02 性奴隷。それは誤解と怒られて
「性奴隷とは珍妙な供を連れているようじゃが、その御主が何の用じゃ?」
「そうそう。ここからが大事な……」
「ちょっと待ってください!!」
向かい合うアロガンとエルヴィーヌ。その間へ割り込んだのはレリアだ。
「なんだ? ジャマするな……」
「ジャマとは何ですか!? 私が性奴隷なんて嘘をでっち上げないでください!」
「場を和ませるための冗談だろうが」
「もっと健全な話題にしてください!」
険しい視線を向け続けるレリアを眺め、アロガンは困ったように頬を掻いた。
「分かった。新しい肩書きを考えておく」
残された右腕で彼女の肩を押さえ、その小柄な体を脇へ押し退けた。
「エルヴィーヌと会うために、ここへ来たんだ。つまらない議論は後にしろ」
「それはそうですけど、なんだか腑に落ちません。暴虐ポイント、マイナスで」
「待て! それだけは許してくれ!」
アロガンが、すがるような情けない視線をレリアへ向けると。
「御主たちの戯れる姿を見せられるために、ここにいるわけではないのだぞ。用がないのなら即刻、立ち去るがよい!」
「ちょっと待った!」
痺れを切らせたエルヴィーヌへ向かい、アロガンが慌てて声を上げた。
「言ったはずだ。俺様たちは、転生者どもを根絶やしにするために地上へ来た。そこでだ、姫。君の手を借りたい」
「はぁ? 今、何と申した!?」
「手を借りたいと言ったんだ。あいつらのせいで迷惑を被っているんだろ? 次々と湧いてくる転生者に各地の魔獣は駆逐され、生態系のバランスも崩れた。魔界へ流れてくる瘴気も不足して、悪魔たちの弱体化が始まっているんだ」
話しながら、彼女の様子を伺う。
「それに、魔王と后も捕らえられたと聞く。この城を守るのは娘である君だけ。ここが墜ちるのも時間の問題、だろ?」
「確かにな……同胞たちは次々と命を落とし、先程も四天王と参謀の命を奪われた。妾は独りぼっちじゃ……」
心細さから、伏し目がちの姿勢で溜め息をつくエルヴィーヌ。その姿が妙に艶めかしく映ったのか、アロガンは興味津々といった様子で彼女を眺めた。
胸元まで伸びる艶やかな紺色の髪と、透き通るような白い肌。小さな顔に収まるのは、憂いを帯びた切れ長の目と、すらりとした高い鼻。そして、花の蕾を思わせるような桜色の唇。
身に纏うのは、レリアと同じような漆黒のドレスだ。上着の胸元は編み上げにされ、豊かな胸元が程良い加減で晒されている。そして、肩から腕まではシースルーという大胆なデザイン。太ももが覗く大きなスリットの入った足下には、黒のロングブーツが見え隠れしていた。
醸し出される妖艶な色気にあてられたアロガンは、熱い視線を送り続けている。
すると、それに気付いたレリアが、彼の袖口をそっと引っ張った。
「見過ぎです。話を進めてください……」
「おう。で、エルヴィーヌ。君は、転生者について、どこまで知っている?」
「地球という星で暮らしていた人間の、生まれ変わりという程度じゃ」
すっかり、しおらしくなってしまった姫。不安な様子を隠せないまま、つぶやくように言葉を発していた。
「まぁ、そうだよな。悪魔王の話によると、地球で死んだ人間をこの世界に召喚している女神がいるらしい。そして、“レベル”や“スキル”なんていう異能を付けて、野に放っているんだ」
「なんのためにそんなことを!?」
「暇つぶし……」
「はぁ!?」
彼女は間抜けな声を漏らした。
「その女神とやらの戯れのために、妾たちは戦いを強要されておるのか!?」
「そうなるな。その暇つぶしが、この世界で暮らす冒険者たちの需要まで奪っている。崩れてしまった世界の均衡を是正するために、悪魔王は俺様を地上へ送ったんだ。転生者殺しの能力を付けてな」
「転生者殺し、じゃと?」
不思議そうな顔で首を傾げる。
「あのゴミどもは、自らの強さを数字に置き換えるという概念があってだな、レベルという数値が上がると、肉体が強化されるふざけた体の構造をしているんだ」
「れべる、とな……」
「俺様に言わせれば意味不明だがな。足の速さが2というヤツがいたとして、それが4へ上昇したら、そいつの足の速さは二倍にならなければおかしいだろ? だが、実際はそんなことはない。あいつらの数値は何のためにあるんだ?」
顎に手を置くアロガンを伺い、レリアは気まずそうに口を開いた。
「アロガン様。マニアックな考察は後にしてください。エルヴィーヌ様が、お話に付いてこられなくなっています」
ぽかんとしている彼女に気付いたアロガンは、苦笑いをしながら頭を掻いた。
「すまない。とにかく俺様は、あのゴミ共が持つレベルという概念を無視して戦うことができる、特殊な体なんだ」
すると、それを聞いたエルヴィーヌは不思議そうな表情をして。
「ならば、転生者を放っている女神とやらを直接、攻撃すれば良いではないか」
「それが出来れば苦労しないんだが……女神がどこにいるのかが分からない上に、悪魔王も暇を持て余している一人でな。俺様を使って遊んでいやがるのさ」
「遊んでいる、じゃと?」
「あぁ。この体へ俺様の魂を封じる際、強大な力に肉体が耐えきれなかったんだ」
「そこまで話すんですか? 随分と……」
そう言って、彼女の顔を伺うレリア。
「溢れた力は、三つの光のカケラへ姿を変えて、この世界に飛び散ってしまったんです。アロガン様が元の力を取り戻すには、一つずつを取り込んで、徐々に体へ馴染ませるしかないんです」
「で、俺様が足掻く様を見て、地の底から楽しんでいやがるんだ……殺した転生者の数や殺し方に応じて、暴虐ポイントなんてものまで付けてな」
「暴虐ポイント?」
滑稽な物を見るように、エルヴィーヌの瞳へ爛々とした光が蘇ってきた。
「あぁ。それと引き替えに、新たな武器や能力が貰える仕組みなんだ。転生者どもの世界にある、RPGというシステムをマネしたものらしい」
「何やら珍妙な仕掛けじゃな。今ここで、妾に見せてくれまいか!? 早く!」
余りの食いつきに、アロガンも引き下がることが出来なくなっているようだ。困ったように笑いながら、隣のレリアへ視線を巡らせたのだった。
「仕方ない。今、どのくらい溜まった?」
「待ってくださいね……」
レリアは右腕を上げ、手首に填められたブレスレットを覗き込んだ。
「先程の戦いで、1284ポイントになりました。『肉体再生』の能力取得に1500ポイント使用したのが最後ですが、今回はどうします? 1回100ポイントのランダムカードに挑戦しますか?」
「あれは無い。力が少し上がるとか、顔がすっきり見えるようになるとか、効果の怪しいものばかりでポイントのムダだ」
「では、この中から選ぶんですね?」
レリアの言葉に応えるように、腕輪から辞書サイズの厚い書物が飛び出した。
だが、アロガンはそれに目もくれず。
「見なくても大丈夫だ。次に頼むものは、既に決めていた……」
遠くを見るような確信に満ちた目。その光景に、なぜか寒気を覚えたレリア。
「では、仰ってください」
「1000ポイントをつぎ込んでやる。俺様に『魅了』の能力を授けろ!」
天に向かって高々と叫ぶアロガンを見て、自らの両腕をさすっていたレリアは思わず動きを止めていた。
「魅了とは、どんな力なのじゃ!?」
興味津々のエルヴィーヌだが。
「対象となる異性の心を奪い、骨抜きにしてしまう魔法です……でも、こんな能力を獲得したということは、まさか……」
レリアの腕輪に刻まれた暴虐ポイントが284になると同時に、アロガンの体を桃色の光が包んでいた。
「だっはっはっ! 感謝します!!」
歓喜の声を上げるアロガン。そして、恐怖と落胆を浮かべるレリアが。
「ディートヘルム様……まさか本当に、魅了の力を与えてしまうなんて……」
面白ければ何でもありという、悪魔王の口癖が彼女の頭を過ぎった。
そして、鬼畜のような笑みを浮かべたアロガンが、レリアとエルヴィーヌを舐めるように眺め回していた。
「喜べ。おまえたちを正式な性奴隷、一号、二号として仕えさせてやる。そしてここから、俺様の暴虐道が始まるのだ!」
『いやあぁぁぁぁ!!』
アロガンの高笑いを掻き消すほどの、女性たちの悲痛な叫びが広間へ響いた。