。


「なんだ!?」


 ビルドさんが驚いて声を出した。

 バキバキとうるさいその音は、ドンドンとこちらに近づいてくる。


「ん?」


 木々の隙に何かが動いているように見えた、オレはしっかりを目を凝らした。


「あれは……木が動いてる?」


 オレが呟いた言葉に、アーキさんが反応する。


「木が? ならアレは……まさか奇怪樹!?」


「なんだソレは!?」


 ビルドさんが尋ねた。


「奇怪樹はこっちでは珍しいですが、僕の生まれた街ではよく現れたモンスターです!」


「モンスター!? そんなのヤバいじゃねぇか!?」


「ええ。けど、オヤカタなら!」


「そうか! 元戦士のオヤカタなら今は戦闘職じゃねぇが、それでも戦えるはずだ」


 木々を押し倒し、ソイツは現れた。


「やっぱり奇怪樹……ですが。これは……」


 みんなの気持ちが沈んでいくのが分かる、その理由は奇怪樹が掴んでいる人影に会った。


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