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ハザマの世界  作者: 柴崎菖蒲
【第1章 出会い編】

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第2話 怖い管理者さん




咄嗟に椅子を引いた私に、彼は私から目を逸らした。




「……お前に向けて刺したわけじゃない。"文字を記した部外者"に向けて、俺が呪いをかけただけだ。気にするな」




そう言って管理者さんは、私のそばに刺さったままのナイフを手慣れた様子で抜いていた。ナイフは机を刺していたのに、抜いた瞬間、黒いボヤの掛かったものが刀身に纏わりついていた。


管理者さんはそれを一瞥するだけで、自然な動作で振り払う。そのモヤはいとも容易く空気中に消えていった。




「……それで、お前はどうしてここに?」




目の前に座る管理者さんが足を組んだのが分かった。

どうやら、うまく話を逸らされたみたいだ。


手を顔の前で組み合わせ、こちらを見定める。

まるで私が逃げれば、あとがないと言われているようだった。




「……分かりません」


「分からない、とは?」


「本当に分からないんです。何かとてつもないものに追われて、逃げて、それで気付いたらここに……」




どこからか取り出したのか、管理者さんは書類にペンを走らせる。

その様子をじっと見ていると、彼が不意に顔を上げた。その視線に、思わず顔を背ける。


何もしてないはずなのに、これではまるで何か悪いことをした人のようだ。




「生きているお前は、ここが、どこなのか見当もつかない。そういうわけだな?」 




机の下で両手を強く握りしめる。

彼の質問は、自分の生死を左右する選択のように聞こえた。


目の前の管理者さんには分からないように、喉に詰まりかけていた重い息をゆっくりと吐き出す。こういうとき、嘘をつくより正直に言った方が良いと聞いたことがある。


私は縦に、しっかりと頷いた。




「……へえ?」 




管理者さんが首を傾げたと同時に、黒髪から覗いた赤い耳飾りがカランと音を立てた。


とても、怖いくらいに詰め寄られているんですが。

私、嘘なんて言ってないのに。


目の前にいる彼を見ていられず、私は手元に置かれたホットココアへと視線を向けていた。手をつけずにいたせいで、湯気が消えてしまっている。




私は、これを飲んでしまえば最後だと思っていた。




まだ、この管理者と呼ばれる彼のことを、信用できる材料がない。

管理者さんは俯いた私に対して何も言うことはなく、ただ静かに手に持っていたペンを置いた。




「……分かった。俺が誰なのか知ったうえで来たと思ったんだが、そうではないんだな」


「……! そうなんです! 私、こんなところ初めてで」


「お前は迷子になった子供と同じというわけだ」




私は、こぼれかけた声を引っ込めて顔を上げていた。

管理者さんは堂々と腕を組み、こちらを真っ直ぐと見ている。


彼は私のことを、子供だと勝手に決めつけたようだった。

理解してもらえたと顔をあげた私が、とてつもなく馬鹿みたいだ。




「馬鹿にしてます?」


「は?」


「馬鹿にしてますよね? 私、もう18歳です。一応、成人してはいるんですよ」




管理者さんは私の言葉を聞いても理解できなかったのか、首を傾げる。

その表情には、18歳はまだ餓鬼だと書かれていた。


私は、初対面の人に幼いと喧嘩を売られている。

結構、心に刺さるくらいショックだ。自分の童顔をこんなに恨んだことはない。




一方で、管理者さんは私の反応を素通りして立ち上がっていた。




向かった先にあったのは、書籍がびっしりと詰め込まれた本棚。

管理者さんはその本棚の中の一冊を迷いもなく取り出すと、頁を捲りながら私の前に座った。


その本は分厚く、墨のような黒いカバーの表紙だ。

すると彼は、私に見せるようにある頁を開いてみせた。




「これが読めるか?」




指で示された箇所を見ても、解読不可能な文字列が並び、読むことができない。管理者さんはそれに気付いてか、開いた頁に手を滑らせ、もう一度私に見せる。


すると、今度は私の知る文字に変化していった。

まるで建物の建築風景を早送りしているみたいに、文字列が組み変えられていく。






―――現在地 ハザマの世界 ただいま―――






浮かび上がった文字はそう示すと、本の中へと吸い込まれていった。




「《ハザマの世界》というのは、今俺たちがいる場所の呼称だ。この本は、個人の情報を書き起こす優れもので、俺のとっておきの本でもある」




管理者さんは私に本を差し出してくれた。

その頁に記されたものは、彼の言ったように個人情報が詳細に記されている。


名前、性別、生年月日はもちろん、学校で何日に誰と何を話したかまで書かれていた。




「お前は菫というんだな。良い名前を貰ったものだ」




彼が私の見ていた頁を覗き込んでそう言うので、私は咄嗟に顔を上げていた。

この人、そういうことを平気で言うタイプなんだ。


その視線に気付いてか、彼はなんてことないように私を見上げていた。




「何か問題でも?」


「いえ、えっと……これは、一体どうやって書き記されてるのかなと」


「……さあ。本来の持ち主に聞かない限り分からない」





彼の目が本から離れない様子に、私は踏み込むことをやめた。

この人にも、少し思うことがあるのかもしれない。


すると突然、本からジジッというノイズの混じった音が鳴り響く。






―――解明できません―――






私の前にその文字が浮かび上がると、ある箇所へと吸い込まれていく。

そこは文字化けを起こし、今もくるくると変化していた。




「あの、管理者さん」


「どうした」


「ここ、文字化けしているんですが……」




私がその箇所を指し示すと、管理者さんはじっとそこを見て、また私へと顔を上げた。




「文字化けも何もないが」


「え、ここに解明できないって文字が」


「俺には何もない空白に見える。まさか、お前には見えるものがあるのか? 少し見せてみろ」




管理者さんがその部分に手をかざした。

すると、文字化けしていた文字が浮かび上がり、また本の頁へと戻っていく。


だが、その文字は先ほどまで見ていたものとまるで違っていた。






―――教育機関からの帰宅中に消失―――


―――原因は不明―――







燃え尽きたような黒い墨の字で書かれたそれを見て、私は何も言えなくなった。

消失という文字が、やけに心を揺さぶられる。これではまるで、私の存在がなくなったみたいだ。


管理者さんも同じように驚いたのか、手をかざしたままだった。




「……は? 原因不明はあり得ないだろう。こいつ、俺が安全な保管場所を無償で提供しているというのに、情報開示の責任から逃れようとしているのか?」




突然本に向かって言葉を捲し立てる管理者さんに私が理解できないなか、彼は立ち上がると本を掴み上げていた。


ボウッと着火するように炎が現れると、本は焦るようにガタガタと震え出す。

まるで、これから殺されるみたいな反応だ。




「ちょっと、管理者さん! 何しようとしてるんですか!」


「言い忘れていたが、これは禁書だ。悪さをしていたところを封印したことで、今はこのように使えている。最初から業火で焼き尽くす方が良かったな」




ジリジリと燃え始め、焦げ臭い匂いが建物の中に充満し始めていた。


強硬手段をするにも、限度があるだろう。

私は咄嗟に立ち上がり、その本に手を伸ばしていた。




「触るな。情報開示という任を背負えない奴は、燃やすのが当たり前だ」


「待ってください! いくらなんでも感情のある本ですし、可哀想じゃないですか!」


「可哀想? お前は人が良すぎるんじゃないのか」




私が管理者さんの掴み上げていた本を手に取ろうとしたところで、思わず彼の手首を掴んでしまった。すると炎が一気に天井高くまで伸び、建物の中が揺れ始める。


管理者さんは咄嗟に私の手を振り払うと、そのまま掴んでいた本を机に投げ捨てた。ゆらゆらと燃え盛るなか、彼は両手をパチンと合わせ、右手を素早く横一直線に振り切る。




その瞬間、スパンッと斬られたような音と共に、真っ赤な花弁が舞い上がった。




舞った花弁は溶けるように消えていき、燃え盛っていた炎もぴたりと止まる。

その一連の流れを見ることしかできなかった私は、はっと我に返って管理者さんへと目を向けていた。





「……お前、禁書の焼却中に触る意味を、分かっていないだろう」


「ご、ごめんなさい!」




管理者さんは息を吐き出すと、燃えていた本を掴んで棚の方になおしてしまった。




「後処理のために必要なものを取ってくる。お前はそこで座って待つように」




彼はそれだけ言って私に踵を返し、建物の奥へと行ってしまった。

思わぬ出来事に立ち尽くしていた私は、言われるがまま座ることしかできない。




管理者さんから視線を向けられたのは、一瞬だけ。




怒鳴られるかと思いきや、彼はあまり怒らない人のようで私は肩の力を抜く。

見上げた本棚の中には先程の本以外にも、難しそうな本が並んでいた。







そして、ある声が聞こえたのは、管理者さんを待っているこのときだった。







「こんばんは。迷い子さん?」







咄嗟に振り返ると、私の座る椅子の背もたれに、手をかけている少年が1人。

彼は私が声をあげそうになったところを、人差し指を立て、私の口元に添えていた。






白色のリボンが、目の前で揺れる。






彼は、管理者さんと似た姿でありながら、どこか薄気味悪い微笑みを携えていた。




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