活動、開始
忙しかった四月も終わって、もう五月だ。そして今週からは、本入部が始まる。カバンに入れた透明なクリアファイル。その中の入部届には、はっきりと「放送同好会」と書いてある。
正直言って、ジャック部に決めるとなるとちょっと迷った。今まで放送とか全然したことないし。あんまり目立つ方じゃないし。でも、他の部活は思いつかなかった。私はやっぱり、ジャック部がいいんだ。
講堂はまだ少し時間が早いせいか、ほとんど人がいなかった。私は二階の通路を通り、ジャック部の部室である音響室へと向かう。ゆっくりとドアを開けると、もうみんなが揃っていた。奥の方に、和泉君もいる。部長は私に気付くと、ヘッドフォンを外しながら人懐っこい笑顔を見せた。
「いらっしゃい」
私はクリアファイルから入部届を出すと、両手で部長に手渡した。
「先輩。これ、入部届です」
「本当!? 良かった、入ってくれて」
部長が満面の笑みを浮かべる。
「やったあ、これで二人目だねっ」
結城先輩も嬉しそうだ。
「それじゃあこれから……いいえ、これからもよろしくね」
氷室先輩がミキサーを動かす手を止めて言う。
和泉君は読んでいた本から少しだけ顔を上げてこっちを見ると、また本に視線を戻した。私は和泉君に話しかける。
「やっぱり入ったんだ」
「ああ。お前も、来ると思ってた。そう言ってたから」
「うん。じゃあ、よろしくね」
「……よろしく」
「よし、じゃあミーティング始めまーす」
部長の呼ぶ声に、私たちはその周りに集まる。
「まず、今日は二人も新入部員が来てくれました。みんな、拍手!」
すると先輩たち三人が大きな拍手をしてくれる。こうやって改めて歓迎されると、なんだか恥ずかしい感じがするなあ。拍手が静まったところで、先輩が再び口を開いた。
「それじゃあみんな、今後の予定について説明するからよく聞いといてね。まず六月の初めに文化祭があるんだ。その日に、俺たちみんなでステージに立ちたいと思う。もちろん、放送をジャックしてな」
あれ、全員? 私は部長の言葉を、頭の中で繰り返す。っていうことは……。
「先輩、もしかしてそれって、私たちもですか?」
「そうだな。この時に一年生をお披露目して、みんなで放送したいと思ってるんだ。だから、お前たちにも出てほしいな」
部長はまるでそれが当たり前かのように、さらりとそう告げた。私が、文化祭のステージに……。なんだか、信じられない気持ちだ。自分がステージに立ってるところなんて、全く想像できない。けど、私はもうジャック部の部員なんだ。だから、頑張らないと。
「そして六月の終わりごろ。ここで、新入生二人でお昼の放送をしてもらおうと思う」
「二人で……?」
私はその言葉に、思わずそうつぶやく。それって、一年生二人だけで、放送をジャックするってこと? それも……この人と。
そう思ったのは和泉君も同じみたいだった。
「部長、でも俺たちはそれまでに、まだ一度も放送してないんですよ? 明らかに経験不足じゃないですか」
「そうですよ。もうちょっと後の方が……」
私がそれに加勢する。すると部長はちょっと考えるような仕草をした。
「そうだなあ、確かにちょっと早い気もするけど。でもいずれはさ、一年生だけでも放送ができるようになってないといけないだろ? ジャック部は部員が限られてるから、俺たちが手伝えないときもあるだろうしさ。だから、これはやっぱり早い方がいいと思うよ」
部長は私たちに向かって言った。
「だから今日から、この日に向けてお前たちにはコンビを組んでもらおうと思う。一人がアナウンス、もう一人が機械でね。それで、二人で放送する練習をしてほしい」
私たちが……コンビ? まだほとんど、話したこともないのに。
私は少しだけ、隣の和泉君を見る。和泉君も私をちらっと見た後、もう一度先輩の方に向き直った。
「まあそれまでに文化祭もあるからそんなに焦らなくてもいいよ。でも、今から練習しておいて損はないと思うけどね」
部長はそう言ってからみんなを見渡した。
「とりあえず今日のミーティングはここまで、何か聞きたいこととかある?」
私は先輩に、まだ聞きたいことがたくさんあった。けど、何から質問すればいいのか分からず、何も言えなかった。
「じゃ、これで終了。お疲れ様でした」
先輩たちはそれぞれ、元にいた位置に戻っていった。けど、私と和泉君はその場に立っているままだった。和泉君が、何だか難しい表情で私に話しかける。
「俺たちがコンビか。……あまり想像つかないな」
「そうだね。でもコンビって言っても、一緒に放送するだけでしょ?」
「そうだけどな。まあいいだろう」
和泉君が、まっすぐに私の方を向く。
「それでお前は、どっちがいいんだ?」
「えっと、私は……そうだなあ、アナウンスの方がいいかな。機械とかよく分かんないし」
私はたどたどしく答えた。
「適当な理由だな」
「いいじゃん、別に。君は?」
「俺は機械の方がいい。ちょうどよかったな」
和泉君は少し安心したような笑顔を見せた。
ふと、氷室先輩が部長の方を見ながら言う。
「それで、今日はどうするの?」
「そうだなあ、まあいつも通りでいいんじゃない?」
「あなたのことだから、考えてないと思ってたけど」
「いいんだよ、これが俺たちの活動なんだから」
私は先輩たちに尋ねる。
「それで、今日は何するんですか?」
「今日はね。まず発声練習をして、それからそれぞれの担当の練習でもしようかな。じゃあ君たち、屋上見てみる?」
「屋上ですか?」
私が言うと、先輩は普段よりさらに明るい笑顔で答えた。
「うん。ここの後ろ。今日は晴れてるから、きっと気持ちいいよ」
そう言って部長が部室の奥にあるドアを開ける。その瞬間、視界がぱあっと明るくなった。屋上には柔らかい日差しが降り注いで、薄暗い部室とは全く違う。その向こう側には校舎があって、教室のドアから出てくる生徒たちの姿が見える。そして両側には山と海、そして上の方には青い空が見えた。もしかしたら私、今までで学校の屋上ってはじめて来たかも。端の方まで行って景色を眺めていると、時々風が吹いて気持ちいい。
「いいですね、屋上って」
「だろ?」
気づくと部長が隣に来ていた。
「それじゃ、発声練習始めまーす!」
部長が全員を見渡してから声を上げる。
それから私たちは、みんなで発声練習をした。私は初めてで、最初はついていくのがせいいっぱいだった。でも、先輩たちに教えてもらって少しできるようになった気がした。
その後私たちが部室で練習を続けていると、BGMのセレクトを終えた部長がこっちにやってきた。
「おっ、頑張ってるなー!」
私はそんな先輩を見て尋ねる。
「ジャック部って、いろんなBGMありますよね。どこから持ってくるんですか?」
「ああ、ここにあるのは大体氷室が作った曲だよ」
「えっ、先輩って曲作ってたんですか?」
私は驚いて声を上げる。
「そう。この前の新入生歓迎会で流したBGMも、あいつが作ったんだよ」
「全然知らなかったです。どうして言わなかったんですか?」
すると、さっきから話を聞いていた氷室先輩がこっちを向いて口を開く。
「だって、私が作った曲だとわかったら、みんな私に気を使うでしょう? そしたら、正当な評価がされなくなるわ」
するとそれを見て、部長がいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「またまたそんなこと言って。本当は、みんなに知られるのが恥ずかしいだけだろ?」
「違うわよ……っていうか、余計なこと言わないでくれるかしら?」
氷室先輩はそう言うと、機械の方に視線を戻してしまった。図星だったみたいだ。氷室先輩って、意外と分かりやすいなあ。私はそう思って、サエ先輩に気づかれないように笑みを浮かべた。




