3、大体の世界観
イメージとしてはゲド戦記みたいな世界観が好きです。
目を開けると石壁に囲まれた薄暗い場所にいた。どうやらどこかの路地裏らしい手足を確認。
着ているものはローブと言っていいのだろうか、トガのような長い布を帯ひもでとめだだけ。とても現代のものとは思われないが、手足は見慣れた私のものだ。どうやら天の声は適当なようでいて意外と律儀らしい。
ただ所持金もなく裸足なのは、ちょっと残念だ。
金持ちに転生することを期待していたわけではないけど、まさか無一文で路地裏に放置されるとは思わなかった。これでは全くホームレスじゃないか。
路地の先に人々の喧騒が聞こえた。まあ、街であるだけマシだ。これがどこかの山奥だったら生きていく気も失せるだろう。
私はとりあえず、この世界を確認するために、立ち上がった。
冷たい石畳の路地を抜け、喧騒の中に出た。
そして、天に向かって思いっきり悪態をついた。
「あのやろう、サイズ感を間違えたな!」
そこは何もかもが少し大きすぎた。いや、私が小さすぎるというべきなんだろう。周り行き交う大人たちは全員ゆうに2メートル以上あるし、馬も建物もなにもかも巨大。私の身長はこの世界の小学一年生と同じぐらいだろう。
とりあえず、あの天の声に文句を言ってやらないと気が済まない。私は路地裏にひきかえし、天に向かって呼びかけたが返事はない。
アフターフォローが全くなっていないではないか!
しばし呆然となったが、大丈夫、私にはスキルがある。問題はこの世界の世界観だ。
先ほど、ちらりと街の様子を伺ったが私の浅すぎる知識では、それが古代ローマなのか中世ヨーロッパなのか、はたまたなんちゃらクエストとか、なんとかファンタジーとかの世界なのかはわからない。
石造りの建物と、整備された石畳の馬車道。馬が走っていたが、自動車がないとは限らない。
さらなる観察のため、私は再び喧騒の中に飛び出した。サイズ感を間違えられたせいで、目立ってはいけないと布を頭から被り、顔を隠す。これでただの子供に見えるはずだ。
出たところは町の中心地らしい。深くわだちが刻まれた馬車道を挟んで並び立つ建物は、どれも2階建て以上で、一階は何かしらの店舗になっていた。
ヨーロッパ風で美しい町並みだが、何しろすべてが私にとって大きすぎる。
外国はすべてが大作りと聞くが、そういう問題じゃない。
何しろ、ドアノブが私の頭の高さにあるのだ。
私は顔を隠し、通りを歩いた。
馬車道をひとつの軸として、いくつかの小道が垂直に交差するらしい。
小道には色とりどりの幌を張った屋台が並び、石造りのどちらかと言えば荘厳な大通りとはまったく雰囲気が変わるが、それはそれで魅力的だった。
水路が整備され、所々に噴水が設置されているのが優雅だ。私は、その水路を辿って歩き、どうやら町の中心から外れて行ったらしい。
目の前に海が見えた。それが本当に海だったのか、それとも大きな川の河口だったのかわからないが、気づけば周りに人影はなく、私は突然に心細くなった。
引き返そうかと振り向いたとき、不気味な黒色に目の前を覆われた。黒マントの大人が三人、私を囲むようにして立っているのだ。
すっと真ん中にいた人物の手が伸びる。
下種な言葉一つ漏らさないあたり、まずい、こいつら、プロだ。
ただのチンピラとかそういうのじゃない。人さらいだ。私は直感した。
子供をさらって奴隷にする。迂闊だった。古代ローマも中世ヨーロッパも魔法と剣のファンタジーもおんなじだ。21世紀の日本以上に安全な場所はない。
私は黒マントの手を危うく避けると、海岸沿い、あるいは川ぞいに走った。
回復魔法もサイコメトリーも捕まって奴隷になってしまえば何の意味もない。
小さな体は迫ってくる手を避けるには好都合だったが、一歩が小さいので、逃げるには不利だ。あっという間に囲まれて真ん中の黒マントが私を抱きかかえた。
オワタ
マジクソ、責任とれあの天の声。ふざけんな
次にあったら覚えてろ。ってか次会うことってあるんだろうか。
もう転生とかはこりごりだけど、かといって畜生道に落ちるのも絶対ごめんだ。
ってことは私はこっちで徳を積むしかないんだけど、果たして奴隷にされて徳を積めるのか。ってか徳を積むってなによ。
徳が高そうな人としてパッと思いつくのはガンジー、マザーテレサ、ナイチンゲール。
共通して言えるのは私欲を滅して他人につくしたことだ。と、そう考えれば奴隷として主人につかえることは、まさに滅私奉公。それで徳が積めるのなら、奴隷も悪くないかもしれない。
なんて私が奴隷ライフについて前向きに考え始めた時、頭上で鈍い音がひびいた。黒マントに放り投げられ、振り返ると、見たことのない若い男が立っている。
銀に近いような金髪で、旅人のような格好。手には複雑な装飾が施された剣を構えているところを見ると、どうやらそれで黒マントを殴ったらしい。
殴られた黒マントの両脇にいた2人の黒マントが無言のまま若い男に襲いかかった。男は鞘に収まったままの剣で二人の黒マントをなぎ払った。フードが外れ、黒マントの頭があらわになる。
オークだ。どうやら私はオークの人さらい集団に襲われたらしい。
そしてここ地味に重要なとこだけど、どうやらここはやはりファンタジーの世界らしい。
最初に殴られた黒マントが懐から短剣を取り出し、フードを脱ぐ。驚いたことにそちらは人間だった。冷たい印象を抱かせる整った顔だち。その男が私の手をいきなり掴んだ。まずい、と思った瞬間カラカラと音を立てて、短剣が地面に転がる。いつの間に間合いを詰めたのかと金髪男を見ると、さっきと同じ位置で右手のひらをこちらに向けているだけだ。
黒マントの男が短剣を拾おうとするが、金髪男の手から出た水の塊が、短剣を弾き、短剣はそのまま海に落ちた。黒マントが小さくなにかを唱えた。
魔法だ。私はそうはっきりと認識し、次の瞬間気が遠くなった。
好き過ぎて思ったよりゲド戦記になりました。