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ハザマの世界  作者: 柴崎菖蒲
【第3章 境界編】

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第9話 密室ホラー事件




ザァァ……




見渡す限り一面に、強く雨が打ちつけている。

地面は水浸しで、小さな波紋が無数にも広がっていた。


灰色の景色のなかには何もなく、ただ雨が降っているだけ。

ただ、1つだけおかしなところがあった。




私には、雨粒が当たっていない。




振り続ける雨に向かって、頭上高く掲げた手には水の膜ができていた。

その水が頬に落ちると、それは肌をするりと伝うようにこぼれ落ちる。




(変な場所……)




黒いブーツの踵を鳴らし、私は何もない空間を歩き始めていた。

風もなく、寒さも感じない場所で、ふと視線を向けた先に何かが落ちているのが見える。




(あれって、もしかして)




駆け寄った先には、やはり見覚えのある白いリボンが落ちていた。

拾おうとしゃがんだところで、手がすり抜け、ぽちゃんと水に浸かる音が空間に響き渡る。


まさか、地面も水でできているのだろうか。

そのとき、背後から心地の良い靴音が聞こえ、咄嗟に私は立ち上がっていた。


でもそこにいたのは、見覚えのある人物よりも、やや幼なげな私と同い年ぐらいの人物で。その人の手には剣があり、もう片方の手には、あの白い人が血だらけで引きづられていた。




管理者さんと、秘密を交わしたあの人だ。




管理者さんはその人を乱暴に放り出すと、彼に向けて剣を向けていた。

鋭利な切先が、その人の首元へと当てがわれる。


それは、つい最近見た光景と、ほとんど同じで。




(待って!)




私が走り止めようとしたところで、管理者さんが素早くこちらを向いた。

朱色の目だ。でも、私とは目が合っていない。ただ咄嗟に、こちらを向いただけ。


管理者さんは私の方から目を逸らすと、目の前の彼のことをじっと見下ろしていた。




「さよならだ。××」




躊躇うことなく、振り下ろされる。私は、咄嗟に目を閉じていた。

でも、そこから酷い音は聞こえなかった。静寂が広がって、無音の空間へと放り出される。


遠くから、優しい声が聞こえた。呼びかけるような声で、ずっと、肩を叩かれている。私は、強く瞑っていた瞼を、ゆっくりと開けていた。




「あ、目が覚めたね」




見えたのは部屋の天井だった。ふと横を見遣れば、頬杖をして、にこりと笑う知らない人がいる。白衣を着ていて、聴診器をぶら下げていた。彼は、ふんわりと柔らかい髪を耳にかける。


眩しいくらい良い顔なのに、近すぎて、私は固まっていた。






「大丈夫? 助手ちゃん」






その人が横になる私の額に手を当てて、顔を近付けたとき。






「わあああああ!?」






私はその人を押し除け、飛び起きていた。


毛布を掴んだまま起きたせいで、部屋に置いてあった家具が散らばる。

そのなかに、強く頭を打ったその人が、痛みにうずくまっていた。




「いたた……」




面識のない人が密室の部屋にいるなんて、怖すぎるんですけど。

私は身なりを気にすることなく部屋から飛び出し、階段から1階へと顔を出していた。




「管理者さん! 人が、知らない人がいるんですが!」




すると私の声を聞いてか、奥のキッチンから飲み物を飲みながら管理者さんが出てきた。以前と変わらず、ブランケットを羽織ったまま、のんびりとした様子で。




「ああ、起きたか。良かったな目が覚めて」


「……私の言ってる意味分かってます?」


「こら。目が覚めて急に動いたら、また体調崩すよ?」




両肩に手を置かれて、恐るおそる振り返る。そこには、つい先ほど見たあの笑顔が。咄嗟に手を振り払い、私は1階へと駆け降りて、管理者さんの背後へと隠れた。


悪意のない笑顔がこんなに怖い人なんて、今まで見たことがない。




「お前、相当嫌われているが……頼みの裏で何をした?」


「え、何もしてないけど。……ちょっと君、殺気出さないでよ怖いから!」




医者という言葉どおり、彼は医者らしい格好ではあった。

それに管理者さんの少し気さくな感じ。こういうところは初めて見る。




「紹介が遅れたな。こいつは倒れたお前を診察した医者紛いの者だ」


「それ勘違いさせるように言ってる?」




管理者さんは医者の人を気にも止めず、椅子に座り始める。

マグカップに口をつけたままちらりと私を見上げては、すぐに目を離したようだった。




「お前はまず身なりを整えてこい。年頃の女性だろう」




その発言に、私は拍子抜けする。


いや、年頃の私の部屋に、男性の医者を入れている方がどうかと思うんですが。

私と同じことを思ったのか、おかしいと言わんばかりに医者の人が笑っていた。




「助手をつけたなんて言うから、変なものでも食べたと思っていたんだけど。相変わらず変わらないね君は」


「変わらないのはお前もだろう」




よく分からない2人の関係性に引き目で見つつ、私は階段を上がる。


身支度を終えた私がそろりと階段を降りると、まだその医者は椅子に座って談笑していた。




「今すごく忙しいんだよ分かる? 僕の言ってる意味ほんとに分かってる?」


「ああ。だがそれとこれとは別だ」


「全然分かってないよね?」




項垂れるお医者さんを気の毒に思いながら、私が静かにまた階段を上がろうとすると、トンッと鋭く机を叩く音が聞こえた。ゆっくりと1階を見ると、管理者さんがこちらを見上げて目を細めている。




「菫、お前はどこに行こうとしている?」




怖い。気配を消していたのに、気付かれるなんて。




「えっと、親睦の邪魔を助手がするのは、どうかと思いまして……?」


「俺のためにも早く来てくれ。こいつの相手は面倒なんだ」


「君がそれ言う?」




お医者さんに見えないところで、管理者さんが嫌そうな顔をしている。

見かねた私はしぶしぶ1階に降りることにした。


一応私のことを診てくれたお医者さんのために、ココアを入れて持ってくることにした。机に置くまでその人は、ずっとにこにこして私のことを見ている。




「あの、視線が痛いんてすが……」


「助手ちゃん、名前は?」



彼はそう言って、笑って首を傾げた。




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