1、私、高校2年生の平野紡! どこにでもいる平凡な女子高生だけど、死んだみたい!
いっけなーい、遅刻遅刻!
私、高校二年生の平野紡。今日から新学期が始まるっていうのに、早速学校に遅刻しそうで大変なの。
こんなとき、少女漫画とかだったら、口にパンをくわえて走ったりしてるのかな。
そして、曲がり角でイケメン転校生とゴッツンコしたりして、そこから生まれるラブロマンス! なーんてそんな展開、現実世界じゃあるわけないっか!
はあ、死にたい。←いや、落差(笑)
まじ、死にたいのはほんと。
先月、学校から帰ってたら突然現れた男に空き家に連れ込まれてレイプされた。
そして、その後まさかの妊娠発覚という悲劇。誰にも言い出せなくって、もうこの世界が現実じゃなく、夢だったらと、ただひたすら願い続ける毎日に疲れて、どうやら頭もおかしくなったらしい。
この世界は残酷だ。少女漫画みたいなふわふわした恋愛なんて、一握りの人間にしか与えられない。と思っていたら
転校生が来た。
「東京から来ました。今井楓です」
そう爽やかに挨拶するそいつの顔を見て、私は思わずガタリ立ち上がった。
「お、お前は、あの時の!」
指さされた今井は私の顔を見て、気づいたらしい。一気に顔が青ざめた。
「えっと、君は、まさか」
「そのまさかだよ! 先月お前にレイプされて、妊娠した者である! この責任どうとってくれるのよ!」
今井は照れたように顔を赤らめはにかんだ。
「ごめんごめん、責任とって籍は入れるよ。結婚しよう」
そうして私は高校2年のとき、結婚した。夫の第一印象は最悪だった。
はあ…死にたい。
英語の宿題やってない。
憂鬱だ。ついエッジの効いた少女漫画の妄想をしてしまうくらいに憂鬱だ。
べつにレイプされたわけでも妊娠したわけでもないが、憂鬱度と出来事の大きさはあまり関係ない。というか、授業中ずっと椅子に正座させられる苦痛は、それなりに大きい。おっさん英語教師の軽率な体罰のせいで足がひん曲がると思えば女子としてははらわたが煮えくりかえる。
谷原(←英語教師)の体罰はこの学校では有名だ。
宿題を忘れた全員に厄災は襲いかかるので、当然、それなりに備える人間もいる。小雪なんか座布団を敷いたりしていたが、それが気に障ったのか、谷原はその後3回の授業を全て正座で受けるよう小雪に言い渡した。
たくましい小雪がどちらにせよ正座させられるのだからと、その後3回の授業はまったく宿題をしてこなかったのはあっぱれだけど、この事件で示された体罰の意味のなさをまったく教訓としない谷原も谷原でたくましい。
小雪は座布団がダメなら今度はスネにシリコンを入れてくると言っていたが、流石にアホすぎる。
私はため息をつきながらスクールバスに乗った。
同じ制服を着た人たちの中に立つが知り合いはいない。
次のバス停で悠人が乗ってくる。
「ぉはよ」
寝癖のついた髪と擦り切れた学生ズボンがだらしない。
「優香ちゃんの風邪どうだった?」
私は聞く。
「インフルだって。一週間は休み。いいよなー」
悠人は羨ましそうに言った。風邪を引いた妹を羨ましがれるぐらい、世界は平和だ。
「ってわけでさー、紡、今日からしばらく泊めてくんね?」
悠人はこともなさげにそう言った。私は面食らう。
「はあ? いきなり女子に泊めてとか本気?」
「いいじゃねえか昔はよく泊まり行ってたろ?」
「いつの話だよ。今ウチら高校生だよ? あのころと違っていろいろあるでしょうが」
「いろいろってなんだよ」
悠人は私の顔を覗き込んだ。おそらく私の顔は赤くなっていたに違いない。
「幼馴染とはいえお前、デリカシーって言葉を知らんのか」
「いや、別にお前が思ってるみたいな変なことは考えてないよ俺は」
そう言われて私はいよいよ真っ赤になった。はあ? じゃあなんでだ。
「悠人、さっきインフルで休めたらいいなー、みたいなこと言ってたじゃん。なのになんでわざわざうち来るんだよ」
「いや、インフルはいいんだけど、お母さんがさ」
悠人は決まり悪そうに顔を歪めた。
「おばちゃん?」
悠人の母親とは最近会っていない。昔は私もよく悠人の家に遊びに行ってたから、お世話になった。おかし作りが上手で、家の中でもお化粧をして、いつも部屋を綺麗に保っているのが、絵に描いたような理想のハウスワイフって感じで憧れだったのだが、今思えば普通の人よりだいぶ神経質だったのかもしれない。
悠人の妹の優香ちゃんが一度腎臓の病気になったころから、その神経質はさらに度を増した。
悠人の話によれば、1日に3度お風呂に入ってるとか、食器を全て捨て食事は使い捨ての紙皿にしてるとか、洗濯にもミネラルウォーターを使ってるとか、ちょっと異常だ。
「明日から眷属とかいう人たちが来て、その…一週間ぐらい、儀式ってやつをやるらしいんだよね。妹に」
悠人は私の耳に囁くようにそう言った。なるほど、できれば人に聞かせたくない話だ。
悠人の母親は最近まともとは思えない宗教にハマって、以降その宗教の関係者が、たまに悠人の家に出入りするようになった。
確か魔王とかいう人が教祖で、眷属っていうのは魔族の下っ端みたいな意味だったと思う。つまり、そういう感じの、誰がどう見たってやばいヤツだ。
それが一週間も家にいて儀式をするってんだから逃げ出したくなる気持ちもわかる。
「そういうことなら、ちょっと考えとく。親にも聞いて見ないといけないし」
「ありがと。助かる。わかったら教えて」
悠人は安心したように顔を綻ばせた。私はこの顔に昔から弱い。
学校につくと私と同じ境遇の人が何人かいて少し救われた。
「一時間目から英語とかマジ終わってるわ」
というのは小雪だ。最近ちょっと髪を染めた。
校則違反だが、徐々に明るくしていけば先生は気づかないと自信満々にいうのだからやっぱりたくましい。
冬は肌が白くなっていくのでそれに合わせて徐々に髪を明るくしていくのだ。
「ほら、目の錯覚ってやつでさ、同じ灰色でも周りの色が明るい方が黒っぽく見える、あの原理だよ」
そう言われた時はなるほどと膝を打ち、自分もやろうかと一瞬は思ったが、結局私はそこまで大人をバカにして見れなかった。
「殺す、谷原、絶対殺す!」
一時間目が終わった後、小雪はだいぶ荒れた。この人なら本当にやるかもしれない、と私は思う。私はというと妄想の中で谷原を切り刻むのが精一杯だった。
地獄の一時間目をなんとか耐え抜いた私は緊張の糸がぷっつり切れた。
というわけで、一時間目以降の記憶はすごくぼんやりしている。特にかわったことはなかったのだろう。いつものように放課後を迎え、いつも通りに部活を終え、帰途に着いたことだけはなんとなくわかっているが、どこで死んだのかはまったくはっきりしない。
死んだその日のぼんやりした記憶を辿っただけでも、私はどこにでもある平凡な学校の平凡なクラスにいる、中でもとりわけ平凡な生徒だったことが伺える。
というわけでおそらく死んだ理由も平凡なものなはずで、大方転生トラックにでも轢かれたのだろう。
もっとすぐ転生すればよかった、と反省。