夢の中から
テレビドラマの行方を見守るのが一日の終わりの仕事で、それが終われば円奈はルーチンに則っているように二階に上がる。
今日は一足先に姉は部屋に戻っている。テストが近いとか言っていた。代わりに録画しておいて、と言われていたからには後で姉も観るのだろう。テストで構ってくれない姉にネタバレでもしてやろうかと思ったけれど、今日はもう眠いので明日の朝、することにした。
きっと憤慨することだろう。
それを考えるのはちょっと楽しい。
コン、コン、と姉の部屋の扉をノックする。
その音すらも眠たそうだ。
扉の内側からくぐもった返事が、というか、録画してくれた?と確認の声がする。
円奈も扉を開けないまま、うん、と答えた。
「お休み、お姉ちゃん」
「お休み、円ちゃん」
さ。
明日はまた学校だ。
やだやだ、勉強なんてめんどくさい。
そうして、いつものように、いや、本当にいつも通り円奈は自分の部屋で、自分のベッドで眠った。
はず、なのに。
ぱちり、と目が覚めた。
トイレに立つときよりもはっきりと、頭は起きていた。
なのにどこか麻痺するように霞みがかっている。
視界が、ではない。
判断能力が。
「起きて、下さいましたか」
半身を起こした円奈のすぐ側に、女の子が一人座っていた。
円奈と目を合わせると、ほっと、溜息をもらす。
やけに透明な感じの、女の子だ。
女の子と表現するが、円奈より少し年上のようで、ちょうど姉と同じくらいに見える。
姉ではない。じゃあ誰だ。
こんな人、知らない。
どこだ、ここ。
手にひらはベッドのスプリングなどではなくて、ざらついた敷物の質感を押し返す。
石造りの部屋に、二人きりでいる。
薄汚れた色合いと、狭さがとても何か、に、よく似ていると思った。
その何かが、思い出せない。
儚げな少女が、唇を震わせる。歓喜の笑みを浮かべて、円奈に頭を垂れた。
「伝説の、救世主様。
私たちの世界をどうかお救いください」
救世、主?
世界?
「え?
なに、言っ─────」
肩をも低く下げた少女に手を伸ばしかけて、その前に少女の肩が円奈の元へ近づく。
身を屈めた不自然な姿勢のまま、倒れこむ少女が、円奈の膝に血を吐いた。
「え?え?え?
だ、大丈夫?ねえ、大丈夫?」
傷ついた内臓から大量の血を吐き、痙攣を起こしている少女を揺さぶる、が、答えはない。
背中をさすろうとして、ようやく、彼女の変調を来したものの正体を知った。
背中に刺さった、巨大な矢。
「う、うわあああああああああああああっ!!」
どん、と突き飛ばしても、少女はもうぴくりともしない。
目を見開いたまま、死んでいた。
立ち込める血の臭いから、這いずるように遠ざかる。けれども、そもそも円奈の身体に降りかかった血は逃げてもどこまでもついてくる。
引きつけを起こすように深呼吸を繰り返して、鼻の奥、肺の深くに染み付いた鉄錆に似た臭いを追い出そうと試みて、もう一つの事実に気付いた。
円奈を最初に起こしたもの。
今は死んだあの女の子の呼び声などではない。
焦げた臭い。
炎の爆ぜる音。
燃えている。
────石壁の牢屋の中、炎に囲まれていた。