文化祭本番
そしてついに、文化祭の当日がやってきた。
その日、私たちジャック部は朝早くから音響室に集まっていた。この時間だとまだ生徒会は来ていない。校舎の外も人がまばらだ。でも大きな看板やオブジェが立ち、デコレーションされた校舎を見ると、いつもの何倍もにぎやかに見える。何だか、今日は特別な日なんだっていう感じがしてワクワクする。部長も今日はいつもよりすごく嬉しそうだ。
「それじゃあみんな、おはようございまーっす! 今日は待ちに待った文化祭だね。みんな、気合入れていこうなっ!」
「はい!」
部長の言葉に、みんなで一斉に応える。
「それじゃあ今日の予定だけど。お昼休みの後に音響室裏の屋上に集合。その後に午後の部が始まるから、そこで今日のミッションだ。内容はこの前言った通り。これで大丈夫?」
みんなが一斉にうなづく。
「それじゃ、ひとまず解散。じゃあ、また後でね」
みんながそれぞれ、分かれて教室に戻っていく。どうしよう。何だか、始まる前から緊張する。すると和泉君が追い抜きざまに私の肩をたたく。
「緊張してんの?」
「し、してないよ」
「してるだろ。足、引っ張んなよ」
「大丈夫だって」
私がそう言うと、和泉君はふっ、と優しい笑顔を浮かべる。
「……頑張ろうな」
「うんっ!」
私は笑顔でそう答えた。
その後私はクラスのみんなと午前のプログラムを見た。そして、ついにその時がやってきた。私たちは全員、講堂裏の屋上に集まる。
「もうすぐだな」
部長がそうつぶやくのを聞いて、私は胸の鼓動が早まるのを感じた。
「できるかな……私に」
私は思わず不安を口にする。
「大丈夫だよ。俺たちが付いてる」
部長が私の様子を見てそう励ます。
「うんうん。一緒なら、平気。ちゃんと練習してきたもんね」
リオナ先輩は、いつも通りの笑顔だ。
「私も後ろから、サポートするわ」
サエ先輩も、無表情ながらそう言葉をかけてくれる。
「俺も、いるだろ」
その様子を見ていた和泉君が、少し間を置いてからつぶやいた。
みんなにそう言ってもらうと、ほんとにできそうな気がするから不思議だ。
「先輩、ありがとうございます。和泉君も、ありがとう」
私は笑顔でそれに答える。
「私、頑張ります。いや、一緒に、頑張りましょう!」
部長はそれを見て少し安心したような顔を見せてから、私たち全員の方を見据えた。
「よし。じゃあ、始めるか!」
私たちは屋上の扉をほんの少しだけ開けて中をうかがう。音響室では、生徒会が休憩時間のアナウンスを行っているようだ。午後の部が始まるまで、あと五分。
「そろそろ、行くか」
部長が扉の向こう側を見据えてそう言った。それを見た氷室先輩がうなづくと、勢いよくドアを開ける。生徒会の人たちがいっせいにこちらを振り返った。
「っ!? 誰!?」
「まさか、ジャック部!?」
「そうよ。この放送、ジャックしに来たわ」
氷室先輩が表情一つ変えずにそう告げる。
「まさかそんなところに潜んでいたなんて……。でも無理だよ。こっちはもう準備ができてるんだから。もうBGM流しちゃって!」
もう一人がBGMのボタンを押す。しかし、何も鳴らない。
「うそ、さっきは鳴ってたでしょ!」
するとその生徒は叫び声を上げながら立ち上がる。
「すみません、私にはよく分からなくて……」
もう一人も続けて席を立った。
「正解は、こっちよ」
氷室先輩が隣にある、もう一つのプレイヤーのボタンを押す。すると、アップテンポの明るい曲が勢いよく流れ始めた。氷室先輩が、今日のために作ってきたBGMだ。
「校内放送ジャック部、文化祭special program!!」
部長が手に持つマイクで思いっきり叫びながら、音響室の反対側のドアを開け、講堂の二階に飛び出す。その途端、会場から大きな歓声が聞こえ出した。
生徒会の人たちがあっけにとられている間に、氷室先輩はもうミキサーの前に座っていた。
「ちょっと、何勝手に座ってんの!?」
すると氷室先輩が、ミキサー付属のマイクの電源を入れる。
「プログラムはもう始まってるわ。静かにしてもらえる?」
「こいつ、ジャック部のくせに!」
「これ以上騒ぐと、マイクを通してみんなに聞こえるわよ」
「っ……!」
氷室先輩の威圧感に押されて、二人は何も言えなくなった。
「俺たちも行こう」
和泉君が小声で伝える。
「うんっ」
私たちは階段を降り、ステージ横へと向かった。
ステージの様子をうかがうと、部長は慣れた手つきで二階の手すりに縄ばしごを取り付けている。そしてなんと、それを伝って一回の客席まで下り始めた。会場からは悲鳴とざわめきが聞こえてくる。途中まで下りたところで、部長は客席の方を向いてマイクを構えた。
「Hi,みんな、元気してる? 文化祭、楽しんでるかい!?」
左手で縄ばしごをつかみ、右手にマイクを持って部長が叫ぶと、講堂中からより大きな歓声が聞こえた。
すると部長は、縄ばしごを背中に観客の方を向くと、腰につけてあったワイヤーで一気に一階まで飛び降りた。会場が再び悲鳴に包まれる。
部長はその悲鳴をよそに、軽々と地面に着地してみせた。見ると、何事もなかったかのように笑顔でこっちに手を振っている。本当になんというか、すごい人だ。
それから音響室の方へと、手を広げて合図を送った。それと同時に、真っ暗だったステージが突然ライトに照らされる。
そこには、結城先輩が立っていた。それを見た観客から、また大きな歓声が上がった。そのステージに向かって、部長が客席中央の通路に向けて駆け出す。部長がステージに上がると、結城先輩とハイタッチしてからマイクを構えた。
「皆さんこんにちは! キミのハートをハイジャック! 校内放送ジャック部です! DJは俺、部長のヒロキと?」
「二年のリオナです!」
「そして、機械担当が?」
「……副部長のサエです」
「今回は、ジャック部に新しく入ってきた一年生を紹介しちゃいます!」
リオナ先輩が、私たちに目くばせする。
「それじゃあ、準備はいいかな? 二人ともCome on!」
部長が私たちに、勢いよく合図を送った。和泉君が、小声で私に呼びかける。
「じゃあ……行くぞ」
「うんっ」
私たちはステージへと飛び出した。
ステージは予想の何倍も明るくて、思わず目がくらみそうになる。もう一度顔を上げると、そこには満員のステージが広がっていた。
「……すごい」
私は誰に話しかけるでもなく、自然とそうつぶやいていた。
「すごいな」
それに、隣に立っている和泉君が答える。
普通の学校の、文化祭のステージなのに、こんなにまぶしいなんて。でも、私たちにとっては最高のステージだと思った。
「それじゃあ、自己紹介してもらえるかな?」
部長の言葉に、私は自然とマイクを手に取っていた。あんなに緊張してたのに。私、大丈夫だ。
「はいっ! 一年の高崎千晴です! 私はジャック部に入ってから放送を始めて、今までステージに立ったこともほとんどなくて……。だから今すごく緊張してるけど、でも……すごく嬉しいです! 頑張りますので、これからもよろしくお願いします!」
するとその瞬間、会場から大きな拍手と歓声が起こった。
「同じく一年の和泉玲也です! 俺は普段は機械担当で、こうしてステージに立って話す機会はあまりないと思っていたので、こうして文化祭に出れることをとても嬉しく思います。これから機械を中心に、トークの方も頑張りたいと思うのでよろしくお願いします!」
和泉君が自己紹介を終えると、再び会場から拍手と歓声が起こる。私はふと、隣を見る。そこには和泉君が今まで見たことのないような、充実した笑顔を浮かべていた。私もそれを見て、思わずつられて笑顔になった。
「新入生の二人には、これからいろんなところで活躍してもらう予定だから、皆さんよろしくお願いしますね!」
「それじゃあ次のプログラムは……有志バンドの皆さんによるスペシャルライブです!」
「みんな、盛り上がってこうぜ!」
部長が拳を高々と上に突き上げる。すると、会場にみんながそれにつられるようにしておおーっ、と拳を挙げた。
「それじゃあみんな、またどこかで会おうな!」
私たちはそのまま、部長の後について舞台袖まで走って行った。
こうして、私たちの初めてのステージは終わった。
「お疲れ様!」
ステージを降りるなり、部長が大きな声でみんなに呼びかける。
「うわー、大成功だったね!」
結城先輩もこっちを振り返って言う。
「楽しかった……」
私はふとそうつぶやいた。緊張した、疲れた、びっくりした……。この短い時間の中で他にもいろんなことを感じたはずなのに、自然と私の口をついて出たのはそんな言葉だった。
すると、隣に立っていた和泉君が少しだけこっちを見ながら言う。
「お疲れ。お前がいてくれて助かったよ。おかげで、そこまで緊張せずに済んだ」
「それは私もだよ。ありがと」
そして少し後から氷室先輩も戻ってきた。
「みんな、お疲れ様。すごく良かったわ。見ていて、なんだか爽快だった。……心配しなくて良かったみたいね」
すると、結城先輩がいたずらっぽい笑顔で言う。
「あっ、やっぱり心配してくれてたんだ?」
「……別に、私は自分の立場として、あるべき態度をとったまでよ」
「そんな、照れなくてもいいのに~」
結城先輩はにやにやしながら、指で氷室先輩の方をつついている。私はそれを見て、なんとなく微笑ましくなって笑った。
それから私たちは、しばらくみんなでさっきのステージのことや、明日のことなどをいろいろと話していた。
私がふと前を見ると、誰かこっちに向かって歩いてくる人がいるのに気が付いた。よく見ると、生徒会長だ。もしかして、さっきのジャックのことで話があるのだろうか。見ると、明らかに苛立った表情をしている。
「なんだ、会長か。お疲れさま」
部長はその様子に気づいていないかのように笑顔で答える。
「……なんださっきのは」
「あっ、もしかして聞いてくれてた?」
「もちろんだ。全く、こんなふざけた真似をするとはな。こうなってくると、私もタダでは済ませられない」
「その割には、最後まで続けさせてくれたな」
「下手に止めると、騒ぎを起こす可能性がある。不本意ではあるが、止めるのは自粛させてもらった」
「違うな」
部長が生徒会長に向き直る。
「止めなかったんじゃなくて、止められなかったんだろ?」
会長はその言葉に、少し眉をひそめた。
「なっ……どういうことだね」
「あの会場の様子を見て、思ったんだろ。これを止めたらみんなからの反感を買うって。違うか?」
「……ジャック部ごときが調子に乗るな」
その言葉に、部長がもう一度生徒会長を見据える。いつもの明るい笑顔からは想像もつかないような、真剣な表情。
「俺たちは自分のしたい放送をするために、ジャック部の活動をしているだけだ。俺は……間違ってるとは思わない」
「そんなことが言えるのも今のうちだ。……十分気をつけろ」
生徒会長はそう言って体を翻し、もと来た方へと去っていった。
「部長、今のは……」
私の言葉に、部長は少し考え込むような顔をしてから答える。
「そう言えば、言ってなかったっけな。俺さ、ここに来る前は生徒会にいたんだ。あいつとは同学年だから、よく一緒に仕事をしたりした」
「えっ?」
「俺が生徒会をやめてジャック部を作ってから、やたらと突っかかってくるようになったんだ」
私はその言葉に、驚きを隠せなかった。そうだったんだ。全然知らなかった。
「でももう、昔の話だよ。今はもう俺、ジャック部の部長だし」
部長はそう言って微笑んでから、少し下を向いてつぶやいた。
「でも、そろそろ考えないとな……」
どうしたんだろう、なんだかいつもと様子が違う気がする。みんなの方を見ると、何だか暗い表情をして黙りこんでしまっている。部長もそれに気付いたのか、明るい笑顔ででみんなに呼びかける。
「それじゃあみんな、今日はもう解散にしようか。明日は午後にみんなで模擬店回って、その他は自由で。じゃ、また明日!」
私はもっと聞きたいことがあったけど、そのまま家に帰るしかなかった。




