第6話 撮られ攫われ川下り
赤い提灯が並ぶ小道を進んでいくと、しばらく経って開けた場所に出ていた。
「まずいな。痕跡が消えている」
しゃがみこんだ管理者さんが、地面に手を当てている。私はそのそばで、目下にある大きな川を見下ろしていた。
柵から顔を覗かせば、川の反対側に立ち並ぶ街灯が見える。
「先に来ちゃったなあ……」
修学旅行に行く予定だったはずの場所。
私は自分がこんな形で来ると思いもしなかった。
上流の山々から風が吹き抜けるたびに、夜の匂いがする。
そのとき、私は川岸の向こう側で、1人の男性がこちらにカメラを向けているのが見えた。
ぱしゃりと、シャッターが切られる。
顔からカメラを外したその男性は、こちらを見て軽く手を振っていた。
どうやら、私が見ていたことに気がついたみたいだ。
だけど、私のことは見えていないはずのわけで。
私は、背後で地面と睨めっこしている管理者さんの方へと振り返っていた。
「管理者さん」
「どうした」
「管理者さんは、今までこちらの存在を認識されたこと、ありますか?」
……カン。
金属音の当たる音が、背後でかすかに聞こえた。
その瞬間に突風が巻き起こり、被っていた黒布が頭から落ちる。
驚いた私は、音の鳴った方を振り返ろうとした。
だが、振り向く間もなく首根っこを掴まれる。
地面から足が浮き、宙に浮かんだところで、私は無意識のうちにあっと声を洩らしていた。
何処かへ、連れて行かれる。
「待て……!」
管理者さんが、こちらへと手を伸ばすのが見えた。
だけどその手は遠くへ離れていき、私は柵を越えて川の方へと落ちていく。
身体は引っ張られるがまま。身動きも取れず、川に落ちると思った私は強く目を瞑る。
でも、痛みも何も感じるものはなくて。
「弱くて助かったわー。撮った写真に、人よりも良さそうなもん混じってんし?」
男性にしては少し高めの声が聞こえ、私は咄嗟に瞑った目を開けた。
背後からの風が、髪の間をすり抜けていく。
目の前に広がっていたのは川だった。その川の中央を、後ろ向きの体勢で、全速力で下っている。
手首だけでなく、身体中に縄を縛られた状態で。
「え、ちょっと、なにこれ!?」
縄を取ろうにも取れず、足をばたつかせても緩むことはない。
ふと足元を見れば、至近距離に川面が見えた。その距離は、つま先からわずか数センチ。
なぜか川に落ちたはずの私は、浮いたまま川を下っている。
「おいおい大声で喋るなよー。お前さんの仲間が来ちまうだろーが」
気怠げな声が背後から聞こえてくる。
顔は見えない状態だが、たぶんさっき写真を撮っていた人だ。
どうやらこの人が私を縄で縛り、背負っているみたいで、どこかへ連れて行こうとしている。
「待ってください! 私をどこに連れて行くつもりですか?」
「どこって、社務所だわ。奉納すんのお前を」
「奉納!?」
「だから大声で喋んなって! 奉納して燃やして、そんで俺の願いを叶えてもらうんだよ!」
意味の分からない発言をされ、状況説明よりも困惑が先にくる。
だけど、燃やすという単語は聞き捨てならない。
私はこのままだと、燃やされるかもしれない。
「……じゃあ、小さな声で、喋るんですが」
「んだよ」
「貴方は奉納のために、こうやって、白装束を着た人も襲ってたりします?」
一瞬、息を飲むような気配を感じた。
でも彼は、なぜか私の方に無言で体重をかけてくる。
「わああああ!? 落ちちゃいますって!」
私が慌てて声を大にして叫べば、目と鼻の先にあった川が離れていった。
「お前、ほんっとうるさいな!」
「貴方がふざけたことするからですよ」
「少し黙っとけ。黙っとけば、すぐ終わるからよ」
ずいぶんと川を下った先で、彼は河岸敷の方へと上がり、身軽に地面を飛んでいく。街頭の少ない場所を、迷いもなく突き進んでいく彼は、何かに焦っているようだった。
川から離れ、木々が生い茂る場所へと進んでいくと、至るところからひそひそと話し声が聞こえる。
その声に向かって彼は手で追い払い、私を背負い直したところでまた歩きだした。
「もうすぐで着く。着いた先では、変なこと口にするなよ」
まだ彼の言う意味が分からず、私はずっと縄を外す方法を探していた。
だが、もうすぐと言う言葉に偽りはなく。
彼が一歩、ある場所を強く踏み込んだ瞬間に、空気が急激に張り詰めていった。
見上げればそこは鳥居を潜った地点で、移ろいでいた景色もそこで止まる。
ふうっと、大きく息を吸って吐く息遣いを、すぐ近くで感じていた。
「おい。今日は良さそうな奴拾ってきたぞ。今日こそは俺の姉貴を戻してくれ」
「……姉?」
そのとき、境内の奥からか、誰かがこちらへとやって来る足音が聞こえた。
歩き方は一定で、落ちついている。そして、普段では聞き慣れないような布の擦れる音。
ぴたりと、こちらへ来る数メートル先で止まったのか、音が鳴り止んだ。
その瞬間に、縄で縛られたままの私はその場に放り出される。
「っ……」
境内の玉砂利が顔に当たり、頬が切れたようだった。ぶつかった部分がヒリヒリと痛み出す。
その痛みに耐えていた私は、自分の目先に大きな下駄があることに気付いた。
白い足袋には一切汚れが付いていなくて、両足がきっちりと揃っている。
「ほう? これはまた、変わった奴を持ってきたな」
ゆっくりと顔をあげると、そこには扇子で口元を覆い隠した袴姿の人物が立っていた。髪が長く、色白で、声は男性女性の区別はつかない。
その姿を見て、私は口を開きかけたが、思わず閉じてしまった。
言葉を発することができない。
息の音すらも、出してはいけないと感じるほどの威圧感が、この人から溢れ出ていた。
「お主はこれから浄土の地へ参る。安心せい。痛くはない」
こちらへと扇子が向けられたと同時に、扇子の先に炎が浮かび上がる。
ゆらゆらと燃える炎は熱そうなのに、なぜか近くにあっても熱くは感じなかった。
扇子を持ち構えるその人の瞳の奥に、私の姿が映っているのが見える。
(怪我をせずに《ハザマの世界》へ帰ることが目標だ)
その目が、管理者さんの私を見る目と似ていた。
ついさっき言われたことが、この瞬間、頭のなかで何度も繰り返される。
私は、その目を見続けていた。
見続けることしか、できなかった。
目の前の炎がバチバチと勢いを増していき、パチンと、弾かれるような音が境内に響き渡った。




