君が死ぬまで、待っている 3
「いつも思うんだけど……」
リディアが仁王立ちで詰め寄ると、男は目を細めた。
「なんであちこち移動するの? 毎回毎回、探すのにすごく苦労するんだけれど」
「あまり長くとどまっていられないんだ。何年経っても見た目が変わらない男がいたら、みんな気味悪がるだろ」
「そうかもしれないけど、こっちの身にもなってよ」
「ちゃんと手掛かりは残してあるだろ」
「でも、だよ。前に会ったのいつか覚えてる? 私がヘルガだった時だよ。この間にもう3回も死んじゃった」
それから、男とはじめて取り決めをした。
男が住む場所を六つ分決めて、順番を振り、十年ごとに移り住んでゆくのだ。
十年くらいなら、変わらない男の容姿もぎりぎり「いつまでたってもお若いままですね、うらやましい」くらいで済む。
一巡して元の場所に戻るまで六十年だから、以前住んでいた時の人はみんな死んでいる。
男のことを覚えている者はいない。
「なんで今まで思いつかなかったのかな?」
首をかしげて呟くと、男は肩をすくめた。
それから、ずいぶんと彼を見つけやすくなった。
十八歳までに死に、生まれ変わるヒルダと、老いることなく生き続ける彼。
時々、生まれた場所が遠すぎたり、貧しすぎたりして、会えずに死んでしまうことはあるが、今どこにいるのかがわかるから、焦りはなかった。
気が付けば、エリィとして彼と出会ってからもう二百年が経っていた。
「ちょうど、半分半分だね」
ヒルダが何の気なしに言うと、温かいコーヒーをカップに入れた彼は眉間にしわを寄せた。
「なにがだ?」
「私たちが別々に一人で生きていたのが二百年。二人で過ごすようになって、二百年。ほら、半分でしょう」
「どうかな」
彼は皮肉気にふん、鼻で笑い、カップを持ったままソファーに座り込む。
「思い出すねえ、あの時の事。あなたの噂を聞くまで、私は自分だけが変なんだって思い込んでいたよ。最初に生まれてから、私だけが二百年も夭折と誕生を繰り返してきたんだから」
「それは今でも変わらないだろう。おまえはすぐに死ぬ」
「まあ、そうなんだけど」
けれども、両親にすら本当の自分を言えなかったあの頃は、生きるのが辛かった。
何をしても、どうせ死ぬんだと思っていたし、生きる意欲すら沸かなかった。
二百年が経って、はじめて彼のことを知ったのだ。
「エリィが貴族でよかったよ。二百年前の王子の肖像画にそっくりで、しかも三十年見た目が変わっていない男がいる、だなんて噂、庶民だったら聞けなかったし」
「そうかもな」
「前から思っていたんだけど……なんであの時はずっとあそこにとどまっていたの? それまではずっと、十年くらいで移動してたんでしょ?」
ヒルダは暖炉の前で手をさすりながら、彼を見た。
彼は、コーヒーを飲みながら、目を伏せて答える。
「さあ、なんでだったかな。全部がどうでもよくなっていたのかもしれない」
「……またすぐ、会いに行くよ」
眉間にしわを寄せて、カトリーヌの手を掴む彼に、弱々しく微笑む。幾日も続いた高熱はベッドから起き上がる体力を奪い、声を出すことも億劫だった。
今回は十六まで生きた。長い方だと思う。それでも、決して死からは逃れられない。
もう何度も経験した、その瞬間。身体中から力が抜けて、抗うことも出来ずに意識は消えてゆく。
「すぐって、いつなんだ……」
ただ、耳だけは彼の呻きを聞き取っていた。
そしてカトリーヌは、死んだ。
塔の窓から外を見つめる。死後の世界はいつも変わらない。
死者たちは無となり、消えてゆく。
見渡す一面の青空。動かない雲。
時折落ちる葉っぱだけが、日々の手がかりだ。
うつむいて、次の生を待つ。
はやく、はやく、生まれたい。
会いたい。会いたい。
これから己を生む母ではなく、育む父でもなく。
この光景を一度も見たことがない彼に、ただ――
「どこに行ってしまったの……」
マリアナは涙を流して雨の町に座り込んだ。半分パニックになりながら、胸元を押さえる。
彼はどこにもいなかった。どれだけ聞き込みをしても、首を横に振られる。
見つけられなかったのは、これで三回目だ。今回も彼はいなかった。
時期は間違っていない。場所も、ここのはずだ。
それでも……いない。
「どこに行ったの……」
涙がぼろぼろあふれ出て来る。心臓がきりきりと痛い。
マリアナが体調を崩すたびに背中をさすってくれる人は、もうどこにもいなかった。