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「無職です」


「無職です」


 フェミリアさんは、淡々とした口調でもう一度繰り返した。


「無職って……なんですか?」


「無職とは、学生でも、家事を主とする方でもなく、仕事のない状態の方を現す言葉であり……」


「いや、言葉の意味じゃなくて……」


 意味は分かっているんだけど、なんだかよく理解が出来なかった。

 フェミリアさんは何かを考え込むような仕草をして、言葉を選ぶように話しだした。


「……この世界では生まれた時から、ある程度の職業を授かった状態で生まれます。そんな事もあり、この世界で特定の職業を持たない人というのほとんどいません」


 なんだか顔が険しい。


「転生者の方には時々、こういう職業の方が現れる事もありますので無職だという事自体は問題ないのですが……」


 フェミリアさんは、ある一点を指した。


『無職(転職不可)』


 そんな事が書いてあった。


「こんな表記、初めて見ました」


 と、海斗カイトの方を見ると『魔王』 と書かれているだけだった。


「無職って、そんなに問題なんですか?」


 彼女はなんだか神妙そうな顔をしていたが、オレには『無職』 という職業のなにが問題なのか分からなかった。


「珍しいな。フェミリアがあんなにどぎまぎしているだなんて」


 いつの間にか後ろに人垣が出来ていて、ざわついていた。


「無職は……働く事が非常に不向きな職業です」


 言ってる意味がよく分からないのですが?


「この世界では職業は六つのカテゴリーに分かれていまして、その職業に類する職業……例えば、戦闘職せんとうしょくの剣士は狩人の才能が必要な弓の扱いが出来たり、槍術者そうじゅつしの得意な槍も専門家ほどではないものの、それなりのことが出来ます。それは農家などの育成職いくせいしょくでも一緒で、農家でありながらも漁師のような事も出来ます。要するに、仕事のコツを掴む為のセンスが『職業』 で決まるのです」


 手先が器用だから、折り紙で鶴が折れて、なおかつ裁縫や機械いじりも出来る。

 そんな感覚だろうか。


「そんな中でも特殊職というのがありまして、例えば『魔王』 や『勇者』 もその中にあり、このふたつは他のカテゴリーの事も少しですが出来ます」


 そう言って、彼女は再度考え込んだ。


「あなたの職業『無職』 も、特殊職に当てはまるのですが……」


 彼女は唇を軽く噛んで話を続ける。


「他のカテゴリーどころか、特殊職というなかの事柄ですらコツを掴む事はありません」


「それはつまり、働く事自体向いていないという事です」 と、つけ加えた。


「アルバイトならば何とかなるかも知れませんが、専門職を持ってどうこうというのは無理……だと思います」


 言っている意味が理解できない。


「それと、長い期間その仕事をしていると経験を経て色々な事を覚えられたりするのですが『無職』 は、それも無く……」


 言葉尻が尻すぼみになっていく。


「が、頑張って生きて下さい」


 歪んだ笑顔でそう励まされた。



「無職か」


 海斗カイトが呟く

 鑑定を終えたオレ達は、建物の中にある椅子に座っていた。


「まあ、気にする事ないさ」


 励ましの声をかけてくれるが、自分にはその職業の意味がまだ理解できていない。


「そうだよ。色々と試していけばいいんだよ」


 鏡花も慰めるためなのか、そんな事を言った。


「あれ、キョウカ?」


 オレが感謝の言葉をいう前に、誰かが鏡花キョウカに声をかけてきた。それは二人組の男女で、さわやかそうな男性とポニーテールが印象的な美女だった。


「なんだよ。街に戻ってたのか? 森に入ったら、すぐにいなくなってるんだからビックリしたよ。あれからキョウカの事、探し回っていたんだぞ」


「ごめん、迷子になっちゃって」


「ん? その人達は?」


 女性が鏡花キョウカに尋ねる。


「ふたりは私の友達で信吾シンゴ海斗カイト。それでこっちは……」


「ヴィクトルだ」


 男性は名乗りながら、握手を求めてきたのでそれに応じた。


「私はノンナよ」


「ふたりはね、私が仕事を選ぶのに悩んでいたら薬草採取の仕事を進めてくれて、その後も何度か手伝ってもらったの」


「そう。けど、モンスターの様子を見に行く任務の途中で急に一人だけはぐれるだなんてね。今までいろんな子と組んだけど、初めての経験だわ」


 そう言って「フフフ」 と、彼女は笑った。


「ごめんなさい」


「いいさ、無事だったんだから。けど、今後は大丈夫そうだな。君を守るための騎士もいるみたいだし」


 海斗カイトの方を見ながら、ヴィクトルさんは話す。


「ち、違いますよ!?」


「あら、そうなの? じゃあ、そっちの彼女のいい人なのかしら?」


 ノンナさんは微笑のまま尋ねるが、


「違います」


 オレと海斗カイトは同時に否定した。

 ヴィクトルさんは意外そうな顔をしながら、


「そうなのか? まあいい、もし今度困った事があったら相談してくれ。出来る範囲の事ならば手を貸すからさ」


 そう言ってくれる。


「そういえば、昨日のお仕事ってどうなったんですか?」


 鏡花キョウカがおずおずと聞くと、ふたりは肩をすくめた。


「あの後もターゲットのチェイスベアを探し歩いたんだけど、結局見つからなくてね」


「それに、何故か分からないけど今日は取り消しになっていたのよ。それも、モンスター関連全部がね」


 海斗カイトが安堵のため息をついていた。


「そういう訳で今日はお休みにして、ふたりでデートなの」


 ノンナさんはヴィクトルさんの二の腕に腕を絡めた。

 彼は「やめろよ」 と、言ってはいるものの嫌そうではなく、そのままにしている。


「それじゃあ、またね」


 と、ふたりは出口へと向かっていった。


「さてと、俺もちょっと出かけてくるかな」


 海斗カイトは立ち上がると、そんな事を言った。


「本当に行くの?」


 昨日相談した事ではあるけど、鏡花キョウカは少し不安そうだった。


「ああ」


 海斗カイトは、これからひとりで街の代表者と面会するという。

 鏡花キョウカ海斗カイトが魔王だという事もあり「何があるか分からない」 と、反対したのだけれど、


「俺は魔王だ。何も心配なにさ」


 と、無理矢理に納得させていた。


「じゃあ、行ってくる」


「気をつけろよ」


 背中に受けたオレの言葉に、片手を上げて彼は答えた。

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