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メモリア

作者: 雪村翼

 世の中、不可思議なことはいくつもある。怪奇現象やUFOなんかその代表格であるが、不可思議なことなど、とても身近にあるものなのだ。

 例えば。さっきまでやろうとしていた事を忘れてしまう時はないか?今まで話していた人の名前がなかなか出てこないことは?些細なことだが、これも世の中の不可思議の一つ。

モノの名前は記憶であり、記憶はその人の物語でもある。すべての記憶がその人の人生と言う名のあらすじであり、本文であり、あとがきなのだ。

 俺の親友は、その物語を食べる。親友からカミングアウトを受けたのは高校一年の時だった。


秋空が青く澄んでいた。空気もカラリとして日がポカポカと心地よい日に、親友であるトオルは、リョウスケを屋上へと呼び出した。高校へ入学してからよく行く屋上へ、改めて呼び出されると少し変な感じがした。ムズムズとしたような、慣れない感じに少し緊張もして、ドアノブを握る手がかすかに震えた。

「あ、リョウスケ!よかった。来てくれたんだ。」

色素の薄いミルクティー色の髪を風に遊ばせ、フェンスにもたれ掛かっているトオルが待っていた。

「いや、そりゃぁ、呼ばれたんだからくるだろ。……で?どうしたんだよ。」

「うん、ちょっとね……」

 秋の空は少し肌寒い。トオルの隣で同じようにフェンスに寄りかかりながら早く中へ入りたいとリョウスケは思っていた。だが、トオルはなかなか話を切り出してこない。そんなに言いづらいことなのだろうか、と少し不安に思うも自分が何かした覚えもないので、じっとトオルが話すのを待っていた。

「あのさ……」

トオルが口を開いた。やっとか、とトオルを見ると同時に一際強い風が吹いた。

 元々美形の分類に入っていたトオルだが、その一瞬はまるで絵画のようで、リョウスケはつい見入ってしまっていた。

「オレ、実は人間じゃないんだよね。」

 そこに飛び込んできた一言は、なんとも間抜けで、突拍子もないものだった。

「……え、なにそれ、本気で言ってんの?」

 リョウスケがそんな気が抜けた返事を返したのも、しょうがないだろうと思う。

 冗談にしてはあまりにもセンスがなく、本気で言うには頭が可笑しいのではないかと疑ってしまうような話で、実際リョウスケは結構馬鹿にしていた。トオルは今までも良く冗談を言ってはからかってきていたので、その人間じゃない発言も同一のモノだと思ったのだ。

「本気だって。いきなりで戸惑うだろうけどさ。オレ、本当に人間じゃないんだ。」

「んー……なんだろうな、簡単に説明すると、血を吸うヴァンパイアの亜種みたいなもので、人の精気を吸い取るインキュバスの親戚。そんな感じかな?」

 トオルはフェンスにもたれ掛かったまま、訳が分からず呆然としたままのリョウスケに説明をする。

ヴァンパイア?インキュバス?そんな御伽話のようなものが存在するはずがない。そう思ってはいても、トオルが余りにも真剣に、不安そうに言うものだからリョウスケはトオルの言葉を信じてみてもいいように感じた。

「そこまで言うんなら信じるよ。ま、これで嘘だって言うんなら……」

 ぐぐっと拳を握ってみせると、本当だから!と焦ったように手をバタつかせる。子供のような仕草がいつまで立っても抜けないな、と若干面白く思いながらトオルにもっと詳しい説明を足した。


「オレが普通じゃないんだって気づいたのは、小学校低学年の時だったかな……。」

「最初は無意識だったんだ。昼になっても腹減らなくてさ。お腹がすいたなと感じたときには、多分記憶を食べていたんだと思う。」

 朝や夜、他人がそばにいないときにはとてもお腹が減っていた。なのに、お昼はお腹が減らない。どうしてだろうと父に話したのがきっかけだった。

「そうか……もうトオルは覚醒してしまったか……。」

そう呟いた時の父が少し哀しそうに微笑んだ事が、子供心に強い印象を残した。

父がどうして哀しそうにしていたのか当時はわからなかったが、だんだんと成長していくうちに、理解した。

この記憶を食べなければいけない血は、男に良く遺伝する。もちろん、女に遺伝する場合もあるのだが、今まで絶えず受け継がれた血は圧倒的に男が多かった。父はやはり受け継がれてしまったこの呪われたとも言っていい血を、残念に思っていたのだろう。

「まぁ、さ。自分の運命だったらしょうがないな、とも思ってんだけどね。」

 そう笑いながら言っても、トオルは自身が人間とはまた別のものだという変えられない事実がずきりと胸に突き刺さるのを感じた。リョウスケは黙ったまま話を聞いている。

 所詮オレは化物だ。きっと嫌われてしまうだろう。

 このまま話さないで、ずっと秘密のままでもよかったはずだ。それでも、トオルはリョウスケに自分が人間とは別のモノだという事を打ち明けた。これから先、一生、リョウスケほど心を許せる気楽な友など出来ないかもしれない。トオルはリョウスケと本当の゛親友“になりたかったのだ。この世の中上辺だけの友人関係も数多い。記憶を食べるという自分のこの特殊な体質を知っても、リョウスケは友達でいてくれるだろうか。

 トオルは黙ったままのリョウスケを不安げに見つめた。

 リョウスケは一度深くため息を吐き、口を開いた。

「あのさ、何を不安に思ってんのか知らないけど、トオルはトオルだろ。別に人と食べるものが違くったって別にトオルには変わりないんだし。変に避けたりしねぇよ。」

ニッと笑ってみせ、リョウスケは言う。

「ま、そりゃぁ驚いたけどさ!」

 ツンっと鼻の奥が痛くなる。目の奥もだんだんと熱くなり、涙が出そうになった。その顔を見られたくなくて、トオルは下を向く。

「ありがと……」

 なんとか声に出した礼の言葉は涙声にかすれていた。

 リョウスケは「ん。」と返したまま、トオルの背中を擦った。

それがとても心地よくて、「こいつが親友で良かった……」とトオルは心の底からそう思った。



モノの名前は記憶であり、記憶はその人の物語でもある。

すべての記憶がその人の人生と言う名のあらすじであり、本文であり、あとがきなのだ。

 少し臆病で優しくて、最高の俺の親友は、その物語を食べる。


文芸部で発行した文集に提出したものです。

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