和泉君との再会
今週から期末テスト一週間前に入った。結局あの日から今まで、私たちは何の結論も出せなかった。私は放課後、音響室の窓をのぞく。そこには誰もいなかった。先輩たちは、もう部室には来ないかもしれない。今までずっと一緒になってきた部活が、あんな形でバラバラになったんだから。それに三年生は、もうそろそろ受験シーズンに入る。ただでさえ、もう活動がしづらくなる時期だ。
この前の中間テストのときは、みんなで集まって一緒に勉強したりしてたっけ。部長に英語、氷室先輩に数学、結城先輩に国語を教えてもらってた。和泉君は同じ学年とは思えないくらい頭がよくて、いろんな教科を教えてもらった。そう言えば、私ってずっと教えてもらってばっかだったな。放送でも、それ以外でも。
講堂にはいつも通り、柔らかい風と明るい日差しが入ってきていた。何も変わらない。なのに、私たちだけ違う。私は和泉君のことを思い出した。
まだ、納得いかない。だって、あんなに楽しそうにしてたのに。みんなだって、ジャック部を好きな気持ちは同じで、それは今も変わってないはずだ。それに、ジャック部はまだ無くなったわけじゃない。ここに来てれば、また誰かと会えるかもしれないし。和泉君はもう、たぶんここには来ないだろうけど。でも、また話したい。
和泉君と私は、お互い自分のことをあまり話したがらない所がある。実際、今までもずっとそうだった。でもその分、何か思うことだってあるはずだ。私も、和泉君も。
私はそれからも時々、廊下で和泉君とすれ違うことがあった。でもいつも私から目をそらして、避けられてしまう。こうして、何もできないまま時間だけが過ぎていった。
その次の金曜日の放課後。私は今日も、部室に向かっていた。もう、誰かに会えるとか、そんなことはあまり期待していなかった。でもなんとなくここに来てしまうのは、心のどこかで会えるんじゃないかっていう気持ちがあるからなのだろうか。
私はふと、部室の奥を見た。屋上につながるドアが少し開いている。まさか、誰かいるのかな? 私はそう思って、ゆっくりとそのドアを開く。するとそこには、あの和泉君がいた。
私はそれを見るなり思わず後ずさる。どうして和泉君が。もう絶対に、ここには来ないと思っていたのに。私は深呼吸して息を整える。でも和泉君がここに来ているのには、きっと何か理由があるはず。私はドアを大きく開けて、思い切って声をかけた。
「和泉君っ」
和泉君は私に気が付くと、ゆっくりとこちらに振り返る。
「どうしたんだ、こんなところで」
そっけないけど、どこか優しい声。何だかこうしてるの、元通りに戻ったみたいだ。
「それはこっちのセリフだよ。一体こんなところでどうしたの?」
「別に。ちょっと来てみたくなっただけ」
それからお互い立ち尽くしたまま、しばらく何も言わない時間が過ぎた。私はこらえきれなくなって口を開く。
「私、和泉君にいろいろ聞きたいことがあるんだ。だから、質問してもいい?」
和泉君は再び下を向いてから、こっちに向き直って言った。
「いいよ。なんでも聞けよ」
そうはいっても、まだ何も考えていない。私が今、一番聞きたいことってなんだろう。私は少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「和泉君は……ジャック部が無くなったら嬉しい?」
私がそう言うと和泉君は何とも言えない表情で笑った。
「なんだ、そんなことか。もっと何で裏切ったの、とか何でこんなことするの、とか聞いてくると思ってた」
「聞いたら教えてくれるの?」
すると和泉君はこちらに向き直る。
「もちろん。まず、俺は最初からジャック部の仲間じゃなかった。だから俺としては裏切ったつもりはない。そしてなぜこんなことをするかは、ジャック部が生徒会にとって邪魔だからだ」
和泉君が淡々とした口調で続ける。
「それでお前の質問。ジャック部が無くなっても、嬉しくもないし、悲しくもない。ただ、生徒会の妨げが無くなるだけだ」
私はその言葉に、もうどうしようもないような気持ちになった。まさかここまで、はっきり言われるとは思ってなかった。それでも私は何とか、質問を続けたいと思った。
「和泉君は、何で生徒会に入ったの?」
そう聞かれて和泉君は、しばらく考え込むようにしてからはっきりと私の方を見た。いつになく、真剣な表情だった。
「俺は高校に入って、特にやりたいこともなかった。その点では、お前と似ているかもしれない」
私と、似ている。今まで、和泉君にはっきりとそんなことを言われたのは初めてた。和泉君は遠くに視線を移してから話を続けた。
「俺とお前が違ったのは、お前がやりたいことを探そうとしたのに対して、俺は特に何もしなかった。最初から何も、期待してなかったんだ。ただ、高校に入って全く何もしないのもどうかと思った。だから俺は、生徒会に入ることにした。執行部ならただ自分の仕事をこなしてればいいし、生徒会にいればそれなりのステータスも付く。ジャック部について調べるように言われた時も、潜入調査なんてなんとなくおもしろそうだと思ったからやってみただけだよ」
もう一度和泉君がこっちに視線を戻す。少しだけ、つい先ほどと表情が違うような気がした。
「お前は前に、言ってたな。ジャック部を見て、これが自分のやりたいことだって思ったって。何もしてこなかった自分を、変えたいと思ったって。俺は自分を変えたいなんて思ったことはない。……心底うらやましいよ」
和泉君には前にも、うらやましいって言われたことがあるような気がしたけど、私はうまく思い出せなかった。私は一呼吸置いてから、和泉君をまっすぐ見据えて口を開いた。
「私は確かに、ずっと変わりたいと思ってた。でも私がジャック部に入った理由は、それだけじゃないよ。初めてジャック部を見たときにさ。これだ、って思ったんだ。私もここに入ったら、充実した毎日になるような、そんな気がして。自分じゃできないとか、自分を変えたいとか、そんなこと全部忘れちゃってた。……それほどすごかったの」
屋上は静かで、いつもより私の声がよく響く。少しだけ、風が通り抜けた気がした。
「それでジャック部に入ってみて、やっぱり楽しいなって思って。それでさ、これは本当に最近思ったことなんだけど、私は、ジャック部に……放送に出会う前からずっと、これがやりたかったんだって。そして、ジャック部が一番、私がやりたい活動ができる部活だって」
和泉君は私を見ると、あきれたような表情で言った。
「……なおさらうらやましいな。俺は放送がしたいなんて、考えたことも無い。とにかく、俺はもうジャック部をやめる。お前と放送することも、放送同好会が部活として認められることも無くなる。生徒会が放送部を作れば、他の放送組織は認められにくくなる。……あとは知らないが、まあ大体は予測つくだろ?」
和泉君が、はっきりとそう言い放つ。そしてそのまま、私に背を向けて校舎へと引き返そうとした。ダメだ。ここで私が止めないと。ジャック部が、無くなっちゃう。私は和泉君の背中に向けて呼びかける。
「……嫌だよ」
「何でだ」
和泉君が苛立った表情で振り返る。
「私はジャック部が無くなるのも、和泉君がいなくなるのも嫌だ。きっと先輩たちもそう思ってる」
和泉君は私から目をそらした。
「……何でだよ。俺なんてどうでもいいだろ」
「和泉君は、やっぱりジャック部のメンバーだから。それに、私にとってはコンビだし。だから……いてほしいよ」
「コンビの相手なんて、誰でもいいだろ。また一緒に練習すればいいだけだ。それに、そもそもコンビなんて組んでも意味がない。放送したいなら、一人でもできる。俺を巻き込む必要はない。そうだろう?」
確かに、和泉君の言う通りだ。部長だって、最初は一人でジャック部を始めた。でもそれは、きっと今のジャック部じゃないんだ。
「でも、つまんないよ……。確かに放送は一人でできるかもしれないけど、ジャック部は一人じゃできないよ! そんなの全然楽しくない!」
「だから! 俺たちは最初から仲間なんかじゃなかったんだよ。それでもう、終わりだ」
そう言って和泉君はもう一度、私に背中を向けて歩き出す。でも、私にはまだ聞きたいことがある。ずっと、どこかで引っかかってたことが。
「待って」
「何だよ!」
和泉君が声を荒げる。私はそれに一瞬ひるみそうになったけど、何とか口を開くことができた。
「でも……和泉君は生徒会に情報を伝えてたって言ってたけど、ちゃんと私たちの味方もしてくれてたでしょ?」
「……! 何で……」
和泉君が、驚いた表情で口ごもる。やっぱり。やっぱりそうだ。
「だって、文化祭でも放送をジャックしたけどさ。もし和泉君が全部の情報を伝えてたら、そんなことはできなかったはずだよ。それができたのは、和泉君が情報を伝えないでいてくれたおかげだよ」
「情報を伝えなかったのは、必要がないと判断したからだ……とにかく、もう何言っても無駄なんだよ!」
和泉君が手で私を払いのけるような仕草をする。
「無駄じゃないよ! だって、私知ってるから。和泉君が……」
「お前に俺の何が……」
「和泉君が、すごく楽しそうにしてたってこと」
「なっ……」
和泉君が一瞬、驚いたような表情を見せる。そしてふと立ち止まり、私の方を向いた。
「何で、そう思った?」
そう言う和泉君の口調は、私の知っている、あの和泉君のものだった。
「初めは、なんかつまんなさそうにしてるなって思ってたんだけど。最初に楽しんでるなって思ったのは、初めてみんなで一緒に練習したときかな。あとは文化祭のステージで、いつもと全然違う表情してたから。なんか、すごく嬉しそうだった」
「何でお前は……そんなことに気付いたんだ?」
どうしてだろう。改めて聞かれると、よく分からない。私は和泉君と一緒に過ごしたときのことを思い出す。
「やっぱり、一緒に放送する人には楽しんでてほしいから。私頼りないし、実力ないのにやる気ばっかりあってさ。それで、いっつも迷惑かけてるんじゃないかって思って。和泉君は、私と違ってしっかりしてるし」
自分で言ってて嫌になりそうなくらい、その通りだと思う。私には気持ちぐらいしかないし、それすらもすごく不安定だ。でも、私にもできることがあるはず。そう思いたかった。
「私はさ、和泉君が何をやりたいのかは分かんないけど。でも君がジャック部が好きなことと、そんなひどいことする人じゃないってことは知ってるよ」
もう一度、涼しい風が吹いた。
「それにさ。やっぱり私、和泉君と放送がしたい」
もしかしたら、これが私の一番伝えたかったことかもしれない。和泉君はしばらくの間、驚いたような表情でその場に立ち尽くしていた。そして少し呆れたような表情になった後、ゆっくりと私の方を見た。
「今更……そんなこと言われるなんてな。こんなに、言い争った後で……。やっぱりお前はバカだろう」
「バカっていうか……まあ、そうかもしれないけど」
和泉君は、さっきとはうってかわって落ち着いた口調で続ける。
「俺はさ。今までいろんなこと、あきらめてたとこがあってさ。さっき自分はやりたいことなんてなかったって言ったけど、本当はやりたいことがあるのかさえ、分からなくなってたんだ」
和泉君は少しうつむき加減に口を開いた。
「……俺もお前みたいに、ずっと前から放送がしたかったのかな」
私はそれを見て、少し微笑んでから答える。
「私にはよく分かんないけど、そうなんじゃない?」
「適当だな……でも、お前が適当なやつで、よかった」
「えっ?」
それは、どういうことだろうか。和泉君は一呼吸置くと、私をまっすぐ見据えてから言った。
「これからお前、どうするんだ?」
「私?」
「今、ほとんど休部状態なんだろ。部室にもみんな来てないみたいだし」
「そうだけど……。何で和泉君がそれを知ってるの?」
すると、和泉君はばつが悪そうな様子で視線を逸らした。
「いや、それは……今までも、ちょくちょく来てたから。なんか、気になって」
「そうだったんだ」
ほんとに、素直じゃないなあ。でも私、これからどうしたいんだろう。先のことなんて、全然考えてなかった。しばらく考えていると、私の頭にあることが浮かんだ。
「そうだ。私たちって今まで一緒に練習してきたけど、まだ実際に放送はしてないでしょ? だから、私はこのコンビで放送ジャックがしたい」
和泉君が、驚いた表情で私を見た。私は、前にみんなで一緒に活動していたときのことを思い出す。
「もしかしたら先輩たちはもう戻ってこないかもしれないけど。でも、私たちだけでもちゃんと放送できるってこと、先輩たちに伝えたい」
和泉君はそれを聞いて、難しそうな顔で口を開く。
「そんなこと言ったって、もうすぐテスト期間だろ。その間はお昼休みの時間もないし。そもそも放送してる余裕なんてあるのか?」
「それは……」
私が口ごもっていると、和泉君はふっ、とほほ笑んだ。
「まあ、どっちにしろやるんだよな。じゃあ、早く行くぞ」
「えっ、どこに?」
「放送ジャック、するんだろ。早くプログラム考えないとな。練習時間もいるし。だから、部室に戻ろう」
「うん!」
私はその言葉に、満面の笑みで応えた。




