03 悪魔王。今すぐ返せ、ポイントを
「さてと。では、早速……」
アロガンは緩みきった顔をして、二人の女性へ熱い視線を向ける。
「ひいいっ!」
引きつった顔で後ずさるレリアと、やれるものならやってみろと言わんばかりに腕を組んで立つエルヴィーヌ。
「魅了!!」
アロガンの瞳が桃色の怪しい光を放ち、二人の瞳を真っ向から捕らえたのだった。
「私に何かしたら、これからずっとエロガンと呼びますよ! それとも、アホガンの方がいいですか!? って……あれ? 何ともない?」
「そのようじゃな……」
不思議そうに顔を見合わせる女性たち。その光景を目にしたアロガンは。
「どういうことだ! なんで効かないんだ!? この能力もハズレなのか!?」
絶望に打ちひしがれた顔で天を仰ぐ。
「おい、悪魔王! 俺様の1000ポイントを今すぐ返せ! 頼む!!」
そんな彼の下へ、満面の笑みを浮かべたレリアが歩み寄ってゆく。
「邪念に溺れた結果ですねぇ……あ〜勿体ない。頑張って3000ポイント溜めれば、魂砕魔剣が手に入ったのに……残念でしたねぇ〜……」
「ぐぬぬぬ……」
悔しさに歯噛みするアロガンが、恨めしそうにレリアを見下ろしていると。
「全くもって興ざめじゃな。では、妾の話を先へ進めるとしようか……」
落胆の息と共にうな垂れるアロガンへ、呆れたような視線を送るエルヴィーヌ。
「御主たちが魔界から来たというのは理解した。だが、それ程の力を持ちながら、なぜ妾の力を借りたいなどと申す?」
聞いているのか、いないのか、顔を上げようともしないアロガン。そんな彼に、大きな溜め息を漏らしたレリア。
「アロガン様。後で私自ら、生足で足蹴にして差し上げますから。元気出して!」
「そんなことで元気が出るか! 俺様を足蹴など言語道断! 鉄拳制裁してやる」
怒れるアロガンが、彼女の細い腕を掴んだ時だった。
「ひゃうぅっ!!」
大きな身震いと共に天を仰いだレリア。すると彼女の首へ、ピンク色のチョーカーが唐突に出現したのだった。
「なんなんですか、コレ!?」
アロガンの腕を振り払い、両手で掴んだそれを何度も引っ張っている。
「外れない……まさか、まさか……」
彼女は銀のブレスレットを覗き込み、即座に厚い書物を取り出した。
勢いよくページをめくる彼女を目にして、二人も興味深げな眼差しを向ける。
「どうしたレリア? まさかのまさか!」
アロガンは喜々とした顔で成り行きを見守っている。対照的に、絶望に打ちひしがれた顔で床へ座り込むレリア。
「なんてことしてくれたんですか! あ〜ん! 私の人生、お先真っ暗だぁ!」
するとアロガンはその書物を拾い上げ。
「なになに……魅了の力を有効にするには、対象者との親密度が必要と……信頼を築いた相手に触れることで、隷属の首輪を具現させる。これを填められた者は、主に絶対服従となる、か……」
書物から顔を上げたアロガンの視線が、座り込むレリアへ向けられた。
漆黒のドレスから覗く、程良く主張された胸の谷間。そこから緩やかな曲線を描く引き締まった腰付き。そして、スカートから覗く健康的な太もも。
「続きがあるな……隷属者との性行為は、相手の全感覚を鋭敏にし、快楽の虜にする。主は行為の度、見返りとして、生命力増強と魔力快復促進の恩恵を受ける」
書物を閉じ、レリアの膝へ投げ渡す。
「ということらしいぞ? 良いことずくめじゃないか。だっはっ!」
「ちっとも良くありません! 今すぐ、この力を解除してください!!」
書物が煙となって消え失せると同時に、頬を膨らませたレリアが立ち上がった。
「解除と言われてもなぁ……俺様も、そんな方法は知らないぞ。観念しろ。記念すべき、奴隷一号だ。光栄に思え!」
「この鬼畜めっ!!」
「ぬおっ!」
顔面を狙った鋭い上段蹴り。
一撃必殺の威力が込められたそれを、上体を反らすことで辛うじて避ける。
息をのむアロガンの頬が裂け、溢れ出した血が首筋を伝い落ちた。だが、次の瞬間には即座に平静さを取り戻し。
「パンツが見えることも厭わず、俺様を手に掛けようとは大した根性だ。それともパンツを見せたかったのか? まぁ、何にしても、俺様を始末できるか? できないだろ? だったら、今すぐ詫びろ」
「うぅぅ〜……」
瞳に涙すら浮かべ、真っ赤な顔で自分の中の何かと必死に戦うレリア。
「おら、おら。どうしたぁ?」
さすが堕天使と言わんばかりの醜悪に満ちた笑み。それを彼女へ向けながら、少しずつ距離を詰めてゆく。
「戯れも大概にせい!」
その背へ、エルヴィーヌの鋭い声が。
「なんとも悪趣味な男じゃ。妾の力が完全ならば、即刻、この場で始末してやりたいところじゃ……忌々しい!」
「ん? ちょっと待て! 力が完全ならって、どういう意味だ?」
焦りを浮かべるアロガン。
「父と母が捕らえられた際、賢聖と名乗る魔導師が攻めてきたのじゃ。どうやら、其奴に呪いをかけられたようでな……」
漆黒のドレス。編み上げにされた胸元を僅かに降ろすと、豊かな左乳房の上へ、真っ赤な逆五芒星が刻まれていた。
それを興味深げに覗き込むレリア。
「これは……魔力減退の呪いですね……エルヴィーヌ様の力を奪い、弱った所を狙うつもりですね……」
「御主、調べてくれるのは有り難いが、妾の乳房を揉むでない。不埒者め!」
「失礼しました。あまりにも見事だったのでつい……テヘ!」
舌を出したレリアが慌てて引き下がった途端に。
「ふざけるな! 呪いだと? 賢聖だと? 俺様の奴隷に手を出すとは良い度胸だ。見つけ出して八つ裂きだ!! たっぷりと思い知らせてやるからな……」
「妾は奴隷になったつもりなどない!」
エルヴィ−ヌの言葉など耳に入らないほど、怒りを露わにするアロガン。
「相手は賢聖ですか……なかなか面倒なことになりましたよ」
「おまえ、知ってるのか?」
血走った瞳をレリアへ向ける。
「聖者と呼ばれている一人ですね……転生者の中でも最高レベルに位置します」
「ほう。暴虐ポイントも貯まりそうだな」
「そうですね……探し出すのは困難かもしれませんが、この上なく惨たらしい最後を迎えさせれば、転生者たちへ良い見せしめになるかもしれませんね」
顔を見合わせて、陰惨な笑み浮かべる二人。そして、そんな彼等を引きつった笑みで見つめるエルヴィーヌ。
「だが、最優先は魔王と后の救出。近くに、ゴミどもが留まっているんだよな?」
「ほい。海を渡ってきた冒険者たちは、テントを持ち寄って集落のような集まりを形成しているようですね。お二人は、まだそこにいるかと……」
「よし!」
「待ってくれ!」
アロガンが出入口へ視線を向けた時。
「妾も共に連れて行け! 両親を自分の手で救いたいのじゃ!!」
拳を強く握った彼女を見て、アロガンの口元がわずかに釣り上がる。
「奴隷が主人に付き従うのは当然だ。グズグズするな。すぐに支度しろ」
「だから、奴隷ではないと言っておろうが! 妾にそんな首輪はない!」
そう言って、レリアを指差す。
「なんだか傷付きますね……」
肩を落とす、涙目の少女。
「だっはっ! ひがむな、ひがむな。親密度が必要なんだろう? 安心しろ。超絶スピードで惚れさせてやる!」
「御主、人の話を聞かぬ奴じゃな……」
呆れるエルヴィーヌを無視して、アロガンはレリアへ視線を移した。
「さてと。エルヴィーヌが支度をする間、おまえは俺様の相手をしろ」
「はい?」
「はい? じゃないだろ。俺様の左腕を破壊したのはどいつだ? 性行為には、生命力増強と魔力快復促進の恩恵があるんだろ? 再生も早まるだろうが」
「ひいっ!」
後ずさるレリアをアロガンが見つめた途端、彼女の体は糸の切れた人形のように、へたり込んでしまったのだった。
「空いている部屋を借りるぞ」
そんな彼女を肩へ担ぎ上げ、誇らしげに悠々と歩き出すアロガン。
「エルヴィーヌ様。助けてぇ……」
弱々しい声が広間を流れ過ぎてゆく。