01 大降臨。全てのゴミを根絶やしに
「レリア。あいつらの情報をよこせ!」
突如、大広間の扉が粉々に砕け、室内へ駆け込んできた一組の男女。
男は見たところ二十代半ば。青く染まった瞳に鋭い目付き。肩まで伸びる銀の髪が印象的だが、身に纏うのはそれらを覆い隠すような漆黒の長衣。
「ほいほ〜い! 解析しちゃいます!」
それに続いた女性も、身に纏うのはやはり漆黒。胸元から膝上までを隠しただけの露出の高いドレス姿。黒の手袋と黒のショートブーツという出で立ちだ。
男よりはやや若く、二十歳かそこらといったあどけなさを残している。胸元まで伸びる赤茶色の髪と、男と対を成すような真っ赤な瞳が印象的だ。
「どれどれ……丸裸にしちゃいますよ〜」
レリアと呼ばれた彼女は主の呼びかけに応じ、即座に瞳へ魔力を収束させた。
真っ赤な瞳へ黄金の光が宿り、そこで戦っていた者たちの姿を順に追ってゆく。
「アロガン様、解析完了です! 手前の五人は転生者ですね。奥にいらっしゃるのが、エルヴィーヌ様ですよ!」
「で、転生者のレベルは?」
並び駆けながら、男は催促するように言葉を続けた。
「前衛の剣士たちは、70、65、68。後衛の司祭が66。魔導師が75です。名前も必要ですかね?」
その報告に、男はおもむろに足を止めた。その顔に浮かぶのは落胆。
左手を腰へ。右手で目元を覆い隠す。
「なんてこった……」
目元を覆った指の隙間から、男の青い瞳が覗く。凍えるような冷たさを持ったその視線が一同を見回した。
戦士三人の背後に控えた、司祭と魔導師の女性。彼女たちだけが奇異の視線を向けたのだが、それも一瞬のこと。それもそのはず。一同は今まさに、世界の命運を賭けた戦いの真っ最中なのだから。
「アロガン様? どうしたんですか?」
突然に足を止めてしまった男を伺い、その横顔を覗き込む少女。
男は、途端に興味を無くしたように。
「まいった。ゴミか……」
そんな本音を耳にして、レリアは困ったように口をへの字に曲げた。
「確かにゴミかもしれませけど、頑張ってくださいよ! ディートヘルム様もご覧になっていらっしゃるんですから!」
その一言で、アロガンの背筋が正されたのを見逃す彼女ではなかった。小悪魔のように微笑んだその顔に、彼は全く気付く様子もなく。
「しっかし、あんなゴミどもじゃ、暴虐ポイントも溜まらないだろ……」
アロガンは尚も不満を口にしながら、眼前のターゲットへ狙いを定めた。
「悪魔王によく伝えておけ。俺様の超絶攻撃が、どれほど凄いかってことをな!」
地を蹴り、一気に間合いを詰める。だが、その動きを警戒した存在があった。
それは、五人の転生者たちと戦う長身で細身の人影。圧倒的な魔力と威圧感を放ちながら、優美な曲線を持つシルエットは女性特有のもの。彼女こそ、この世界に君臨する魔王の娘、エルヴィーヌ。
雪のように白い肌を持つ絶世の美女は、三人の剣戟を退けて尚、全身に目があるかのごとく広間全体を警戒していた。
その左手がアロガンへ向けられた直後、盾でも構えたかのように、指先へ黄金色に輝く魔法陣が展開されていた。
これは魔法が顕現される予備動作。それを察したアロガンは、駆け続けながら右拳をきつく握って身構えた。
「魔炎創造!」
魔法陣の中央から、一抱えもある巨大な火球が顕現。アロガンを狙って一直線に空を裂く。
五人の転生者は魔法を避けるため、既にその場を飛び退いていた。
地獄の業火を固めたような巨大火球は、広間に伸びた深紅の絨毯を焦がし、アロガンの眼前へと迫った。
その瞬間、レリア以外の誰もが、彼の死を確信していたに違いない。
「超絶カウンター!!」
だが、彼の能力はその想像を超えた。
魔力を含み、紫の光に包み込まれた右拳。それを豪快に振るい、迫った巨大火球を殴り返したのだ。
「はぁ!?」
信じられない光景に驚き、目を見開いたエルヴィーヌ。そして、打ち返された火球は転生者の一人、司祭の女性を直撃したのだった。
「あぁぁぁぁっ!!」
壮絶な悲鳴を上げた女性の体は、光の粒子となって溶けるように霧散した。
「クリスティン!?」
先頭に立ち、果敢に魔王へ斬りかかっていた青年が、悲痛な面持ちで叫ぶ。
その顔を見たアロガンとレリアは、揃って楽しげに頬を緩ませたのだった。
「だっはっ! 見たか、俺様の妙技!」
「今のはナイスでしたよぉ! 暴虐ポイント66、頂きましたぁ〜! あれ? ディートヘルム様から、加算のご褒美もあるみたいですよ! どんどん行っちゃってください!!」
「貴様ら……よくも!!」
当初の目的すら忘れ、怒りに顔を歪めた青年がアロガン目掛けて突進。構えた剣先は、狙い違わず心臓を向いていた。
「遅い。動きが止まって見える」
刃を左手で掴んだアロガン。残った右手で、即座に青年の喉を突いていた。
直後、頭と胴が分断。青年は声を上げる間もなく、光の粒子となって消滅した。
「やっちまった……やはりゴミが相手だと、力の加減が難しいな……」
大事な玩具を壊してしまった子供のように、しょんぼりと肩を落として溜め息をつくアロガン。
『うおぉぉぉ!!』
そんな彼を目掛けて、雄叫びを上げた二人の戦士が即座に斬り込んでいた。
アロガンはぼんやりとした視線を向け、二人へ向かって手をかざした。指先に顕現したのは、先程エルヴィーヌが使用したものと同一の、黄金色をした魔法陣。
「超絶滅却!」
そこに現れたのは、黄金色の球体。それが二人に触れた途端、凄まじい爆発が彼等を消滅させたのだった。
「きゃあぁっ!」
転生者である女性魔導師は、爆風に煽られて軽々と宙を舞った。
細身の体が城壁へ叩き付けられ、声にならない呻きがその唇から漏れる。
「くうっ……」
さすがのエルヴィーヌもこれには耐えきれず、腕で顔を隠した姿勢のまま、数メートルの距離を後退させられていた。
アロガンとレリアだけが涼しい顔で、何事も無かったように平然と。
「レリア。あいつら何か喋ったぞ。ゴミだと思っていたが、どうやら虫ケラだったみたいだな……」
「そのようですね。それとも、この世界のゴミは言語を操るんですかね?」
「おまえ、バカだろ?」
「冗談に決まってるじゃありませんか! せっかく、アロガン様に乗ってあげたのに。もう、やだ〜!」
レリアがアロガンの左腕を叩いた直後、彼の腕は光の粒子となって消滅。中身を失った黒衣がだらしなく垂れ下がった。
「おい、気を付けろ! いくら再生するからって、何時間かかると思うんだ!」
「ほい。すみません!」
敬礼しながら腰を軽く折るレリア。胸の谷間を見せ付けるような仕草に、思わず喉を鳴らすアロガンだった。
「おまえ、絶対に俺様を舐めてるだろ? 俺様は最高位なんだぞ!?」
「はっ! しかと心得ております! ですけど、転生者に止めを刺さなくてよろしいんですかぁ? お話はその後で」
両手を脇へ流し、転生者へ注意を促すレリア。それに釣られるように、アロガンが渋々視線を移した時だった。
「ぐっ!」
魔王の娘、エルヴィーヌ。彼女が足下へ振り下ろした杖の先端が、魔導師の心臓を的確に打ち抜いたのだった。
「俺様の獲物が……」
情けない声を上げるアロガンの目の前で、転生者の体は光の粒子となって消滅。
そして、エルヴィーヌは警戒を解かぬまま、鋭い視線を二人へ向けていた。
「御主たちは何者じゃ!?」
厳しく問い詰めるような物言いに、男は口端をもたげて言葉を続ける。
「俺様は、堕天使アロガン。転生者というゴミを根絶やしにするために、悪魔王ディートヘルムから使わされた超絶戦士だ」
そして、隣の少女へ視線を送る。
「こいつは、淫魔のレリア。俺様の監視兼補佐役のつもりらしいが、その実体はただの性奴隷だ」
『は?』
二人の女性の冷ややかな視線が、その場を一瞬で凍り付かせたのだった。