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「これからどうする?」

「行ってらっしゃい」


 ゴードンさんに見送られ、オレ達はすっかりと暗くなり商店が閉まった大通りへと出る。日本とは違い、こっちの世界では24時間営業をしている店はあんまりないのかもしれない。けど、そんな中でも周囲に数軒の明かりがある建物が見えた。そのうちの一軒が宿屋の隣の建物で、中からはワイワイと活気に満ちた声が漏れている。

 看板には泡のような物が描かれており、それに取り囲まれるように『シャボン亭』 と店名が大きく書かれていた。店の入口には西部劇でよく見る柵のような扉があり、先頭を歩くソフィーさんの跡について店内に入った。


「いらっしゃい!」


 オレ達の入店に気づいたエプロン姿の女性が、腰ぐらいの高さのカウンター奥から元気に挨拶をする。


「女将さん、ゴードンさんから話は聞いてる?」


「ああ、なんでも夕食を頼むって? いいよ、好きな所に座ってよ」


 入り口近くに座っていた男性がソフィーさんを呼び止めて、


「ソフィーちゃんもキョウカちゃんも、今日もかわいいね。それにその短髪のお姉ちゃんも」


 顔が真っ赤になった白髪混じりの中年男性がこちらをなめ回す様に見てくる、いつも女性はこんな感覚なのか。


「こら、オッサン! ウチでセクハラはご法度だよ! 今度やったら、出入り禁止だからね!」


 女将さんと飛ばれた女性の怒号に、男性は身をすくめた。


「わ、分かってるよ。ここでメシが食えなくなるなんて御免だぜ。仕事の後にシャボン亭へ来るのが唯一の楽しみなんだからよ」


 ちげぇねぇ、と周りの客のがドッと笑いだす。


「ほら! あんたたち、こっちの席が空いてるぞ」


 と、他のお客さんが席に案内してくれる。

 ありがとうな、とソフィーがお礼を言いながら店内を進むと、


「お、おい! お前!?」


 海斗カイトを指さす男性の顔は引きつっていた。


「魔王だ……」


 さっきまでの喧騒が嘘かのように静まり返り、客の視線が刺すように痛い。


「魔王だと!? なんでそんなヤツが街にいるんだ!」


 客のひとりが立ち上がり、大きな声で怒鳴る。


「とっとと出ていけ!」


 その男性の声を遮るようにガン! と大きな金属音がして、オレはそちらへと目を向けた。


「うるさいよ、あんたたち!」


 料理をしていた手を止めて、女将さんがこちらを睨んでいた。


「ここは私の店だよ。そしてここに来るのは私の客だ。それがたとえ魔王でもね!」


 その大して大きくもない声は不思議と店内に響いた、立っていた男性は「すまねぇ……」 と、顔をそむけたままゆっくりと座った。


「その魔王さんが私達になにかしたってていうのかい? なにもしちゃいないだろ? それなのに魔王だってだけで毛嫌いして、あまつさえ追い出そうとするなんて、悲しいじゃないさ? たしかにこの街のみんなが魔王を怨むのは分かるよ、私だってそうさ。けど、それは彼がした事じゃないでしょ?」


 店内にいた全員が沈黙していた。


「ほら、こんな辛気臭い雰囲気はここじゃご法度だよ! ほら、ウチからビールのサービスだ! ここにいるみんなに一杯ずつサービスしてやるよ!」


 その言葉で静まりかえっていた店内は、ウォー! と色めき立ち、先程の喧騒が戻ってきた。


「ほら。あんた達もそんな所でぼさっと立ってないで早く座りなさいな」


 女将さんはおたまでオレ達を招く、席に着くと女将さんがカウンターから出て来て席の横に立った。


「さっきはごめんね?」


 彼女は海斗カイトにそう謝ったが、海斗カイトは「こちらこそ、ご迷惑をかけて申し訳ありません」 と、謝罪した。


「君は気にしなくていいんだよ、悪いのはアイツらなんだからさ。それで? 今日はなにがいいんだい?」


 そう言うと、彼女は壁に貼ってあるお品書きを指さす。

 肉じゃがにオムライス、チャーハンにカレーライスなどよく知っている料理から、スライムの分泌液ぶんぴえきスープや毒抜どくぬぐさの煮びたしなど、どんな食べ物なのかも見当がつかない物があった。

 ふと『スライム』 の文字に海斗カイトの方を見ると、


「う、うん……」


 俯いていた。

 女将さんはそれ見て察したのか、


「あ、ごめんね」


「いや、大丈夫です……」


 いや、大丈夫な声のトーンではない。海斗の魔王城にもスライムはいたから、気にかかるのだろう。


「そ、それでどうする?」


 ソフィーは「いつもの」 と、常連っぽさのにじむ注文の仕方をする。


「私はカレーライスで」


 鏡花キョウカも来なれてるのか対して迷いなく注文した。


「お嬢ちゃんはどうする?」


 こちらを見ている視線で自分の事だと分かり、壁一面に貼られたお品書きから見覚えのある物を見つけた。


「じゃあ、ラーメンで」


 その注文を聞いて女将さんが、


「お嬢ちゃんも、キョウカちゃんと同じく転生者なんだね?」


 と。


「なんで分かったんですか?」


「だって、そこに書いてあるの日本語だよ? トリズモ語じゃなくてね」


 女将は近くのおじさんをつかまえて、「あれ、読める?」 と聞くと、男性は首を横に振った。


「こういう訳だよ。ちなみに、アレを書いたのは私。私もアンタと同じ転生者って訳さ」


「おや、もしかして?」 と、海斗カイトの方を見る、彼はその意味に気づき頷いた。


「へぇ! 魔王の転生者なんて初めて見たよ。ああ、そうか! だから、最近は魔王がいるのにモンスター達が大人しいんだね。やるじゃないか!」


 海斗カイトは遠慮がちに否定したが、少しだけ自慢気だった。


「じゃあ、魔王さんはどうする?」


「彼らに関係ない食べ物なら……あと、パンをお願いします」


「そうだね……なら、コンソメスープとハンバーグのセットがいいかもね。よし、分かったよ。少しだけ待ってなよ」


 そういって女将さんは足早に厨房に戻る。それと入れ違いでオレらより年齢が少しだけ下のエプロン姿の少女が、水の入ったコップを4つお盆に載せてやってきた。


「どうぞ」


「ありがとね、ユキ」


 ソフィーさんの言葉に、ユキと呼ばれた少女は無言で小さく頷くとそそくさと他の所へと行ってしまう。


「さてと……」


 ソフィーさんは水に口をつけ、


「当分の寝床はなんとかなったし、明日は職業鑑定に行った方がいいかもね」


 彼女はこちらを見ながらそう言った。


「職業鑑定?」


「そ。カイトくんとキョウカはその装備や状況で、どういう職業かは分かっているけどね。シンゴちゃんがどういう職業なのかさっぱり分からないからね」


「職業ってそんなに重要なんですか?」


 まだ高校生のオレには、その実感があまり……いや、まったくない。


「元からこっちにいた人なら別にいいんだけど、転生者ってのは向こうでやっていた事がこっちでそのまま出来るかどうかっていうは、職業次第だからね」


「こっちにはこっちでの生き方があるのよ」 そう付けくわえる。


「仕事は選べても、もともとの職業が選べないのが『トリズモ』 での決まり。まあ、転職も出来るから、そんなに気にしなくてもいいんだけどね」


 いまいちよく分からないが「おいおい分かるわよ」 と、彼女は短く答えるだけだった。


「そんな訳だからさ。キョウカは明日、ふたりを案内してやってよ」


 鏡花キョウカは困った顔をした。


「ソフィー。私、そんな場所知らないよ?」


「知ってるよ。だって、キョウカが仕事を受けている所がそうだもん」


「え! あそこがそうだったの!」


「そうだよ。だからさ、あそこに案内してくれればいいよ」


「分かったよ。けど、ソフィーは?」


「ちょっと大事が用事があってね」


「なに?」 と、鏡花キョウカが尋ねようと話した所で女将とユキちゃんが料理を運んできてくれる。


「お待ちどうさま!」


 オレのラーメンに海斗カイトのハンバーグ定食、鏡花キョウカはカレーライスだ。ソフィーの前には緑色のスープと茶色いコロッケのような物が置かれた。


「ほら、食べよ!」


 ソフィーはそういうと「いただきます」 と、スプーンを手に取って料理に手をつけた。


「ほら、温かい内に食べないともったいないよ」


 そんな言葉にオレ達も食べ始めた。

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