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君が死ぬまで、待っている 2

 ユリアは死後の世界というものをよく知っている。


 そこは、不思議なところだ。

 どれだけ遠くを見つめても、終わりの見えない真っ青の空。幾ら見下ろしても、見当たらない大地。

 地面に当たるのは、隙間なくふわりと漂う雲海。そこを突き刺すように、青い空へ向かって、終わりの見えない、途方もなく長い塔がその身を伸ばしている。


 塔、とはもののたとえだ。それは、石を並べて作ったような人工的なものではない。

 少なくとも外郭は生きている間は決して見ることのないほどに立派な、天へと延びる大樹である。

 壁はうねってでこぼこし、時折大量に落ちる枯葉を樹洞のような窓から見ることがあった。


 あまりにも大きいためにその全貌を伺い知ることは出来ないが、ユリアは最上に近いと思われる階層まで登るのが好きだった。

 何をするでもなく、ただ窓からぼーと、外を眺める。そうしてしばらく過ごしていると、大樹の葉がいっせいに落ちる瞬間がくる。

 どうやら大樹は一日の始まりと共に葉をつけ始め、みずみずしく生い茂ると、一日の終わりには枯葉となって落ちるようだった。あそこでの時間は、この葉の姿によって判断するらしい。


 広い空と、いくつもの巨大な樹の塔。

 その景色が変わることは、決してない。

 雲はまるで動くことを知らず、太陽は中天に坐したまま光り続ける。風も吹かない。

 暑くもなく、寒くもなく。

 常に同じ空気をまとい、時のみをただ刻む。


 そんな不思議なところで過ごす人々は、既に死んでいる。ゆえに、お腹はすかないし、眠くもならない。皆ありとあらゆる欲望を、ここでそぎ落としていくのだ。


 最初は泣いていた人たちも、三日ほどたてば誰もが無に近づく。

 死んだときの姿のまま、ただ粛々と次の生を待つだけの存在に成り下がる。


 だから、髪の色、瞳の色、肌の色、文化、言語……すべてそれぞれに異なる人々が一堂に会しても、敵対することも、親しくすることもない。

 そして完全に無になったときに、人はようやく次へと向かうのだと思う。


「――では、なぜ君はこうして生まれてくるんだ?」


 それを話すと、男はいつもこう尋ねた。


 誰もが意思を失っていく中、自我を保ち続けたまま。普通の人間が忘れる、前の自分の記憶を、失うことなくすべて持ったまま。

 ユリアは生まれてくる。何度もなんども、生まれては死んで、また生まれては死んで。

 その間記憶が途切れることは決してなく、前の人生もそのまた前の人生も、ずっと覚えている。


 その代わり、ユリアの生は儚い。いつも十歳前後で亡くなる。死因は様々だが、一番長生きしたのが十八歳の手前。一歳になる前に死んだこともある。その理由は、本人すら分かっていない。


「さあね。あなたも一回死んでみたら何か分かるかもよ?」

「無茶を言うな」


 男は苦笑した。相変わらずの白髪頭を風になびかせ、うつむくようにしてユリアを見つめる。

 彼の背が高いというのもあるが、今のユリアは男の身長の半分しかない。野原の上に座っても、その差は大きく、いい加減見上げる首が痛くなろうという頃だ。


「参考になるかはわからないけど、私が転生する時はいつも突然よ。外でも見ながらぼーっとしていたら、急にものすこい眠気に襲われるの。そうしたら、もう母親のお腹の中。最も、二、三歳までの記憶は曖昧だけどね」

「その、記憶がないというのも興味深い。人間の頭が成熟するまで、記憶をつかさどる部分はうまく働いていないのだろうか」

「そうかもね」


 適当に返事をして肩をすくめる。


 生まれ変わるたび、姿も声も名前も変わるユリアに対して、男はいつ会っても何も変わらない。

 二十代中頃の見た目のまま、老いることも死ぬこともなく、生き続ける。彼がある国の王子様として生まれたのはもう三百年近くも前のことだ。


 二人はまるきり正反対だ。ユリアは前世の記憶を持つけれど短命で、男は不老不死。ただ、この数奇な運命を共にする同士であった。

 エリィとして出会ってから、ユリアは生まれ変わる度にどうにか男を探しだし、共に過ごしている。男はあちこちを移動するので、見つけられずに先に寿命が来ることもあったが、今回は運がよっかった。前世は病に倒れ、それどころではなかったのだ。


「何にせよ、私ったらまだ十歳なのよ。うまくいけばあと八年くらいは一緒にいられるかもね」

「どうかな」


 男は空を見上げて、そのまぶしさに目を細めた。


「君は、いつも突然死んでしまうから」






 ――その通りだった。


 テアは己の小さな掌を見つめた。今年でようやく四歳になった。

 前の自分、ユリアは結局十二歳まで生きて、死んだ。比較的、早いほうだ。


「オスカーを、見つけないと……」


 つぶやくと、母親が笑ってテアの髪をなでた。


「なぁに? 誰のこと?」

「王子様だよ。隠れるのが好きなの」

「そう。なら、早く見つけないとね?」


 母親は、幼い娘の空想と信じ切っているようだった。からからと笑ってテアを抱きしめる。

 テアの家は、貧乏ではないが、取り立てて裕福なわけでもない。

 以前住んでいた町まで、使いを出して男の居所を突き止めることは難しいだろう。

 まだ身体もしっかりしていないこの時期に、自分から動くわけにはいかない。

 何しろ、テアは死にやすい。病気か事故か、きっかけはいつでも転がっている。


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