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「初バイト!」


「さて、じゃあ仕事の説明をさせてもらうわね。とは、言ってもそんなに難しいもんじゃないから、安心してよ」


 朝食をとった後、海斗カイトは小学校へのある東区へ、鏡花キョウカはここと同じ南区の町医者に行った。

 ソフィーさんは……昨日と打って変わって、つなぎを着ていた。午後から海斗カイトと一緒に森に入るらしく、それまでは自分の部屋で色々とする事があるんだそうだ。

 そんな三人が出ていくと、オレの初めてのバイトが始まったって訳だ。


「よろしくお願いします」


 そう言って頭を下げる。


「そんなにかしこまらなくてもいいさ。単にお客さんの注文を聞いて、それを私に伝えてくれる。それで、私の作った料理をテーブルまで運ぶ。お客さんが帰ったら、お皿を下げる。あとは、ちょっとした洗い物くらいだから、大丈夫よ」


 それならばオレにも出来そうだ。


「あ! そうそう、シンゴちゃん」


 ちゃん付けなのは気になるけど、いちいち訂正しても笑われるのがなんとなく予想できるので、しぶしぶ受け入れる事にした。


「バイトの子にはね、これを着てもらおうと思っていたんだけど、どうかな?」


 女将さんはカウンターの上に置いてあった袋の中から、上下セットになった服を取り出した。


「えっ?」


 淡いピンク色に生地で作られた半袖のブラウスに、


「スカート?」


 同じくサクラのような色のひざ丈までのスカート。


「かわいいでしょ? これね、新しいバイトの子が来たら来てもらおうと思っていたんだけど、前の子は男の子でね、使ってもらう機会がなかったのよ」


 女将さんは嬉しそうにニコニコと笑いながら話す。


「あ、でも……」


「シンゴちゃんにはこういう色味の方が合うと思うだよね。それとも黒がいいかしら? うーん、青もいいかも」


 次から次へと袋の中から同じ服の色違いが出てくる。


「どうかしら?」


 満面の笑みで尋ねられ、なんだか断りにくい雰囲気だ。


「どうしたの?」


 しばらくしても答えないオレに彼女は少し不安そうな顔をした。


「ピ……ピンクで!」


 自分でも分かるほどに声が裏返った、なぜだか女将さんのその表情を見ていると断れなかった。

 そして、動揺しすぎて何故かピンクを選んでしまった。


「そう! なら、着替えは奥を使ってね」


 オレはピンクのコスチュームのようなバイト着を持って、キッチンの奥に向かう。そこには小さな机と椅子、あとは入ってきた扉の反対側にもうひとつ扉があった。たぶん、この先は女将さんの家に繋がっているのだろう。


「さてと」


 机の上に服を置いて、今着ている者を脱いだ。

 スカートを手に取り、


「これ、どうするんだ?」


 とりあえず足を入れてみると横にチャックとボタンがある事が分かり、なんとか着れた。

 ただ、


「トランクスにスカートって……」


 置いてあった鏡の前で、スカートをめくりながら自分を見る。

 上は色々と問題があるからと、鏡花キョウカに無理矢理渡された物を教えられたようにつけたんだが、さすがに下は……と、お願いしてトランクスを自分で買いに行った。

 ただ、店員になんだかニヤニヤと見られたのがアレだったが……


「仕方ないか」


 微妙にトランクスが見えそうな丈だったが、なんとかなるだろう。たぶん。


「あとは、上を着てっと」


 サイズはちょうどよく、そんなにきつくもなかった。


「それにしても……」


(意外と似合ってないか……コレ)


 クルクルと回転すると、ふわりとスカートが舞う、なんだか不思議な感覚だった。

 世の中の女性達が服を選ぶのに時間をかけている理由が、ほんの少し理解できた気がする

 

 コンコン。


「どう? 終わった?」


 急なノックに回るのを止めて、慌てて服を整える。


「入るよ。おや! いいじゃないか!」


 部屋に入ってきた女将さんは、オレの姿を上から下まで見るとそう言った。


「そうですか?」


「うん、かわいいよ。さ、そろそろお客さんも来るだろうから、いこうか?」


「はい!」



「お、新しい子かい?」


 お昼近くになると、それまでまばらだったお客さんの入りも多くなり、店内の空席を探す方が難しくなってきた。


「そうだよ、今日から手伝ってもらってるシンゴちゃんさ。かわいいからって、手を出したら承知しないからね」


「ちぇ、分かったよ。じゃあ、しょうが焼き定食で」


「はい」


「こっちは酢豚。あと、水きのこのフライで」


 注文票に次々と出される注文を書いていく。


「かしこまりました、少々お待ちください」


 カウンターに戻り、注文票を置く。


「ほい、チャーハンセット出来たよ」


 お盆を受け取ると、なぜか頭の中がボーっとし始めた。


「……あれ?」


 これって、どこに持っていくんだっけ?


「すみません、チャーハンセットのお客様はどちらでしょうか?」


「こっちだよ」


 奥の席にいるヘルメット姿の男性が手招きしている。


「すみません!」


「いいよ」


 彼はヘルメットを外すとわきに寄せて、目の前に置かれたレンゲに手を伸ばしてチャーハンを掬い始めた。


「ほら、次出来たよ」


「はい、すいません!」


 ※


「ただいま」


 日が暮れ始めた頃、シャボン亭に女将さんの娘、ユキちゃんが帰ってきた。


「おかえり」


「おかえりなさい」


 彼女はこっちを見て、一瞬驚いたような表情をしたけど、一礼をするとそのままに行ってしまった。


「ごめんね」


「いえ、大丈夫です」


「ユキ、人見知りが激しいから。さてと、あの子も帰ってきたから、今日のバイトはこれでおしまいね。ありがとう」


「ありがとうございました」


「ほら、着替えて来て」


 はい、と答えて、奥の部屋に入る。

 テキパキと着替えたものの、ちょっとだけ名残惜し……いやいや。

 服を木製のハンガーにかけて、部屋の隅のほうに引っかけた。


「お疲れ。ほら、コレ!」


 女将さんは茶封筒を手渡してくれた。


「今日のお給金。ありがとね」


 はじめてのバイト代は、なんだか重く感じた。


「じゃあ、今度もまた頼むからね」


 たしか、ソフィーから渡された紙にはここでのバイトはあと数回あったはずだ。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ。ところで、ちょっと聞きたいんだけど……」


「はい?」


「バイト中、何回かボーっとしてたみたいだけど、どこか具合でも悪かったのかい?」


「いえ……」


「そうかい。なら、いいか。じゃあ、また夕食の時にね」



「どうだった?」


 夕食後、今日あった事を聞きたいというソフィーさんによって部屋に招かれた。


「こっちは問題ない。と、言いたいが子供の扱いは難しいな。色々と勉強しないといけないと感じたよ」


 海斗カイトはため息交じりに話す。


「でも、私と一緒にした午後の方は問題なかったよ」


 ソフィーの依頼であるモンスターの調査の事だろう。


「それはモンスター達と話が出来るんだから当然ですよ。それに、しばらくの間は魔王城の周辺にいるように伝えておきましたし、こちらとしてもちょうど良かったです」


「そう。キョウカは?」


「少し緊張したけど、回復魔法で治療したらいろんな人からお礼を言われちゃったよ」


 ニコニコと嬉しそうに笑っていた。


「それならいいじゃない。で、シンゴくんは?」


「問題はなかったんですけど……」


「けど?」


「なんだか変な感じがして」


「うん? どういう事?」


 オレは、働いてた時に起きた奇妙な感覚の事を説明した。


「ふーん? ボーっとするねぇ?」


 彼女は何かを考えているようだった。


「なにか思い当たる事でもあるんですか?」


「いえ……けど、ちょっと調べてみるよ。とりあえずは、気にしなくてもいいと思うんだけどね。さ、明日も頑張っていこう!」


 と、ソフィーは急に話を切り上げ始めた。


「本当に大丈夫なんですかね?」


「いいから、いいから。ほら、おやすみ!」


 半分、無理矢理に部屋から出された。オレ達はお互いの顔を見合わせると、そこには不思議そうな表情があった。


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