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ハザマの世界  作者: 柴崎菖蒲
【第2章 初・依頼編】

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第5話 黒い影



暗い路地裏に、電灯の明かりが差し込んでいる。


私と管理者さんは、なぜか換気扇の轟音が鳴り響く場所に立っていた。




「着いたぞ」




その声にはっとして、思わず掴んでいた管理者さんの袖から手を離す。


ここは、京の都というには、どこか騒々しい場所だった。


人の話し声が、どこからともなく聞こえる。


裏戸口の開いた場所から突然大きな笑い声が聞こえ、私は場違いな場所へ来てしまったように思えた。




「その反応を見るに、想像とは違っていたか?」




驚いて管理者さんを見上げると、彼は《ハザマの世界》にいたときとは違って、黒い布を頭から被っていた。


闇に溶け込んでいるからか、綺麗な瞳が自然と目を惹かれる。


すると彼は私にも同じように、黒い布を私の頭の上から被せた。




「これを被っておけ。同業者に見つかると面倒事が増える」


「同業者がここにいるんですか?」


「ここは神社などの要所が多い。ということは、俺と同じように力を持つ者が多くいる。まあ、力を持っていたとしても弱いんだが、限って面倒な奴らの部下なんだ」




管理者さんと同じ、力を持つ人。


神社が多いことと関係があるというのは、どういう意味だろう。


私は先を歩き出した彼のあとを追った。もしかするとこの人は、相当凄い人なのかもしれない。




「あの、管理者さん。この布、被っていたら余計に目立つと思うんですが」




私の言葉を聞かずに、管理者さんは路地裏から抜け出してしまった。


彼の姿が人の波に溶け込み、すり抜ける。


輪郭が交わらないのか、接しているはずの部分がぼやけて見えた。





もしかして。





そう思った私は、路地裏から飛び出す。


行き交う人の波に飛び込んだ私の身体は、誰にも触れることはなく、視線が交わることもなかった。


不気味な感覚が、身体中を巡る。

誰も私を見ていないし、気にしてもいない。


無意識のうちに、身の毛がよだつような気がした。




「大丈夫か」




街頭の影に紛れた管理者さんが、こちらを見ていた。


どこか、雰囲気がいつもと違うようにも見える。


彼もまた他の人には見えていないのか、私たちの様子を気にとめるような人はいなかった。




「……しっかり俺についてくるように。あと、今回お前は、怪我をせずに《ハザマの世界》へ帰ることが目標だ。気を引き締めろ」


「は、はい!」




管理者さんはそう言うと、車通りの多い交差点を赤信号で突っ切って行った。


いくら身体がすり抜けるからと言って、そんなに堂々と歩く人がいるだろうか。それでも、彼は後ろにいる私の様子を気にかけている。


管理者さんの行動に習って、私もあとに続くように駆けた。









「あの、回収する依頼っていうのは、結構難しいんですか? その、タチの悪いっていうのも気になるんですが」




その背中に問いかけたとき、彼はその場で立ち止まった。




「あれを見れば分かる」




管理者さんが私を前へと促したので、私はその先を覗いてみた。


でも、その先に見えたものに、私は口をおさえた。


見ては、いけないものだった。






黒い影が、白装束を着た人に襲いかかっている。






襲われた人は逃げようともがいて、でもそれは軽い抵抗にしかならず、強い力で吸い込まれていった。


そして、黒い影がゆっくりと、こちらに狙いを定めるようにして向き直る。


酷い悪臭と、とてつもない殺気に、私の身体は何ひとつ動けなかった。






パンッ!






「……!」




弾けた音がして、目を開ける。


乾いた銃弾の音が、夜の闇を切り裂くように響き渡っていた。気付けばその黒い影は、私に手を伸ばしかけたまま、どろどろと溶けていくように消えていく。


隣にいた管理者さんが、赤い紐のついた銃を持ち、静かにその様子を見下ろしていた。


街灯に反射して、瞳が薄く赤を纏ったようにも見える。でも私の方へ向き直った彼は、いつもの透きとおった目をしていた。




「怪我はないか? 気分は?」




その声に、私はどこかで胸をなでおろしていた。




「あ、はい、私は……」


「そうか。まあ、弱い奴だったな」





弱い奴だったの!?





管理者さんは平然と言って銃を仕舞う。


それにしても、銃を扱えることも、それが黒い影を難なくやっつけてしまえるのも驚きがすぎる。




「管理者さんって、銃が使えるんですね?」


「言っておくが、これは生者用ではなく死者用だ。先程の奴は、まあ……死者の魂が悪い方へと変化したものだな」




消滅した黒い影のいた場所へ、私は目を向けていた。


そこは見渡せる限りでも、街灯のない暗い場所だった。どこか、以前よりも空気が良くなっている気がする。




「もっと強いのは、生者と変わらない姿見で襲ってくる。それが、タチの悪い奴だ」




無意識のうちに私の手先が震えている。


生者と、変わらない姿。


それはきっと、警戒も何もしていなかったら、知らずに襲われる可能性があるということだ。


管理者さんは伸びをしつつ、伸ばした腕をぐっと前へと振り下ろした。




「だから面倒だと言っただろう。消滅させる方が何倍も楽で良い」




彼はそう言って、川の流れる橋の上を歩いていく。


私はまた、颯爽と歩いていく彼のあとを追って、一歩を踏み出そうとしていた。





「……?」





気配を感じて、振り返る。


その先に見えたのは、誰もいない京の都の風景だった。




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