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ハザマの世界  作者: 柴崎菖蒲
【第4章 審判編】

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第21話 はじめまして?

 



 突然の浮遊感に身をすくめたものの、それはすぐに背後から抱えられたことで和らいでいた。顔を上げたところで、管理者さんが黒く塗りつぶされた周囲を見渡している。風が下から吹き抜け、私の黒布がはためていているのが見えた。


 布の擦れる音が、耳元で大きく聞こえる。




「このまま行くと審判所に着く。俺は手を離すが、落ちた先は椅子だ。座る態勢になっていろ」


「え、離す!? ちょっと、管理者さん、待って……!」




 心の準備がこの数秒でできるはずもないのに、管理者さんは私を離してしまった。身体が傾きかけ、いきなり床が白く光り出したことで、私は咄嗟に目を閉じる。


 落ちる、と思った私に襲い掛かったのは、ふわふわと弾力のある感触で、自分の身体が抱き留められるような感覚だった。




「これ、は……」




 ゆっくりと目を開ける。気付いたときには白いふかふかの椅子に座っていた。そして目の前に広がっていたのは、白くて天井の高い建物の中。大きな円柱の柱が何本も立ち、その中央で円になるように机と椅子が並んでいる。


 目を疑うようなその光景に、私は唖然としていた。神話の中の世界に迷いこんでしまったみたいだ。上空から温かな光を差し込んで、私たちのいる場所を照らしている。




「助手。この書類に目を通しておくように」




 隣から差し出されたその書類に、私は咄嗟に両手で受け取っていた。




 ……あれ、今、私のこと名前じゃなくて、助手って。




 私が隣を見ると、管理者さんは姿勢良く椅子に座り、すでに書類を眺め始めていた。私に目を向けることもなく、書類の文字だけを追っている。すぐに読み進めては頁を捲り、また目で追って。初対面の人が見たら、仕事のできる人にしか見えない。


 あの、管理者さんが。普段、絶対見せないような集中力で、仕事をしている。私はその光景を見て、信じられない気持ちになっていた。


 私は咄嗟に書類と向き合う。無意識のうちに両手に力が入る。自分の口元を隠すようにして書類を持ち直していた。色々な管理者さんの表情が見れて、嬉しいというか。なんて言葉に言い表せば良いのか、分からない気持ちになるというか。




「……あれ」




 私は頁を捲る手を止めていた。見知った顔の人が書類に映っていたのだ。今回行われる議題で進行役を務める人は、銀色の美しい髪をした人物。その人物の役職欄に《生の世界》管理者と丁寧に記されていた。


 ここに載ってるその人は、先ほど出会ったばかりのあの女性だ。そういえば、管理する役にあるって言ってはいたけど、まさかそんなことって。





 私は周囲を見渡す。すでに席に座っている人や、立ち話をしている人も多くいる。でも、この人数をまとめて話を進める人なんて、相当位の高い人であるわけで。


 私は自分の横を見て、言葉を失った。隣に、自分の座っている椅子と明らかに違う作りの椅子がある。いかにも代表者が座るような椅子だ。その椅子を挟んだ場所に、あの書庫に案内してくれた女性が座っていた。




「かかかか管理者さん、管理者さん。椅子が、私たちと違う椅子が、あって」




 私は管理者さんの服を掴み、小声で声をかける。隣にそんな重要そうな人物が座るなんて聞かされてない。でも、今聞いておかないと、私の身が持たない。


 隣にいた管理者さんが何事かと言いたげな表情で私を見たけど、私はそれにも構っていられなかった。




「……あの、隣に座られる方って」




 管理者さんがふと、私の隣にあった作りの違う椅子に目を向ける。そこで彼は、なんてことないように不思議そうな目で私を見ていた。




「そこは《死の世界》管理者が座る場所だが」




 今、私たちがいる世界を、管理してる人!?




 それってもう、私が軽々しく会って良い人じゃないでしょ。だけど私が助手についている管理者さんも、《ハザマの世界》を管理している人で、それはもう、同じように強い人でもあるわけで。


 管理者の役にある人というのは、まさかここに集まる人のなかでも……




「よお! 《ハザマの世界》管理者殿! 何世紀ぶりだろうな! 元気か!?」


「ぎゃあ!?」




 魔のループに陥りかけた私は、その声に驚き、肩を揺らしていた。




「はっはっは。悪い、驚かせたなあ。申し訳ない!」




 黒布越しから頭を雑に撫でられる。ゆっくり背後を見かけたところで、その妙に見覚えのある顔に、私は血の気が引いていく思いだった。この人はあの、あれだ、あの人。




「お前は相変わらずだな」




 管理者さんがそう言ったところで、その人はずっと笑顔のまま。


 大剣を担いで、声が大きくて、明らかに変な人。つい最近、私たちの前に現れ、突如として襲ってきて、正体が黒い影だった人だ。なんで、今、私たちの前に普通にいるのか。


 でも、この人、今何世紀ぶりって……




「その仕事ぶり、番人様であった頃の癖が抜けきってないのではなかろう? まあ、俺はあんたがどの役にいようと、態度を変えるつもりはないからなあ」




 管理者さんは振り返らないまま、書類に目を落としていた。




「そうか。だが煩いのは控えてもらいたいところだ。自分の座る席に早く着いたらどうだ?」




 管理者さんが軽く指を振る。そこでその人は瞬く間に消えてしまった。するとすぐ遠くから、審判所に響き渡る笑い声が聞こえ、前方へと目を向ける。


 先ほどまで目の前にいたその人が、間反対である遠くの席に座らされていて、私は唖然としてしまった。今の、書庫で私にかけた術と同じだ。




「助手、気になっているだろうが、アイツは本物だ。以前の黒い影は姿見を利用されていただけに過ぎないからな」




 前で大きく手を振るその人のことを無視し、管理者さんは私にそう言って書類の端を揃える。え、本物? あと、その膨大な書類、もう読めたんですか?


 そのとき、審判所に響き渡る木槌の音が響き渡った。




「これより、緊急の招集会議を行います。 皆さん、席から立ち上がってくださいね」




 気付いたときには、身体が持ち上がるように立たされていた。ふらつきかけたところで、管理者さんに背中を支えられる。少し頭を下げたところで、私は顔を上げていた。


 見渡す限り、全員が所定の位置で姿勢を正して立っている。そのとき、心地の良い靴音が背後から聞こえてきた。審判所の空気が一段と張り詰めたものに変わっていくのを、私は肌で感じる。




「では定刻となりましたので、会議を始めましょう」




 女性の柔らかな声と、審判所にそぐわない可愛らしい笑顔が見えた。私は女性から目を離し、前を向く。その途端、目に見えない何かが襲いかかるように、一気に悪寒が走った。見上げたときには、いくつもの目がすでにこちらを向いている。


 私はこのときになって、自分の存在がどういうものだったかを再認識させられた。私は助手だ。普通の人間で、力もない。今、私の存在が、目に見えて浮いているのだとしたら。


 背筋が凍えるほどの視線を一身に受け、思わず黒布を目深に被ったとき、私の横を冷たい風が吹き抜けていくのが分かった。隣に《死の世界》管理者が立つ。その人の纏うコートが風に揺れて止まったとき、もう一度、木槌の音がこの審判所に響き渡った。




 緊急の招集会議が始まる。




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