練習の日々
そして、次の火曜日のミーティング。部室に入ると、みんなはもう部室に集まっていた。
「よし、これで全員揃ったな。それじゃあ、文化祭の準備をするぞ!」
部長が私たちの方を見ながら、高らかに宣言する。
「文化祭って、何するんですか?」
私が尋ねると、部長は意味ありげな笑顔を浮かべた。
「まず、内容としては一年生の紹介がメインになると思う。そして、文化祭一日目の校内祭では、クラス発表と部活発表の後に有志グループの発表がある。そしてその部活発表が終わった後、有志グループが始まる前に少し時間が空くんだ。だからそこで、ステージの放送をジャックする」
その言葉に、部室の空気が少し変わった。部長の目が一段と輝く。
「この時間の担当は文化委員だから、生徒会の邪魔も入りにくいだろ。でも、文化祭となると生徒会の方も警戒してくるだろうからね。万全の態勢で臨んでくるだろうな。だから、こっちも作戦を考えておかないと」
「作戦ですか?」
和泉君がいぶかしげな表情で部長に尋ねる。
「そう。ちゃんと放送できるようにね」
部長は私たちを近くに集めて、作戦内容を話す。私たちはただそれを黙って聞いていた。部長が説明し終えると、私たちはそれぞれうなづく。
「それじゃあ、早速練習するぞ! みんな、頑張ろうぜ」
その後、私たちはそれぞれの担当について先輩に教えてもらうことになった。結城先輩が私、氷室先輩が和泉君の担当だ。私は結城先輩と一緒に、練習用の原稿を読む練習をしたりしていた。でも全然ついていけない。どうしたら、先輩みたいに上手に話せるんだろう。私はそう思って、結城先輩に尋ねてみることにした。
「先輩は、放送するときに気を付けてることとかありますか?」
すると先輩は顎に人差し指を当てて考える仕草をしてから答えた。
「うーん、やっぱりどれだけ自然に話せるかが大事だと思うな。聞いてくれてるみんなに、語りかけるって感じでね」
「そうなんですか。初めてで、まだよく分かんなくて」
でも確かに、新入生歓迎会の時も先輩の言葉は自然に感じられた。それがなおさら、すごいと思ったんだけど。
「心配しなくていいよ。私も最初はそうだったから。でもみんなもついてるし、自分らしくいつも通りにやってれば大丈夫だよ」
そう言って、結城先輩は明るい笑顔を見せる。先輩の笑顔を見てると、なんだか本当に大丈夫そうな気がしてきた。
「ありがとうございます。私、頑張ります」
「うん。その意気だよっ」
私がそう言うと、結城先輩はまた笑顔を見せた。
部室の奥では、氷室先輩が和泉君にミキサーの操作を教えている。
「じゃあ、次はこのレバーを引いて。そう。そしてこっちのボタンを押す」
「はい」
「そう、いい感じよ。機械担当にとって一番大切なのは、どれだけレバーを滑らかに動かせるか、どれだけ音量が上がった時に上がったと思わせないか。つまり、どれだけ自然に聞こえるか、ということよ。だからまずは練習して感覚を掴むことね」
「分かりました」
先輩、手つきが鮮やかだなあ。なんていうか和泉君に教えていることのすべてが、完全に体に染み込んでるって感じがする。和泉君も、ちゃんと先輩について行ってるみたいだし。私ももっと頑張らないと……!
「先輩っ」
私は隣に立っている先輩に呼びかける。
「ん? なになに?」
「さっきのレッスンでやったこと、もう一度教えてください!」
「おっ、やる気だね。それじゃ、もっかいやろっか。でも、あんまり無理しちゃだめだよ?」
「はい!」
私たちはその後もしばらく練習を続けた。リオナ先輩にはほかにもマイクの使い方とか、アクセントとか、他にもいろいろなことを教えてもらった。私にとっては何もかもが、初めてで分からないことだらけだ。でも、それでも教えてもらっているうちに、少しずつ身についていくような気がした。
第三章
ある日の放課後。今日は活動日じゃないけど、なんだか暇だし練習しに部室に行ってみよう。私はそう思って講堂へと向かう。すると、そこでは吹奏楽部が練習していた。二階から下をのぞくと、そこにはエミの姿もある。練習がひと段落したようなので、私は手を振ってエミに呼びかけた。するとエミもこっちに手を振って呼び返してくれた。
「今から練習?」
エミの言葉に私は笑顔で答えた。
「うん、そうだよ」
「そっか、頑張ってね」
「エミも頑張って! じゃ、お疲れ様」
エミだって、毎日練習頑張ってるんだ。私も、頑張らないと。私はそう思って、気合を入れなおした。
私は音響室まで行って、そっとドアを開ける。するとそこには、和泉君が来て
いた。
「和泉君」
「なんだ、お前か。どうしたんだ」
和泉君が驚いて振り返る。
「ちょっと暇だから練習しに来てみただけ。そっちこそどうしたの?」
「俺も今から、機械の練習しとこうと思って」
「でも、文化祭では機械やらないんでしょ?」
「そうだな。でも、早くから覚えておいて悪いことはないだろう」
和泉君はすごいなあ。ちゃんとこれからのことを考えて努力してるんだ。私はそう思って、和泉君の背中に元気よく呼びかけた。
「そうだね、私も頑張るよ。先輩みたいにすごい放送ができるようになりたいもんね」
すると、和泉君がなぜか、少し下を向いてから言う。
「……お前は、なんていうかさ、前向きだよな」
「え?」
「俺は、機械でミスするのが嫌で、それでこんなに練習してさ。でもお前はあんまりそんなこと考えてないみたいだし。うらやましいよ」
意外な言葉に、私は思わず和泉君の方を見る。いつも、そんな風に思ってたんだ。てっきり、不安に思うことなんてなさそうだと思ってた。でも、違ったんだ。そう思うと、私は自然と自分の気持ちを口にしていた。
「私だって、放送するのはすごく不安だよ。でもね、なんていうか、大丈夫な気がして」
「なんだよそれ」
「だって、みんなも一緒だし。先輩も……和泉君もいるでしょ? こんなに頑張ってる人が一緒なら、心強いよ」
すると和泉君は、少し呆れたような表情を浮かべてから、少しだけ笑顔を見せた。
「俺も、こんなポジティブなやつが一緒で心強いよ。頼りないけど」
「一言多いよ」
和泉君はそんな風に言ってたけど、きっと悪い意味じゃないと思った。私もそんな風に言われたのは初めてだったから、少し嬉しかった。
「じゃあ、練習するか」
和泉君がミキサーの前に座る。
「まずは、このボタンを押して。それで今度は、こっちのレバーを上げる」
「すごい。和泉君、ちゃんと覚えてるね」
私は感心して声を上げる。
「まあな。あれだけ教えてもらったら、出来るようになるよ」
「じゃあ、一回合わせてみない?」
「合わせるって、何するんだよ」
「だから、和泉君がBGMを流して、私がしゃべるっていう……」
「いいけど、できんのか?」
「できるよ。私だって、教えてもらったもん」
「分かった。じゃあ、中入れよ」
そう言われて、私は防音室に入る。マイクの接続を確認し、電源を入れる。
ガラス越しに、和泉君が機械を操作しているのが見える。ボタンを押すと、明るい曲調のBGMが流れ始めた。和泉君は手を差し出し、私にスタートの合図を送る。
「皆さんこんにちは! 校内放送ジャック部の高崎千晴です! 今日は……えっーと……」
「ストップ」
和泉君がこちらに合図してBGMを止める。私は防音室の外へ出た。
「お前、話すこと何にも考えてなかっただろ」
「うん、ごめん。でも、できてたでしょ?」
「まあ、そうだけど」
和泉君は少しあきれたような笑みを浮かべた。
「仕方ないな。で、俺はどうだった?」
「えっ? ちゃんとできてたと思うけど」
「自然に、聞こえてたか?」
「うん。すごく滑らかだった」
「そっか、よかった。お前も何か、すごく自然で聞きやすかったよ」
「本当? ありがとう」
この前、リオナ先輩に教えてもらったことが身についてきたのかな。そう思うと私は少し嬉しくなった。
和泉君はミキサーのレバーに触れ、その手元を見つめながらつぶやく。
「どれだけレバーを滑らかに動かせるか、か……」
その後も、二人で日が暮れるまで一緒に練習を続けた。
帰り道、私は和泉君と二人で駅まで歩く。
「お前は、何でジャック部に入ったんだ?」
「私? 私はね、なんか楽しそうだなって思って」
「そんな理由か」
「何、もっとすごいの期待してたの?」
「いや、別に」
しばらく、お互い何も言わずに歩く。私はふと、この前の歓迎会のことを思い出す。
「新入生歓迎会で初めてジャック部を見たとき。なんていうか、これが私のやりたいことなんじゃないかなって思ったの。私、今までほんとに何もやってこなくてさ。でも一度でいいから、みんなの前に立って、何か目立つことがしてみたくて。全然そんなキャラじゃないのにね」
私は和泉君の方を向く。和泉君はふと私の方を見てから、もう一度遠くの方を見る。
「で、君は?」
「俺は……」
そう言いかけて、和泉君はしばらく口ごもってから口を開いた。
「俺も、そうかもしれない」
和泉君は前を向いたままそう言った。
駅に着いたので、私たちはそれぞれのホームへ向かう。階段を上って向かい側のホームを見ると、ちょうど正面に和泉君がいた。すると、和泉君がふとこっちに気付く。私が手を振ると、向こうも少しだけ会釈をしてくれた。少し笑っているように見えて、私は頬の端をほころばせた。
その後も私たちジャック部は、毎回集まって練習をした。さらに直前になると、全員で通しで合わせたりもした。私にとっては慣れないことばかりで不安もあったけど、みんなと放課後一緒に過ごすのはすごく楽しかった。そして、今までの私では考えられないほど、充実したものだった。




