第一話 4
見つけた、見つけた。
やっと見つけた、いけない子。
死にたがりの、ホントに死んだいけない子。
待っててね、待っててね。
わたしが今、生まれ変わらせてあげるから。
死にたがりの、ホントに死んじゃうような。
何度だって、死んじゃうような。
何度だって死ぬために、何度だって生まれ変わっちゃうような。
そんな、とってもとってもいけない子に。
だって、わたしたちは共犯者だから。
わたしは〈少女〉、あなたは〈少年〉。
あなたが再び誕生する時、
わたしは聖なる母になる。
だから、わたしに聞かせてよ。
あなたのいけない、産声を。
だから、わたしに見させてよ。
あなたのいけない、御姿を。
あなたの〈欲望〉は、あなたのもの。
わたしの〈欲望〉も、あなたのもの。
だから、あなたはとってもいけない子。
だから、わたしもとってもいけない子。
あなたとわたし、〈少年〉〈少女〉。
ここはいけない子らの、いけないセカイ。
だからあなたは、
とってもステキな、
いけない子。
※
ここはとても静かな場所だった。
真っ暗闇で、空気を抜かれたように物音一つせず、それ以外にはなにもない。なにもなさすぎて、今こうやって思惟してる自分自身さえ実は存在してないんじゃないかという気分になってくる、そんな場所。
なるほど、ここは確かに「死後の世界」としてはなかなか上出来だった。
ただ一つ、実際のところ、俺は死んではいないという点を除いては。
ここが右なのか左なのか上なのか下なのか立っているのか寝ているのか浮いているのか。そういったことはさっぱり分からない。
分からないが、取りあえず「我思う故に我有り」という意味で、少なくとも完全には死んでいないことだけは、なんとなく分かっている状態だった。
身体を動かそうにも、身体の手応えは全く感じることが出来ない。結局はここで、「我有り」をやっているしかなさそうだった。
恐怖は感じなかった。というよりは現実感を感じなかった。そもそもこんな場所のどこに「現実」が存在するのだろうか。
俺の「身体」、「みぞおち」の辺りに「大きな穴」が空いたのはその時だった。穴。例の屍肉の怪物。それが操る触手に空けられた、派手に大きな穴である。
――ドッ!
それと呼応するように、俺の「心臓」が一つ高鳴った。高鳴る、というのは、俺の心臓の鼓動音が辺り一帯に響き渡る、という意味だ。身体が大きく振動し、高く跳ね上がる。
その一回を皮切りに、心臓が鼓動を始める。
それは、鼓動という形を取った暴力だった。
一回一回の鼓動が巨人の足音のような騒音であり、しかもタガが外れたように速い。俺の身体が暴力的に揺れる震える跳ね上がる。常軌を逸脱した痛みが全身を駆け巡る。
この段になると、もはや俺の「身体」ははっきりと存在感を顕わにした。
「みぞおち」に空いた「大きな穴」を起点に、俺の身体が、心臓の鼓動に合わせて、俺ではない肉体に変質していく。俺の肉体が液状のようななにかになり、それが絶え間ない伸縮を繰り返しながら徐々に、徐々に膨張していく。それらの動作の一つ一つが、巨大なベルトコンベアーに押しつぶされるかのような激しい痛みを伴っていた。
俺の肉が、細胞が、存在そのものが、好き勝手に、明確な悪意を以って変質していく。
まず始めに恐怖があった。このままいけば、自分が本当に死んでしまうことは明白だった。
しかし、俺の胴体が巨大な風船のように膨れ上がった頃には、それが快楽になっていた。
俺の身体に死が迫っている。
俺の身体に死が迫っていた。
俺の身体そのものが死という容態に移っていくのがはっきりと自覚される。
こンなのは、間違っている。
それどころか、明らかに狂っている。
にも関わらず、自分の身体が死に近づいていっていることが、気が狂うほどに嬉しくて、嬉しくてたまらなかった。
死かもただ死ぬのではなく、自分の中に生まれ出つつある威容なるものに飲まれるようにし手、自分の存在そのものが滅死ていく。
自分というちっPOけ那存在が、偉大なる存在によって、至上の絶望感に踏みにじられて死ヌこt。
これこそが俺の望みであって、コれ以外に俺がイきている意味なんてなに一tなかっタノdハナイカ?
デも、
そレh、
――イっタ異なンデ?
急激に俺の意skg――メテ! 意 シk g ――サン、オカ――! ナンデ 芽ツれ突 イヤダ コ0イy 4ヌ 解仏 狂馬ニ シヌ オ÷ 大奇異 シニタイ オネエチャン シ塗 ヤメテ ヤメテ
オネガイダカラ、ボクヲコロシテ。
「大丈夫だよ」
俺の意識に微かな少女の声が触れたその瞬間、途切れ途切れになっていた俺の意識が嘘のように明瞭になる。
「狹間田遊里は、死にたがりのいけない子なんだから」
霞んでいるはずの視界に、一人の少女の姿が明瞭に浮かぶ。
銀髪の少女。
現実味をまるで感じさせない、異界からの使者をさえ思わせるような、少女。
その肌も洗練されたフランス人形のように白くきめ細やかで、その姿形も明らかに日本人離れしていたが、俺にはその少女がとても近しい存在のように思えてならなかった。
近しい。そう、俺にとってこの少女は、なにか、限りなく俺に近い存在であり、そして、まるで運命のように美しい存在に思えた。
白くきめ細やかな肌と、元は美形であったことを思わせる顔立ちの、その全てを台無しにするような、爛れた顔の傷。
そのような顔で微笑むこの少女の存在は、まるで俺のみぞおちを貫いた屍肉の怪物のように醜い存在であるはずだった。
しかし、どういうわけか――だからこそ、この少女の存在が、これ以上なく、美しい存在であるように思えた。
可能であれば、俺はこの少女に跪き、彼女の醜い傷を隅々まで丹念に舐めまわしたかった。愛を込めて。永遠の寵愛の誓約を込めて。
この感情を理解することは、きっと何者にも不可能であるに違いなかったが、
そしてそれ故に、世界中から異教徒のように排斥される自分自身の様を自覚できたが、
だからこそ、俺は、この感情を、そしてこの少女を、何者にも代えがたい、至上の存在であるのだと確信した。
少女は、軽やかに俺の下に近づき、そして、その小さな両腕で俺の醜く肥大化した身体を包容する。少女の両腕は、背中に手を回すどころか、脇腹にすら到達しなかったけれども、それでも、少女の体温が、その鼓動が、俺の身体に浸透していくようだった。
少女は、そっと、俺の身体に口づけをした。彼女の唇が触れたところが、微かに熱を帯びるのを自覚した。まるでそれは、恋のように、愛のように、心地のよい熱だった。
「だから、わたしが満たしてあげる――狹間田遊里の、いけない、いけない、欲望を」
囁きが、角砂糖のように俺の意識へと溶けてゆく。溶けゆく囁きが身体全体に浸透して、変質し肥大しきった俺の身体を震わせているのが微かに、しかし確かに感じられる。
――見つけた、見つけた。――
そして少女は詩を口ずさみ始めた。
俺の身体に何度も口づけを施しながら。
俺の、足元に、脚に、臍下に、指先に、脇下に、首筋に、耳に、頬に、額に、瞼に。
少女の小さな身体では、俺の臍下から上に口づけをするのは不自然であるはずだが、少女の唇は確かに触れていた。少女の薄い唇が触れて、その体温が身体に浸透していく。そして、時に少女は俺の身体に、赤く、小さな舌を絡めた。愛おしそうに、少女の感触を、俺の身体に刻みつけるように。
とても小さな声で唄われる少女の詩は、俺の意識にもボソボソとしてはっきりとは届かない。しかし、その言葉の一つ一つが、俺の身体の、細胞の一つ一つの、存在の、定義を変えていく。
俺の身体が徐々にその体温を上げていく。まるで火照っていくように。その火照りはやがて熱となる。
肉体の、細胞の、存在の、歓喜に導くかがり火として伝達されていく。
静かになっていた俺の心臓が、再び、激しく、速く、鼓動を打ち始める。
俺の心臓の鼓動音が辺り一帯に響き渡り、身体が鼓動の振動で大きく揺れる。
俺の身体の変質も再開される。液状のような状態となった俺の身体が絶え間なく伸縮していく。
しかし、今度は痛みはなかった。むしろ圧倒的な快楽だった。つい先程まで繰り広げられていた変質がまるでまやかしのようにさえ感じられる。
俺の身体の変質に、悪意は欠片も感じられない。むしろ、俺の中に眠る本能がそうさせているようにさえ感じられた。
例えこれもまたまやかしであったとしても、それでも構いはするものか、とさえ思った。
俺のこの熱は、全身が訴えかける躍動は、俺の、俺自身の、本能の産物なのだから。
それはすなわち、俺の存在の何もかもを肯定するような歓喜だった。
――あああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!
俺は叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ!
最早俺の存在は完全に定義された!
熱い!
あつい!
アツイ!
身体が熱い!
この熱に身を任せたくて仕方がない!
熱! 俺の熱! 俺の本能の熱!
俺の本能の本能による本能のための熱!
はちきれそうになる俺のこの情動を、この甘美鳴る情動を、開放せずにいられるか!
瞬間、この真っ暗い世界が、足元から粉々に砕け散った。
「いってらっしゃい、わたしの愛しい、いけない子」
俺の意識が真っ白にはじけ飛ぶその瞬間、俺の意識を震わせたのは、少女の、まるで聖母の福音のような声だった。