第十二章 人
枯れ枝を乗り越え、草木を掻き分け、足を動かす。
動き慣れた森の中とはいえ、それはここに住む他の魔獣や動物も条件は同じ。
鉢合わせてしまわないよう注意を払って進む人間。
男だ。
厚めの長袖、長ズボンに、ベストと帽子。
それらは橙色や黄色といった目立つ色で染まっていた。
足に履くのは足袋のように叉割れした長靴のようなもの。
背に負うのは木と鉄で構成される杖状の物体。ライフルと呼ばれる銃だ。
腰に巻いたポーチのベルトには、弾丸とナイフを納めるホルダーが縫い付けられており、その中身もしっかり納められていた。
その姿は猟師といった方が適切だろう。
そんな彼は森の中を当て所もなく彷徨っている訳ではなかった。
「……この辺りで良いか」
呟き、ベストのポケットからそれを取り出す。
それは長方形の木の板。
二枚の薄い板が重なるように、一辺の金具で留められている物。
片手に収まるほど大きさのそれには、木彫りの緻密な装飾が施されていた。
「確かこうやって、これを……」
金具を基点に本を開くように板を開く。
更にポケットから取り出したのは一枚の白い羽。
以前逃げられた時に拾った物だ。
本に栞を挟むように板を閉じる。
「俺のなけなしの魔力だと長時間使えないのが問題か」
板を握る手から何かが抜ける。
抜けるそれは魔力と呼ばれるものだろう。
暫しの間を置いて板に反応があった。
「コイツは便利な術具だな。案内板って言ったか、借り物なのが残念だ」
案内版と呼ばれる板には白く光る矢印が浮かんでいた。
狙う獲物はそう遠くは無い。
「まぁ、こんな災厄製の古代の遺物なんて物を貸してくれる程度にはお貴族様も本気ってか」
金、酒、女。
依頼の報酬をどう使うか。
薔薇色の未来に口の端が吊り上っていた。
●
獲物まであと十メートル。
これまでの経験上、相手に気付かれないギリギリの距離。
木に隠れて双眼鏡を覗く。
彼我の間に乱雑に生えている木々と草のせいで、視界がかなり制限されていた。
が、その白の姿は一部とはいえハッキリと見えた。
「今日は珍しく地面に降りているな……」
今まで枝の上で逃げ回られ、撹乱されていた事を考えれば千載一遇の好機であろう。
「喋る鳥一匹を生け捕りで五百万、死体でも三百万とはな……、珍しいとはいえ金持ちの考える事はわからねぇな」
喋るだけの白鳥一匹に掛けられた価値。
始めはもっと低かった。
上がった理由は報酬交渉の際に、欲を出して報酬の吊り上げの要求。
そこから少しづつ値段を下げ、報酬を増やそうとした浅知恵は無意味だった。
『では、そのように』
交渉の相手が依頼主からの使者とはいえ、主に確認もせずに即決したことから、相手にとっては簡単に用意できる金額なのだろう。
貴族である依頼主にとっては端金でしかないのだろう、けれども自分にとっては年収を超える金額だ。
呆れる程の彼我の格差に嫉妬や羨望が混ざるのは仕方ない事だろう。
「何であれ、金さえ貰えればそれで良い」
頭を切り替え行動を起こす。
案内板を確認する。
浮かぶ白の矢印は今も白鳥に向かっている。
「ターゲットロック」
それは呪文。
先程のように魔力が体から抜ける。
しかしその量は先の比ではない。
頭から爪先まで、全身から抜けていく。
軽い倦怠感を覚えるが堪える、ここで休んでいる暇はない。
『対象の追跡を開始します。効果時間は三十分です』
頭に男とも女ともつかない声が響く。
確か合成音声というのだったか。
響く声に伴って案内板の矢印が消える。
案内板は何の反応も示さなくなったが、これで正しい。
用済みとなった案内板をベストにしまう。
「ははっ、こんな森の中でもはっきり見えるとはな。流石お貴族様の秘蔵術具だ」
自身のほぼ全ての魔力の対価。
それは今、自身の見ている事が答えだ。
「姿が丸見えじゃないか」
どういう原理かは知らない。
白鳥との間には何本もの木々や背の高い草が生えており、姿などほぼ見えない。筈だった。
だが、今、視界には障害物を透過してその姿が、嘴から尾羽まで。
白がハッキリと目に映る。
「確かにこれなら見失うことは無いか」
背に手を回してそれを掴む。
「さてと、今日こそ捕まえてやるぞ」
取り出すのはライフル銃。
狙うは白鳥。
射線を通すため位置を変えようとした時、事態は動いた。
「な、気付かれたか!?」
突如、白鳥が飛び立つ。
それはただ場所を変えるだけではないだろう。
飛び立つ方向は自身と真逆の上、その速さは普通ではない。
「――ここまで来て逃がすか! 待てっ五百万!!」
猟師は後を追う。
両の瞳に金の文字を浮かばせて。
●
この森の中というのは障害物が多い。
樹木に野生動物に魔獣。
移動を制限し足止めに利用できるが、それはこちらにも言えることだ。
「子鬼の臭いが近くなってきた。迂回して足止めして貰おう」
「うん、わかった――っと」
進路上に生える樹木に鴉弥は飛び込んだ。
「なっ!?」
驚愕する悠兎を置いて、鴉弥は枝と枝の隙間を縫うように飛び抜ける。
危険な行動の疑問、それは後方に過ぎ去る光景に答えはあった。
弾ける音とともに幹から木屑が散らばる。
そして遅れて届く乾いた破裂音。
「撃ってきたのか!」
「射線が通ると撃ってくるんだよ。この森の中で精確に撃ってくるから腕は立つみたい」
話しているうちに二発目が飛んで来た。
幹を盾にして危なげなく躱す。
「どうして撃たれるのが分かるんだ?」
走りながら投げかけた問いに、
「えーと、相手の『撃つぞー』っていう気配が分かるから?」
「何そのふわっとした答え!?」
「だって感覚的なものだし――おっと危ない」
話しているうちにまた銃弾が飛んで来た。
既に木の陰に隠れた鴉弥には届かない。
「いつまで追っかけてくるんだコレ?」
「少なくともボクを見失うか弾切れまでは諦めないよ。今までもそうだったし」
「そうなるとあと何発?」
「だいたい30発前後だったかな?」
「まだ一割かー」
四発目が二匹の間を飛んでいった。
「そろそろ子鬼の傍を抜けるぞ」
「了解」
速度を落とさず飛び込む。
「ギ!?」
いきなり飛び込んできた獲物に子鬼は面食らう。
「ゴメンよ!」
その隙を見逃さず角を伸ばし、先端で傷つける。
「ギガッ!?」
痛みに怯んだ隙に横を駆け抜ける。
「後、宜しく!」
その言葉を置いて遠ざかる黒兎と白鳥。
子鬼が突然のことに呆気に取られているとまた音が近寄ってきた。
「――ッ!! ガァッ!」
仲間とは違う足音。
すなわち獲物だ。
今度は逃がさんと意気込んで襲い掛かったが。
「――っ! この!」
疾走する二人の耳へ破裂音が二回届いた。
「あっさりだったね」
「でも距離は取れた」
耳を澄ましても足音は遠い。
だがそれでも。
「一直線に俺達の方に向かってきているな。厄介だ」
少なくとも自身の視界では確認できない。
木々のカーテンがお互いの姿を隠しているためだ。
「さっき、魔法の道具って言ってたよね? それが原因?」
「そうみたいだ。探知魔法ってやつか。使えたら便利だと思っていたけど、使われると面倒だな」
ファンタジーな世界だ、手乗りサイズの探知機があってもおかしくは無いだろう。
「そうなると厄介だな。どうやって振り切ればいいんだよ」
今まで読んだ小説の知識を掘り返す。
音や魔力などの反射によるレーダー式というのは、障害物が多く視界が通っていないにも関わらず精確に追跡しているため違うだろう。
となると、魔力や生命での探知だろうか。
自分以外にも数多の生き物が生息する森の中で特定するというのは可能なのか?
もしそうだとして、魔力や生命力とかどう隠すのか?
結論としては、どう対処すればいいんだそんなもん。といった具合である。
「制限時間とかあればいいんだけど、多分こういうのってあっても長いだろうなー。いっそのこと二人で反撃してみるか? 多少なりとも怪我すれば引くだろうし」
「止めといたほうが良いよ。彼、割とプライド高くて傷つけられたら激昂しちゃうタイプみたいだし。それに君もボクも一発貰っただけでアウトだよ」
「そうだな。俺も銃口の前に飛び出したくないわ」
病院にも掛かれないこんな状況では一つの大怪我が死に直結するだろう。
「そうなると――」
「――彼が先か、ボクたちが先かの体力勝負だね」
「……それしかないか」
単純にして明快な方法。
しかしそれ以外に手段は無かった。
「とりあえず、さっきと同じで子鬼とか身代わりにして時間を稼くか」
「物騒な障害物競走だね」
「配置側が言う事じゃないけどな」
走りながらも鼻をひくつかせ、次なる障害物を探した。
●
破裂音と身を通り過ぎる風切り音。
一回でも当たれば命の危機だ。
「だー! しつこい!」
「今ので26発。あと少しかな?」
根気よく追いかけてくる猟師。
長時間の障害物競走による疲れで追跡する速度は下がっているが、安心できるものではない。
居場所は常に知られており、最短距離で近づいてくるからだ。
距離を取ってこまめに休憩はとれたが流石にそろそろ息が切れてきた。
「……さっさと使い切ってくれよ」
「途中からボクたちの意図に気付いたみたいだしね。威嚇や回避に集中して銃弾の消費を抑えているし、本当執念深いね」
道なき道を駆け抜け、時に曲がりくねって、時に魔物で阻む障害物競走を始めて二十分ほどだろうか。
「あーやっべ」
移動しているうちに空気が変わった。
それは潔癖とまでいえる清浄な空気。
「このままだと詰むかもしれない」
「あ、この方向って確か……」
逃げ回っているうちに自らの首を絞めていたらしい。
「あの黒い悪魔どもが食い荒らした方向だな」
ただでさえ雑食な彼らは文字通り何でも食す。
残さず食べるという精神は素晴らしく、ぺんぺん草一本も残さない。
これが、他人事であれば良かったが、現状草木が一本すらないのは非常に不味い。
遮蔽物の無い中で銃弾を避けるのは至難どころか不可能である。
「この森全体の割合で見れば被害範囲はそんなに広くはない筈なんだけれどもね……」
空を飛んでこの森を俯瞰できるからこその言葉。
「とりあえず距離を詰められるのを覚悟して方向を変えよう」
「それしかないか」
果たしてその判断は遅かった。
向きを変え、駆け出して数瞬。
視界を覆っていた草木が消えた。
「しまった!」
身を守る盾は後方に、前には長い道が横切っていた。
車の二、三台は並べられそうなぐらいの道だ。
二匹は急ぎ旋回し、戻ろうとするが、
「急いで森の中へ――っ!」
何度も聞いた破裂音。
放たれた鉛球は突き抜けた。
「――くぅっ」
衝撃に体勢を崩して落下してしまう。
「大丈夫か!?」
「……大丈夫、羽の中を抜けただけ。骨格は無事だよ」
見た限りでも血も出ておらず、羽の動きは軽やかだ。
だが、飛び立つのは難しいだろう。
銃口が狙いを定めている中、下手な動きはできない。
「おいおいおい、何だ? もう一匹変なのが居るじゃねぇか」
そこには猟銃を構えた猟師が待ち構えていた。
●
黒い悪魔が開いた道は猟師に味方した。
森の中での十メートルという距離は平地では無いに等しい。
「それに様子を見る限り、そこの白鳥と同類のようだな」
焦らず、猟銃を構えたまま一歩一歩慎重に歩み寄ってくる。
「なら丁度良い。上手く行けばボーナスもありそうだ」
隙を窺うが、銃口は鴉弥から外れない。
身動きが取れない間に、彼我の距離は五メートルもない。
「おい、お前ら大人しく捕まれ。そうすればお貴族様の所で好きなだけ喰って寝るだけの生活ができるぞ。俺も報酬を貰えて皆幸せだ。お互いに損の無いの関係だろう?」
当たり前の事の様に話す猟師。
「確かにニート生活は夢だけど、見も知らぬ誰かに飼われるのは御免だね」
「ボクもそうだよ。籠に入れられるのはお断りだ」
今は動物の姿ではあるが、元は人間だ。
誰かに飼われるというのは抵抗が大きい。
悪い話ではないだろう。
外敵も居ない、安全に過ごせて食料にも困らない。
確かに素晴らしい話ではあるが、剥製の置物にされないという保障はない。
飼われるという事は、飼い主に自身の生命を握られるようなものだ。
おまけに、こんな猟師まで送りつけてくる始末。
名も姿も知らぬ貴族だが、心象は最悪に近い。
ペットになるとするなら先程の冒険者達のほうがまだマシだ。
元人としての意見を猟師は一笑に付した。
「おいおい、よく考えてみろよ。こんなに旨い話もそうはないと思うぜ? こんなところで必死なって土に塗れて生きているより全然マシだろ? 何より、今みたいに死ぬ事はないんだからな」
銃口の照準を動かす。
狙いは胴体。
剥製にするときの事を考えての事か。
一瞬視線を黒兎へ向けて男は言う。
「正直俺としては、死んでいるか生きているかなんてどっちでも良いんだがな。そりゃ殺せば報酬も目減りしちまうが追加報酬も考えれば十分だしな。だけど、平和的に済むならそれが一番だろ?」
説得するような言葉に嫌悪感しか感じない。
何故なのかは猟師の目を見て分かる。
「……狩られる側からすると身勝手な理由なんだよな」
金に目が眩むというのはこういうことだろう。
自分達をただの獲物、金になる生き物としか見ていない。
今こうして殺さないのも、その方が金になるからというだけ。
生きるために金銭が必要だというのは分かるが、こうも一方的に価値を付けられるのも腹立たしい。
とはいえ、逃げる事も歯向かう事も難しい。
「悠兎、ボクが撹乱するからその間に逃げて」
この状況に歯噛みしていると鴉弥が囁く。
「彼の狙いはボクが最優先だ。何をするにしてもボクから仕留めに掛かる筈。だから――」
「――馬鹿言うな! お前を見捨てて逃げられるか!」
到底、承諾できない提案。
だが、鴉弥の意思は固かった。
「元々キミが死んだのはウチの不始末が原因だ。こうして生まれ変わっているけど……いや、だからこそ武境の者として、ボクの命に代えてもキミを守る義務がある!」
「そんなことしたら……っ」
彼女は確実に銃弾に倒れる事になるだろう。
それでも意思は揺るがない。
「ただでさえキミをウチの事情に巻き込んで命を奪ってしまったんだ。幸か不幸か第二の生を手に入れたキミをボクが原因で死なせるような事はあってはならない事なんだよ」
「だからって――」
「――何だ、コソコソ喋って? 逃げ出す算段でもしてるのか? 別にお前は逃げても構わないぞ、逃げても後で必ず追い詰めてやるからさ」
悠兎に対して猟師は完全に見下していた。
片手でベストの胸ポケットを指して言う。
「ここにある道具を使えばお前らなんて何度でも見つけられるからな」
狩る者として、武器も道具も知識も上回っている状況。
余裕というよりは慢心からの言葉であった。
「――なら、それを壊せば良いんだね!」
その一言に彼女が反応するとは知らずに。
「ば――っ」
制止する間もなく、矢のように飛び出した。
撃たれても構わないという捨て身の突撃だ。
……馬鹿野郎!
逃げるという選択肢は無かった。
一歩遅れて彼女を追う。
瞬間、世界の全てが遅くなる。
川辺で子鬼と対峙した時と同じだ。
命が掛かった場面だからか、極限の集中状態へと意識が入る。
相手の動きが手に取るように分かり、自身の体が思い通りに動く。
「それが答えだなっ!」
銃の引き金の指が動くのが見えた。
銃口の射線上には彼女が居る。
彼女が狙うのは胸ポケット。
嘴を突き出し、突撃する様は一本の白槍だ。
しかし、銃弾の方が早い。
……銃口を逸らす事ができれば!
彼我の距離は五メートルにも満たない距離。
短くあるが、遠い距離だ。
角を伸ばし、少しでも距離を稼ぐが届かない。
果たして、銃声音が辺りに響いた。
●
役目を終えた薬莢が地面へ排出された。
鼻にツンとする臭いが広がる、硝煙の臭いというものか。
その場で動く者は居ない。
「な……っ」
驚愕の言葉は誰のものか。
白鳥を仕留めるために放たれた弾がその役目を全うできなかったからか。
決死の覚悟での突撃が止められたからか。
銃口を逸らすどころか、真正面から凶弾を受け止めたからか。
「だ、誰だお前は!?」
猟師が言葉を投げかけたのは一人の人間。
全身を覆う厚手のローブ。
仕掛けがあるのか腰から下はスカートのように膨らんでいる。
ローブから伸びる四肢には、グローブとブーツを装着していた。
顔もフードに覆われており確認はできない。
男か女かも判らないが、体格は小柄であり、明るい色を基調とした可愛げのある服のデザインから女性らしさを感じる。
「あ、あんたは一体……」
気を失った鴉弥を脇に抱えていた。
更にはグローブを着けているとはいえ、銃弾を手で受け止めるという超人技をやってのけた。
乱入者に対する心当たりは全く無い。
鴉弥を守ってはくれたが、猟師とは別の手の者だという事も考えられた。
警戒を強める悠兎を置いて、乱入者は宣言する。
「彼らは私達の客人。手を出すのは許さない」
響いた声は落ち着いているが高めの女性のものだ。
同時に幼さもありともすると少女とも取れる。
彼女? は猟師に対してきっぱりと言い放った。
それは猟師への敵対宣言だった。
「……そうは言われても、こっちも仕事なんでね。お嬢ちゃん? が何者か知らないが、仕事の依頼人はこの国でも名のあるお貴族様でね。邪魔をしたら、どうなるか分かるだろ?」
猟師と敵対するというのは後ろ盾である貴族をも敵に回すという事だ。
悠兎は、とんでもない相手に狙われていたという事実と、鴉弥の予想があながち間違いではなかった事に背筋が寒くなった。
言われた彼女に視線を向ければ、
「それより、貴方の胸ポケットにある道具。それは破壊させてもらう」
動揺するどころか予想の斜め上の言動をぶちかましていた。
「はっ!? 何言って……というよりこれは災厄達が作った古代の遺物だぞ! 壊せば本当に貴族を敵に回すことになるぞ!? それ以前に化け物達の怒りを買うことになるぞ!!」
猟師の慌てようからして重要で大切な物であり、厄介な物であるようだ。
それでも、彼女の態度が変わることは無い。
「勘違いしているようだから言っておく。壊した位で私達は別に怒りはしない、また作ればいい。ただ、その道具は元々廃棄処分予定だっただけ」
淡々と紡ぐ言葉。
猟師はそれだけで彼女が何者か予想がついたようだ。
「まさか、そのローブ……嘘だろ!? な、何でこんな所に居るんだよ!?」
「先も言った、彼らを迎えにきただけ。道具の破壊はついで」
彼女にとってもこの状況は予想外であったらしい。
「……時間が勿体無い。これをあげるから帰って」
まるでいつもの事の様に、自然な動きで、
「え?」
猟師の胸ポケットにナイフを突き立てた。
無骨で装飾も少ない物だ。
突き刺さったポケットの内にあったであろう物品からは軋むような音が響く。
「体に刺さってはいない。とにかくそれを持って帰れば報酬は倍以上貰える筈」
話は終ったとばかりにどこかへ歩き出す彼女。
鴉弥を腕に抱いたまま。
「ちょっと待ってくれ。どこに行くつもりだ」
聞きたいことは山ほどある。
だが、素性も知れない彼女を味方と信じるにはまだ判断材料が足りない。
彼女は悠兎の声掛けに一旦足を止める。
「稲葉悠兎、私と一緒に来て欲しい」
「な、何で俺の名前を……」
自己紹介した時に鴉弥以外誰も居なかった筈だ。
「それも含めて貴方の疑問に答える。少なくとも貴方に不利益は無い」
急いでいるのか、元々の性格なのか言葉数が少ない。
話を聞くにしても、どこか落ち着いた場所で聞いた方がいいかもしれない。
彼女の手に鴉弥が居るので逃げるという選択肢は無いが、どこか信用に欠ける。
それも次の一言で吹き飛んだ。
「それに、『榊整司』が貴方を待っている」
「え? ちょ、ちょっと待て」
驚くなんてものではない、その名前には心当たりがある。
「何でアイツの名前が出るんだよ!」
あの日、遊びに行くはずだった友人の名前。
驚いている間に彼女は森の奥へと進んでいた。
「あー、もう!」
マイペースな彼女を追いかけるため森に飛び込んだ。
その後、背後から銃弾が飛んでくる事は無かった。
●
森の中へ、二匹と一人の姿が完全に消える。
それからも、暫しの時間何事も無い事を確認して、
「……はぁー。全く寿命が縮んだぜ」
一息ついた。
微かに震える手でナイフを抜き取る。
飾りの無い実用重視のナイフだ。
町に帰って鍛冶屋を覗けば似たようなものは幾つもあるだろう。
一見して分かる違いといえばナイフに刻まれた製作者の刻印だが。
「ハハッ、こんなのをポンッと出せるってことはやっぱり本物だったか」
刃を光に翳すとよく分かる。
トカゲの鱗のように隙間無く刻まれる文字列。
専門家が言うところの魔術式というものか。
「何の魔術か知らないが、どうせトンデモないものだろうな。刃の部分も普通の鋼じゃないみたいだしな」
とりあえず適当な布を巻いて鞘代わりにする。
「確かに報酬は上がるだろうけれどな……俺が欲しいわ」
ウエストポーチに仕舞う手が震える。
「少なくとも俺は値段なんて付けられないが」
もちろん高すぎるという意味で。
「まさか本物にであうとはな。酒の肴にはなるか」
獲物は手に入らなかったが、それ以上の物を手に入れた。
だが、そこに高揚感はなかった。
「……小市民がこんなものを持つもんじゃないな。誰かに盗まれないか気が気じゃねーわ」
ウエストポーチをしきりに触りながら、猟師は町へ足を向けた。
その足取りは重かった。




