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黒兎の御伽噺  作者: 白烏黒兎
黒兎
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第四章 人間と魔法

2話連続投稿です。

一つ前のお話からお読みください。

「はは、今度は生き延びてやったぜ」

 川の流れに沿って歩く黒兎はそう(こぼ)した。

 脳裏に思い浮かぶは自分を殺した通り魔。

 あれはもはや戦いなどとは言えない一方的な殺戮だった。

 だが先ほどの怪我は無かったとはいえ、あの命の()り取りは戦いだった。

 自分に角を生やす能力が無ければ受け流しを出来ずに死んでいただろう。

 そんな薄氷を履むような戦いの結果だが、それでも生き延びたという事実は黒兎にとって大きかった。

「これからどうしようか……」

 流石に肉体的にも精神的にも疲れた。

 食料(くさ)と水はもう確保したといってもいい。

 あとは休むための住処だ。

「……そういえば兎の棲家(すみか)ってどんなもんだっけ?」

 親兎の棲家が思う浮かぶが、あんな洞窟がそこらにあるとは考え難い。

 古い記憶にテレビのワンシーンが映る。

「たしか地面とかに蟻みたいに集団で穴掘ったのが棲家だったか? たしかアナウサギって言うのがそんな感じだったはず……」

 初めてこの世界で目覚めたときの状況を思い出す。

 自分を生んだであろう親兎と兄弟であろう兎たち。

「……たぶん集団生活をしているんだろうな」

 そうなると困ったことになる。

 自分の体毛というか体色は見える範囲では真っ黒だ。

 耳も黒けりゃ目も黒い。

 対する他の兎は基本全身真っ白、目は真っ赤の日本でよくイメージされる兎だ。

 そんな彼らが集団生活を営んでいるとすると非常に困る。

 親兎たち同様、まず確実に敵対するだろう。

 集団の中の異分子は排除されるのが自然の摂理なのだから。

「うーん。これじゃ棲家の間借りはできなさそうか……。自分で掘るしかないのかなー」

 掘るとしても場所をどこに決めるのか。

 そんなことを考えながら黒兎は歩を進める。

「なるべくあの狼とか子鬼たちが来ないような場所が――っ」

 そんな独り言を呟く黒兎の耳にある音が届いた。

 それは黒兎にとっては予想外のそれでいて慣れ親しんだ音だった。

「――あっちか」

 その音に惹かれるように黒兎は歩みを進めた。


          ●


「おいおい、ここは本当は地球なのか?」

 木の根と草に隠れながら黒兎はそれらを眺めていた。

 その視線の先、そこには。

「うわっ。虫に刺された」

 そういって差し出す腕には赤い点が浮かんでいた。

「だから長袖にするか虫除け持っとけって言っただろうに」

 それを見て呆れたように返した。

 そんな反応に不満なのか頬を膨らませながら腰のポーチから小さな箱を取り出した。

「一応この虫除け軟膏塗ったんだけど」

「一山いくらで売ってたやつだろ。それ見習いが作った習作だぞ。街中とかなら十分だけど、外じゃ効果は薄いな。いわゆる安物買いの銭失いってやつだ」

 うそ……。と愕然とする姿にそれは失笑する。

 そんな光景が目の前で繰り広げられていた。

 そして聞こえる会話は全て生前慣れ親しんだ日本語だった。

「人じゃ……人がおる」

 思わず老人のような言葉になってしまったが、そこには確かに人が居た。

 男女2人、見た目からして若く20前後といったところだろうか。

 服装としては両者共にジーンズのようなものを履き、上半身は男性は迷彩柄の長袖にベスト。女性は半袖のシャツに袖なしのカーディガン、ブレスレットなどのアクセサリーを幾つかというものだった。

 狼や子鬼が居るこの森にまるでハイキングにでも来たような格好だ。

「……腰のあれって拳銃か?」

 黒兎が気になったのは2人の腰に巻かれたウエストポーチだ。

 形状として水筒らしきものを入れる部分と先ほど軟膏らしきものを入れている部分が複数。

 おそらく食料や薬品などが入っているのだろう。

 そして男の横腰に下げられたソレはテレビドラマなどでよく見たホルスターというものだろう。

 というか拳銃らしきものが入っているのは確認できる。

 止め具らしきものが外れているので有事の際には即座に引き抜けられるだろう。

「男は拳銃、女にいたっては丸腰。子鬼や狼に出会ったら一巻の終わりだぞ」

 (かゆ)いのか腕を掻こうとする女を男が腕を(はた)いて止めさせる。

 涙目になった彼女に男はため息を吐くと自らのポーチから小さな箱を取り出す。

 それは軟膏の容器らしく彼女は笑顔で塗っていた。

「緊張感の欠片もないな、オイ」

 それでもこの世界の何かしらの情報が得られることを期待して2人の後を黒兎はつけていった。


          ●


「次からはちゃんと準備しとけよ」

「はいはーい。次回はちゃんと確認してから買いまーす」

 一応忠告するが、軽い感じで返される。

 そんな彼女に思わず脱力してしまう。

 あまりにも軽いので普通なら本当に理解しているのか不安になるが、彼女は一度した失敗は繰り返さないことを知っている。

「まったく、いつもはちゃんとしたの買ってなかったか」

「だってさー、この前の事件のせいで食べ物値上がっちゃったし。切り詰められるところは詰めないと」

「そうやって装備のために節約するのは分かる、けどそれでいらない怪我したら意味が無いと思うけど」

 うっ、と正論を指摘された彼女は胸を押さえるポーズをする。

 そんな彼女をスルーして彼は話を続ける。

「今回の俺たちの仕事の如何(いかん)によってはその食料の高騰化も早く収まるかもしれないんだからさ、やる気出そうよ」

「そうだけどさー」

 女は何かを思い出したのか顔をしかめる。

「まぁ、俺たち以外にも受けている奴らは沢山いるし、指定の範囲を調べて存在の有無を確認するだけの依頼だしね。街で包囲網張っていたし、こんな所にいるわけないと思うけど」

「居たら困るんだけどね。食料の危機的にも私の精神衛生上にも」

「俺だって居たら嫌だけど、こういうのは早めに確認しないと」

 げんなりしていた彼女を励ましながらのんびり歩く。

 そんな折女がふと男に声を掛けた。

「ねぇ」

「つけられたか」

 そう言うや否やホルスターから拳銃を抜き、後ろを振り向き構える。

「ちょっと気を抜きすぎたね」

「はぁ、いくら初心者の領域だからって集中を切らすとは。こりゃ鍛錬のやり直しだな」

 構えた拳銃の外装は弾倉が内臓されたいわゆるオートマチックピストルというものが近い。

 その冷たい銃口は今2人が歩いていた道に向けられていた。

「ほら、出て来いよ」

 そんな男の挑発に釣られたのか木の影からそれらは現れた。


          ●


「後ろは6体か。そっちはどうだ?」

「前は5体ね。さっきからゴブリンだけが徒党を組んでいるのは珍しいね。この森で何かが起こっているのは間違いないみたい」

 2人を挟むように立つ子鬼(ゴブリン)たちはそれぞれ手製の棍棒やどこから拾ったのか錆びたナイフや半ばから折れたボロ剣を持っていた。

「この情報で追加ボーナスは貰えそうだ」

「他のグループも同じ情報を挙げるだろうから期待は薄いけどね」

「そうなんだよねー……」

 そんな2人の会話が途切れたのを切欠に子鬼たちは動いた。

 だが先手を取ったのは人間の2人だった。

「まずは3っと」

 男の宣言に合わせて音が鳴る。

 火薬の破裂したような乾いた音ではない。

 むしろエアソフトガンのエアーが弾けるような高い音だ。

 しかし威力は本物なのか子鬼は頭蓋から青い血を流し地面に倒れ伏す。

「そして2」

 続けて2発の発射音。

 仲間の突然の死に動揺した2体が側頭を撃ち抜かれて倒れる。

 そんな中1体の子鬼が武器を振り上げ男に肉薄(にくはく)する。

 手には半ばから折れたボロボロの剣。

 だがそれを振り下ろすことは出来なかった。

「丁度いい位置」

 迎え撃ったのは男の蹴り。

 厚底のブーツは子鬼の胸に当たるとまるでボールのように打ち上げた。

 自らの突進の威力と蹴りの威力の相乗効果は子鬼の身体から何かが折れる音が響く結果を生んだ。

 その感触が不快なのか男は眉をひそめる。

 そして宙に浮いた子鬼に銃口を合わせ。

「はい、終わり」

 一発の銃声。

 それは子鬼の頭を撃ち抜きその生命を終わらせた。

 周りを見渡し増援等が居ないことを確認してから拳銃をホルスターに仕舞う。

「そっちは?」

 振り向き相方に話しかけた。

 丸腰のはずの彼女は笑顔で答える。

「今、終わったとこ」


          ●


「そうなんだよねー……」

 どことなく残念な気持ちが籠もった言葉。

 自分も同じ気持ちだから良く分かる。

 目の前には5体の子鬼。

 そいつらは得物を構えて走ってくる。

「まだ探索時間あるし節約しないとね」

 そんな彼女に呼応するかのように、光るものがあった。

 それは手首のブレスレット。

 装飾された石が光を持ち力を秘める。

 彼女は石へ命令する。

(かま)え」

 たった一言。

 だがそれは力を持った言葉

 その一言で彼女は準備を終える。

 女の目の前に現れたのは幾何学模様の光の陣。

 彼女は陣に右手を通し、右肘まで入れた。

 陣を抜けた手はまるで刺青を入れたかのような何本もの線が肘から指先まで枝分かれをしながらも伸びていた。

穿(うが)て」

 その言葉に呼応するかのように腕の線が光る。

 手のひらの先に現れるは拳大の光の弾。数は5。

 それは形を得たと同時に飛び出す。

 子鬼達は光弾に対してのそれぞれの対応をとった。

 ある子鬼は得物を盾のように構え、ある子鬼は得物を光弾に叩きつける、またある子鬼は回避しようと転がった。

「はい、お終い」

 果たしてその宣言どおりとなった。

 ある光弾は盾になった得物ごと的を貫き、ある光弾は得物を破壊しながら的を貫き、またある光弾は動いた的を追いかけて貫いた。

「威力もあるし使いやすいんだよねコレ」

 そう呟きながら陣から腕を抜く。

 用が済んだ幾何学模様の陣は宙に解けるように消えた。

 そして彼女の腕に線は無く、ただの女性の腕に戻っていた。

「そっちは?」

 掛けられたのは相方の声。

 後ろの子鬼は全部倒したのだろう。

 仕事が早いことはいい事だ。

「今、終わったとこ」


          ●


 人間2人による圧倒的蹂躙。

 それを離れたところから眺めていた一匹の兎は戦慄していた。

「なっ……なんじゃありゃぁあ!?」

 それは思わず出た一言。

 たった今起きた出来事に黒兎の小さな脳は混乱していた。

 男の銃に関する技量は素人目に見てもかなりの腕前だし、女に至っては少なくとも黒兎の常識にとっては科学で説明できない異常なものだ。

 ……あれって魔法? いや、威力的には魔砲? ――とにかく、今は見つからないようにするのが吉かな。

 今の自分の姿は兎だ。それもたぶん色違いの。

 ネット小説などでは初心者が食用と練習のために狩る獲物という立ち位置がおおい。

 下手に姿を現せば食材として狩られるかもしれない。

 そうでなかっとしても他とは色が違うこの自慢の毛皮を狙われるかもしれない。

 おまけに先ほどまでの会話から察するに、あの二人の様な人間が複数森の中に居るようだ。

 狼や子鬼だけではなく人間という上位存在が森に増えた事実に気が重くなってくる。

 ……これ以上後をつけるのは危険そうだし、早めに寝床を確保したほうが良さそうだ。

 離れたところから見ているだけでも2人は先程と違い周囲に気を配っているのがわかる。

 下手に追跡すれば的として身体に風通しのいい穴が増えそうなので諦めるしかなさそうだ。

 ……とりあえず川に沿って場所探ししますか。

 そうと決めた黒兎はその場で反転し川があった方角へ走っていく。

「――お?」

 途中木々の間から一瞬だけ見えた2人がこちらを見ていたような気がしたが、

「気のせいか。流石に気付かないだろ」

 追ってくる気配も無かったので気のせいだと判断した黒兎は、森の中へと消えていった。


          ●


 それに気付いたのは偶然だった。

「…っ……な……ゃぁ……ぁ!?」

 瞬殺だったとはいえ戦闘のために鋭敏化した感覚が、消え入りそうなそれを拾っていた。

「――今どこから声が聞こえたような?」 

「うん、私も聞こえた」

 2人は周辺を見渡す。

 子鬼の増援や血の匂いに惹かれてきた別の敵かもしれない。

 そんな警戒をしていた2人が同じ方向をみたのは経験なのか直感なのか。

 木々の間をよぎったソレを見た。

「……今の見えたか?」

「……うん、黒い影が一瞬」

 ソレに思い当たる節があるのか2人のその表情は固い。

「ねぇ、今のってまさか……」

「ああ、この森であんな色した生き物は見たことない。たぶん当たりだ」

「そんな……」

 女は今見てしまった光景を信じたくないのか、何度か目を(しばたた)かせている。

 そんな様子を横目に男は告げた。

「報告に戻るぞ『デビルローチ』が出た。急がないとまた食料が喰われるぞ」

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