「あなたは……」
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「ごちそうさまでした」
朝食をシャボン亭で終えた、オレ達四人は各々の食器をカウンターに戻す。
本来だとこの時間に店は開いていないらしく、女将さんに娘さんのユキ、それと女将さんの夫であるランズさんと一緒にご飯を食べた。
ランズさんは狩人だそうで、ここで使っている食材は彼が捕ってきた物だそうだ。それに彼らを倒して、捕ってきた来た物ではないと分かると、海斗は少し安堵した表情をしていた。
「さてと、そろそろアタシは出かけてくるよ」
ソフィーはなんだか大きなカバンを肩にかけ、昨日着ていた作業着とは違う小綺麗なスーツを着ていた。
「おう、行ってきな。さて、そろそろ……」
そう言ってランズは立ち上がった、それを見て女将さんとユキも立ち上がり、
「アンタ。今回も怪我の無いようにね」
「お父さん、気をつけて」
ふたりでランズさんに抱きついた。
「おっしゃ! 行ってくるぜ」
その体躯に似合う大きな弓矢や剣を携えて去って行くその腕には、大小さまざまな傷があった。あの傷がどういう風に出来たのものなのかは、なんとなくだけど分かった。そうやって、彼はこのふたりを守ってきたんだと。
ランズを見送る二人の背は、力強くて……不安そうだった。
「じゃあ、また夜にね」
そう言ってソフィーは店を足早に出て行く。
「さ、ユキ。私達も仕込みしないとね」
「うん」
と、厨房のあるカウンターの方へ向かった。
「じゃあ、俺達も行きますか」
「おう」
オレ達三人もシャボン亭から、職業鑑定をしてくれる場所に向かった。
※
この街「プリート」は小さいながらも四つの区画で出来ているらしい、北区には貴族が住んでいて、南区は「シャボン亭」などの商業区、西は工業や魔術? だとか。
今向かっている仕事案内所兼鑑定所は、公共施設の多い東区だそうだ。
あと、外周には畑などもあったりすると鏡花が説明してくれた。
「えっと、たしかこっちのはず」
「いや、そっちは真逆だ。この大きな道を真っ直ぐ行かないといけない」
迷子癖のある鏡花を、地図を見ながら海斗が誘導している。海斗は昨日の事があってか、フードを被っていた。
「ほら、信吾も」
「お、おう」
街の中はまるで中世のようでいて、オレ達の知っているようなネオンサインもあり、見る物全てが真新しく不思議な物だった。
街行く人もそうだ。
剣や弓を携えた人に、狙撃銃のような長い物を背中に背負った女性、それにまるで本物のような獣耳をつけた人にライオンのようなリアルなマスク? をした人、それに顔の半分が機械の……え?
「な、なあ? 鏡花?」
「うん?」
「あ、あの人って?」
オレは恐る恐る指を向けると、その男性は何かを察知したかのようにこちらに視線を向けた。
その機械化した右半分の眼球を光らせながら。
「ヒッ!?」
その男性はこちらに一礼すると、その場を去って行った。
「あ、あの人はメカニクスの人だよ」
メ、メカニクス?
「うん。機械と一体化して生まれてきた人たちなんだって。それにあの人は」
と、象のマスクをして人を指し、
「彼は獣人で、あっちの雷を纏っているのが精霊人。あの耳の長い人はエルフで、背の小さい人がドワーフ」
次から次へと説明をしてくれるが、もうすでに頭の許容範囲を越していた。
「あ……」
それを見かねてか、鏡花は「また説明するね」 と、話を終わらせた。
「おい、ふたりとも。早く来いよ」
オレ達を待っていた海斗は、見かねて声をかける。
「あ、すまん」
「ほら、そこだってよ」
大きな街道の真ん中で道を分けるように大きな円形の建物がそこにあった。
「これだろ?」
海斗が鏡花に尋ねると「うん」 と、彼女は首を縦に振った。
「凄い人の数だな」
まだ建物の看板には『CLOSED』の文字があるというのに、パッと見で二十人以上の人が待っていた。
「お、来たぞ!」
玄関に人影が写ると同時に、周りにいた人達から異常な雰囲気を感じた。まるで殺気のような。
ガチャリ。
「お~! フェミリアちゃ~ん!」
中からスーツ姿の黒縁眼鏡をかけた耳の長い女性が姿を現した。それと同時に、周りの人々(男性) が、どこからか『フェミリアLOVE』 と書かれたうちわのような物を掲げる。
「こう毎日来られては迷惑です。速やかにお引き取りを」
そう短く話すと、看板を『OPEN』 に替えて、また建物の中に入って行った。
「いやー、今日も軽くあしらわれたね」
「けど、あのつっけんどんな感じが良いんだよなぁ」
そう言いながら、たくさんいた人々が去って行く。
「全く、これだから男達は」
周りにいた女性達は呆れていた、結局その場に残ったのは十人前後くらいだった。
半数が追っかけとは……
「ほら、行ってみよう」
海斗は次々と建物に入って行く人達について行くように、建物へと向かう。オレも鏡花と共に建物の中に入った。
室内は正面に数カ所のカウンターがあり、真ん中に机や椅子があって、壁際にはなにかのポスターが貼り出されていた。その貼り紙に先程入った人達が殺到していて、職員みたいな人がふたりで壁に何かを更に貼り付けていた。
「あの壁に貼ってあるのがお仕事募集の紙なんだよ」
鏡花がそう説明してくれる。
「そこの方、初めてですよね? こちらへどうぞ」
カウンターに座って手招きをしているのはさっきの女性だった、彼女はその大きな目でこちらをジッと見たままだったので、なんだか威圧されているかのように感じた。
「お座り下さい」
言われるままに座ると「ご一緒の方もどうぞ」 と促され、海斗達も隣に座った。
「この方達は、キョウカさんのお知合いですか?」
「え? 私、名乗ったことありましたか?」
「利用者の情報はすべて覚えていますので」
驚く鏡花の事など大して気にもしていない様子で答えた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
職業鑑定というのを聞いてと、そこまで聞いた段階で彼女はカウンターに置いてある小さな棚の中から二枚の紙を引き出した。
「ここに氏名をご記入下さい。それと……」
下線の引かれた空白の場所を指してそう説明すると、朱肉の入った小さな容器を取り出し、
「名前の跡の部分に捺印してください」
と、テキパキと作業をこなす。
オレと海斗はなんだか呆気にとられながらも、名前を書いて拇印を押した。
その二枚を受け取ると彼女は、その紙を扇ぐようにして数回振る、そうすると紙自体が淡く発光をして数秒でその光は収まった。
「えっと? シンゴ様にカイト様ですね」
と、先程の紙をこちらに見えるように置いた。
「あれ?」
さっきオレが名前を書いた所が日本語ではない、別の文字に変わっていた。
「それはトリズモ語です。あなた様のような転生者はトリズモ語を習わずとも読めるようですが、私のようなこちらで生まれた者からすると、そちらの言葉は勉強をしないと全く読めません。特にそちらの世界は複数の言語から成っているみたいですので、なにかと解読が困難なのでこうして魔力を使って変換しているのです」
これがオレの名前なのかとも思ったけど、英語のように統一性のある文字ではなく山あり谷ありのよく分からない物だった。それでも「シンゴ」 と、書かれている事だけは理解できた。
「カイト様は……あなたは魔王なんですね?」
長方形の紙の右上を隠すように置かれた指をフェミリアさんが放すと、紙に文字が浮き上がった。そこには『魔王』 と赤い文字で書かれていた。
それよりも気になったのがフェミリアさんの反応だ。それは今まで海斗が受けていた反応とは一切違うものだった。怖がるではなくて、ただ単にその事実を受け取っているだけに思える。
「ああ」
「そうですか」
本当にそっけない態度に思えたが、海斗はさして気にもしていない。
「さて、シンゴ様は……」
フェミリアさんが紙の上に置いた指を動かした……そこに文字が現れる。
「無職、ですね」
「……え?」




