軍議
幕舎の中で軍議が始まった。
「明日から、改めて司馬懿の魏を攻める事にする。諸将は準備等怠りない様に」
孔明が、盃を手に持ちながら言う。
諸将に騒めきが起こる。
「おう、丞相。今度はどちらを攻めるおつもりで?」
魏延が問う。魏延、字は文長。荊州義陽群の出身。元々は劉表の配下であったが、劉備が新野で曹操に攻められた時、既に曹操に降伏していた蔡瑁は、彼らを矢で攻撃した。
このため魏延は蔡瑁の行為に怒り、反乱を起こした。だが、民が傷つくのを恐れた劉備が江陵に向かったため、魏延は合流できずに長沙太守の韓玄を頼り、その配下となっていた。
赤壁の戦いの後、劉備は荊州の南4郡の攻略に着手。韓玄の長沙には、劉備の命を受けた関羽が攻め込んで来た。黄忠と関羽の一騎打ちの結果、黄忠は韓玄に内通を疑われ、処刑されそうになる。魏延は民や兵士を扇動して韓玄を殺し、劉備に降伏した。
孔明が今回攻める場所を言った。
「今回は、祁山方面から魏を攻めてみようと思う……」
王平も孔明に理由を聞く。
「丞相、街亭はどうするおつもりで?」
街亭。かつて、あの馬謖が山頂に陣を敷き大敗した場所である。
馬謖。字は幼常。襄陽の名家で『馬氏の五常』の末っ子である。兄の馬良と一緒に劉備に仕官した。劉備が白帝城で臨終を迎える際、『馬謖は口先だけの男、くれぐれも重要な仕事を任せてはならぬ』と言い残した。
だが孔明は馬謖を重用し、街亭の守りを命じた。その…結果が大敗である。
馬謖は、副官の王平の諌めも聞かず単独で山の山頂に陣を敷いた。
それにより深刻な水不足に陥り、魏軍に投降する兵が続出した。血路を開くために、決死で山を降りるが、喉の渇いた蜀軍とそうで無い魏軍とでは、勝敗は明らかであった。
馬謖は魏延や王平達の助けを借り、何とか街亭から脱出できたが、失われた兵士の数は莫大なものだった。
孔明は大敗の責任を馬謖にとらせ、斬首しようとした。だが、姜維の一言で命を救われた。
「馬謖殿を処刑した所で、亡くなった兵士達の命は戻りません。また、有能な武将が少ない今、馬謖殿を一回の敗北で処刑するのはどんなものかと…」
馬謖は処刑されたかの様に見えた。だが、馬謖は生きている。この事実を知っているのは、孔明と姜維のみだ。
その孔明が、重い口をひらく。
「ああ。街亭は今や然程重要じゃなくなった。既に魏軍が堅固な陣を敷いているからな。そこでじゃ…今回は祁山の東西に、軍を二分してだな。攻めようと思う」
孔明の言葉が続く。
「私の見立てだと、東に郭淮。西に仲達が出てくるだろう。東はこの孔明が、指揮を執る。西は姜維に任せる。副将に王平を連れて行け。石山殿には、私の下について貰う。姜維。それ以外の将の配置は其方に任せる。以上だ」
孔明配下たち、騒めきと一緒にいろんな言葉が、飛び交う。
「こんどこそは、仲達の奴を縄目にしてやるぞ」
「街亭の恨み、祁山の地で晴らしてやるぞ」
「司馬懿め、首を洗って待っておれ」
孔明が、俺をチラッとみた。そして…また喋り始めた。
「今日は、我が軍に新たなる将が加わった日でもある。よいか皆の者、この者を今日から副軍師と任命する。石山殿、頼みましたぞ」
うえ〜⁉︎マジで?俺が副軍師?
なんか、凄い事になってねえか…俺。
俺には断る理由もない。
大人しく、副軍師の座受けるしか無いのか…
「孔明様。微力ながらお手伝いさせていただきます」
一同拍手が沸き起こる。
「ささ、軍議はここまで。あとは石山殿の歓迎の宴じゃ」