ジャック部との出会い
以前に投稿したものを少し修正したものです。元の作品自体は数年前に書きました。至らない点もあるかと思いますが、お読みいただけましたら幸いです。
私は高校に入ったら、何か新しいことを始めようと思った。ここまで帰宅部一筋でやってきたけど、そろそろ私にもその時が来たと思う。だって、今日からはこの高校の生徒になるんだから。私はそう思って、背中越しに校舎を見上げた。入学式でもらったパンフレットには、授業のこと、学校生活のこと。そして部活動のことが書かれている。そんなわけで私はその中から、すでに面白そうな部活をリストアップしてある。あとはこれを参考にして、とりあえず全部回ってみるだけ。ざっと十個ぐらいはあるけれど、たぶんいけるはず。よし、完璧。
新しいカバンにつけたストラップが、太陽の光を浴びてキラリと光った。今日は友達もできたし、新しい文房具も買ったし、校舎も見て回ったしすごく楽しかった。これからも楽しみだな。
「それで、もう部活は決まったの?」
「まだ」
「だろうと思った……」
高校に入学してから初めての授業の合間の、初めての昼休み。私は中学からの友達のエミといっしょにお弁当を食べることにした。
私が部活動見学ツアーを始めて早一週間。私はいまだに、部活を決められずにいた。興味があるところは大体回ったんだけど。それで、私はエミに見学に行った部活のことを話していたところだ。
「それでさ、エミもどっか一緒に入らない?」
「どっかって……。どこに」
「まだ決めてない」
エミはあきれた表情を浮かべた。
「それじゃあどうしようもないじゃない……。どっちにしろ、私はもう吹奏楽部に入るって決めたからね」
「そっか、楽器続けるんだ」
「うん。やめようかとも思ったけどね。やっぱり、好きだからさ。クラリネット演奏するの」
「ふーん、エミはすごいなあ」
私にも、前から続けてることとかあったらいいのに。そう思っていると、エミがふと口を開いた。
「そう言えばさあ、ジャック部って知ってる?」
「ジャック部? 何それ」
「なんかさ、去年出来たばっかの部活で、行事とか、あとお昼休みのときとかに校内放送をジャックしたりしてるらしいよ。まあ、実際いるかどうかは分かんないけど」
「そうなんだ、面白そうだね」
「そう言うと思った。でもあんた、あんま目立つ方じゃないでしょ」
「うん。そうだね。めんどそうだし」
「でしょ。それに、なんかまともな部活じゃなさそうだしさ。もうさ、今まで行ったところで決めちゃえば? 興味あるところは大体見に行ったんでしょ」
「そうだよね。また考えてみるよ」
私はそう言いながら、お箸でお弁当の卵焼きをつまんだ。
その日の放課後。エミは吹奏楽部に行ってくるというので、私は一人で帰ることにした。打ち込めることがあるって、いいなあ。私には、何もないから。
それにしても、今週は忙しかった。いろんな部活に行って、いろんなことをした。いろんな人にも会えた。でも、私のやりたいこととは何かが違う。
「つまんない……」
私は誰もいない通りで、そうつぶやいた。
今日は新入生歓迎会というものがあるらしい。午前中は行動で部活動紹介と合唱部や吹奏楽部による歓迎演奏を行い、午後はクラスのみんなと過ごすそうだ。私はクラスで整列して講堂に向かった。
しばらくして、新入生歓迎会が始まった。部活動紹介も見てみたけど、大体知ってる部活だった。歓迎演奏も終わったし、次は何があるんだろう。
「それでは、生徒会長より、あいさつと生徒会活動の紹介があります」
ステージを降りたところに座っていた先輩が、ゆっくりと立ち上がって壇上に向かう。落ち着いた足取りでステージに上がった男子生徒は、一言で言えばいかにも生徒会長って感じの人だった。黒髪に黒縁眼鏡。全く着崩していない制服は、まるでサラリーマンのようだ。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます」
生徒会長はしばらくありきたりな話をした後、もう一度口を開いた。
「それでは、我々生徒会の紹介をさせていただきます。本校の生徒会は、生徒会役員と生徒会執行部からなります。生徒会役員はわたくし生徒会長と生徒副会長、会計、書記の四人から成る組織で、生徒会活動の方針を決めるための会議を行っております。生徒会執行部は各学年五人程度から構成されており、普段の学校生活や行事などにおける業務を行うことで、皆さんの学校生活を向上させるために努めています。また、月一回の生徒会新聞の発行と、週一回の校内放送も行っております。そして……」
生徒会なんかもけっこう面白そうだけど、忙しそうだよね。いろいろと、面倒だし。私はそんなことを思いながら、ただただなんとなく話を聞いていた。
「それでは、これで部活動紹介を終わらせていただき……」
「ちょっと待てよ!」
すると突然、講堂に大きな叫び声が響いた。あたりが急にざわめき始める。
「俺たちの紹介が、まだ終わってないだろ!? まさか、忘れたわけじゃないだろうな」
声がするのは二階のステージ横からだろうか。マイクを通していないはずなのに、どこまでも響く声。こんなに大きな声で叫んでいるのに、むしろそのさわやかで明るい声は心地よい印象さえ受けた。
「しまった……ジャック部か……!」
生徒会長がかすかにつぶやく。その声は、マイクを通して私たちにも届いた。
「えっ、ジャック部って、あの…!?」
「うそでしょ、ほんとにいたんだ……!」
さっきまで静かに話を聞いていたみんなが、お互い顔を見合わせてあちこちで話し始める。生徒会長が焦ったようにステージ横へと走り出そうとした、その時だった。
突然、一人の男子生徒がステージの横から思いっきりジャンプして飛び出してきた。会長にぶつかりそうな距離まで近づくと、鮮やかに体を翻してマイクを奪い取る。そして、そのまま軽々とバック転を決めて見せた。講堂からは大きな悲鳴と歓声が上がる。
鮮やかな赤のパーカーに、着崩した制服。腰には大量のチェーン。人好きのしそうな、明るい表情。その人はマイクの長いコードを翻すと不敵な笑みを浮かべて、そしてこう言った。
「ここからは、俺たち、校内放送ジャック部がお送りします!」
これが……ジャック部……!? 私はその言葉に、思わず息を飲んだ。
「それじゃあ、準備はいいかな? じゃ……始めるよ。Music,start!!」
その人のどこまでもさわやかで明るい合図が講堂に響く。その声に、再び会場がざわめいた。何だかその一言だけで会場の空気が変わったような気がした。ここにいる全員の視線と、注目がその一点に注がれる。私も思わず、その声の主に目を向けていた。と、同時に、どこからかアップテンポなBGMが流れ始める。
するとその人は観客全員に向けて、満面の笑顔で応えて見せた。明らかに、余裕だ。
この人は確実に、みんなの心を動かしている。しかしそんなことなんてまるで気にしない様子で、その人はまた口を開いた。
「新入生のみんな、ご入学おめでとう。DJは俺、部長のヒロキと!?」
そう言って、マイクを講堂の後ろに向ける。みんなが一斉に後ろを振り向く。すると、そこにはマイクを持った女子生徒が立っていた。いつの間にそこにいたんだろう。
「二年のリオナです!」
ふんわりとしたロングヘアーに、細い編みこみが入っている。その笑顔と明るい声は、まるでアイドルかアニメのヒロインのようだ。
すると突然、ステージ横から生徒会長の叫び声が響いてきた。
「おい! 何やってるんだ、早く止めさせろ!」
「ダメです、鍵が……」
しかしそんなことは全く聞こえていないかのように、その先輩は嬉しそうな声を上げてステージの方へと駆け寄る。
「すごいです、すごいですよ部長!」
「ん? 何が?」
部長と呼ばれた人が不思議そうに答える。
「新入生が、こんなにいっぱい……。私、びっくりしちゃいました!」
「うん、そりゃ新入生歓迎会だから、新入生はいっぱいいるだろうね」
「それはそうですけど。でも、すごいじゃないですか」
「そうだな。こんな多くの人たちの前で話せる機会なんて、そうそうないもんな! みんな、聞こえてるか―い!?」
すると、周囲のノリの良い生徒たちがおおおおっ、と歓声を上げる。
「……二人とも、もっとまともに紹介できないの?」
今度は正面にあるスピーカーから、凛とした透き通るような声が響く。その途端、みんなが一斉にその方を向いた。
視線を動かさなくても音は聞こえる、はずなのに。その声だけで、私も含めた全員の視線が動かされていた。その反応を感じ取ったかのように、ジャック部の部長が二階のステージ横に向けて勢いよく腕を広げた。
「そしてあそこで今、音響をやってくれてるのが?」
「氷室冴。副部長。機械担当。よろしくね」
「俺たちジャック部は正式には放送同好会。ちゃんと学校にも認められた組織なんだ。今はまだちゃんとした活動ができない状態だけど……。そしてジャック部はお昼休み、朝礼、イベント……。あらゆる放送をジャックして、放送を行っているんだ!」
「今行っているこれも、活動の一つなわけですね、部長!」
「そうさ。俺たちは放送をするために、放送をジャックする。それだけなんだ」
「つまり放送が大好きってことです!」
「その通り。そして俺たちの活動のテーマはずばりみんなを楽しませること。だから、楽しいことが好きな人は、みんな、ジャック部に来てね!」
二人がそう呼びかけた、次の瞬間。私たちの上から、大量の紙吹雪が降り注いできた。みんなから再び歓声が上がる。ステージの上では部長とリオナと呼ばれた先輩がこっちを見ながら誇らしげに立っている。二階の観覧席からは、大人びた雰囲気の女子生徒が私たちを見下ろしていた。もしかしてあの人がさっき言ってた、ジャック部の副部長なのかな。
そんなことを思っていると、私のところにも紙吹雪が降ってきた。ひらり、と私のスカートの上に舞い降りてきた紙切れ。そこには、「ジャック部部員募集中 音響室まで来てね」と書かれていた。
「これで、新入生歓迎会を終わります。新入生の皆さんは各クラスの先生の指示に従って行動してください」
生徒会のアナウンスが流れる。講堂はまだざわめいていた。そんな中、私はなぜかそれとは違うざわめきを心の中で感じていた。
「チハルっ! すごかったね、今の! っていうかなんなのあれ!?」
「エミちゃん……」
「ん? どしたの?」
私は今まで、何も頑張ったことがなかった。ずっと目立たない自分のままでもいいって、それが自分だって、そう思ってた。でも心の奥では、好きなことをして、充実した毎日を送って、みんなに注目されて……。そんな人がずっとうらやましくて、憧れてた。だけどやっぱり、やりたいことなんて見つからなかった。でも、私、今……。
「やりたいこと、できたかも……」
「ええっ!?」
注目されたいなら、注目される部活に入ればいい―。
これが私のターニングポイントになるかもしれない。私はなんとなく、でも確かにそう思った。




