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ハザマの世界  作者: 柴崎菖蒲
【第4章 審判編】

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第19話 白銀を身に纏う




「《死の世界》に行くには、指定の座標を設定しなければならない」




 かち、かちと音をたて、机に浮かび上がった円盤へ、管理者さんが手をかざす。針のようなものを何度もくるくると回しながら、迷いのない手つきで動かすそれを、私はじっと見つめていた。


 覚えようとしたけど、複雑すぎて私には無理だ。それだけ《死の世界》が厳重なのかもしれない。


 管理者さんへと視線を移す。彼は普段外に出るときとは違い、黒布を被らずに正装でいて別人のようだった。管理者という役にある人なのだから、それだけ凄い人なのは間違いないだろうけど。そこで管理者さんが私へと顔を上げていた。




「お前は絶対に、黒布を外さないように。良いな。絶対に、何があってもそれだけは外すな」




 行く前から何度も言われたそれに、私は頷き返す。理由を聞いたら、下手すれば死ぬと言われた。《死の世界》は、そんな物騒な場所なんだろうか。




「もう一度確認だ。お前は今回、何をすることが目標だ?」




 彼は緊急の招集命令が来てから、私に何度も確認している。そして私は、確認事項をもう全て暗記してしまった。




「黒布を外さない、知らない扉は開けない、管理者さんから離れない、ですよね?」


「そうだ。では、これから行くぞ」




 準備万端。座標を設定した円盤が輝き出す。助手としての覚悟も十分持たされたあとで、着いたその先は。







「……管理者さん?」




 私はそこで振り返る。そこは、がらんと静まり返った通路が、ずっと奥まで伸びていた。天井高くまである白い大理石の建物のなかで、自分の声だけが反響している。目の前にいたはずの管理者さんも、いない。


 薄暗い通路に立っていた私は、くり抜かれた壁の一部から、夜空が顔を覗かせているのが分かった。月光がぼんやりと、磨かれた床を照らしている。周囲を見渡すものの、飾り気のない無機質な空間が広がるだけで、人の気配は一切なかった。


 ここが、本当に《死の世界》なのだろうか。その前に、離れてはいけない管理者さんの姿が、早速見当たらないんですが。




「あの、どなたか、いらっしゃいませんか……?」




 誰もいない空間に声をかけながら、通路を歩き続けること早数十分。同じ景観のなかをずっと歩き続けたところで、私はふと夜空を見上げた。そこで見えた風景に、自分がどのような状況にいるかなんて、すでに分かってる。


 月の位置が、依然として何も変わっていない。そこで私は、もう一度、自分の来た道を振り返っていた。




「……迷った、かな」




 駄目だ。私だけ、変なところに転送された。




「どうしようどうしようどうしよう」




 まずい。何も分からない。道を聞こうにも人がいないし。通路には白い扉かずっと並んでいるだけ。私には、見知らぬ扉を全部開ける勇気なんてない。


 まず、管理者さんがここに来る前、閉じた扉だけは絶対開けるなと釘を刺された。着いて早々、こんなことになるなんて。




「はあ……」




 諦めに似た感情を抱いた私は、開き直って壁際に座り込んだ。管理者さんが、絶対いつか来てくれる。それまでは、ここで仮眠でも取っておこう。


 膝を折り瞼を瞑りかけたとき、遠くの方から、こちらに向かってくる甲高い靴音が耳に届いた。咄嗟に顔を上げて、その音の先を見つめる。




「あら?」




 そこに、少し驚いてこちらを見る女性が立っていた。白い肌に、薄くピンクがかった唇、裾の長い衣服を身に纏ったその人は、白銀の世界を身に纏っているようだ。


 見惚れてしまいそうになったところで、私は座り込んでいた場所からすぐに立ち上がり、咄嗟に頭を下げていた。知らない人だけど、位の高い人に違いない。




 頭を下げる私のもとへ、何も言わずに近付いてくるその人の気配に身を固めていたら、女性は私の前に立ち止まり、不意に顔を覗かれた。


 驚いて後ろへ下がった私に、女性が噴き出すように笑う。こぼれたその小さな声が、ガラス玉を転がしたような可愛らしい声だった。




「貴方、とても可愛らしいお顔をしているのね。私ったら、刺客か何かだと思ったわ」


「刺客!? いえ、私はそんな物騒な感じじゃなく、ただ、道に迷ってしまったというか……」


「あら、迷子? それは大変。貴方ここは初めてね。どなたに仕えているの?」




 この人、綺麗な見た目をしているのに、とても明るい人だ。それに可愛いし、優しすぎませんか。




「えっと、仕えているのは《ハザマの世界》を管理している方で」


「あら、そうなの。……え、あの方に!?」




 驚く間もなく、女性は私の両手をがっしりと掴んでいた。それはもうほんとに嬉しそうな顔をして、私の両手を振り回して。この場で社交ダンスまで踊ろうとする勢いだ。




「まさか、こんな愛らしい助手がいるなんて! ね、いつから助手になったの? 三度目の創世期が終わった辺りかしら。あら、でもそれだと、ここが初めてじゃなくなっちゃう」


「え、えっと」


「わ、ごめんなさい。初対面なのに質問攻めも困るわよね。あ、そうだ。貴方に紹介したいとっておきの場所があるの。私、その方と同じように管理する役にあるから。きっと貴方とは話が合うはずよ」




 私の手を引きながら突然走り出すので、私は頭からずり落ちそうになった黒布を押さえながら駆け出していた。それにしてもこの人、裾の長い服を着てるのに、よく引っ掛からないな。


 女性に連れられ着いた場所は、通路側に並んでいる白い扉のなかのひとつだった。どの扉も特徴がないのに、女性はその扉の前へ迷いなく立ち止まる。




「ここはね、書庫みたいな場所なんだけど」




 女性がある白い扉の前に来ると、扉の取っ手に手をかざした。すると幾つもの円盤が出てきて、それを迷いなく押しながら解除していく。扉の奥から、何度も錠の外れる音が聞こえていた。私は女性の顔と扉を、何回往復して見たか分からない。


 厳重すぎやしません? そんな大事な場所に、私なんかが入っちゃって良いんですか? まずくないですか?


 女性はえいっ、やっ、と軽い調子でそれを押し続けて、数十秒も待たずに扉の奥から錠の外れる音が聞こえた。そこで遠慮なく、女性は白い扉を両手で開け放つ。扉の先は真っ暗で、通路側の光が、入り口付近を淡く照らすだけだった。




「ここ、本当に開けるのが大変でね。あ、ここで剣が上から飛んでくるから、すぐ入っちゃだめよ」


「わっ!?」




 言われた瞬間に私と女性の前に、剣がとてつもない勢いで飛び出し、床をざっくりと刺す。よく見ると、剣が刺した場所の周囲に、薄汚れた赤が見えていた。




 これ、本物の血だよね……?




 過去に刺されてしまった人の形跡が、床掃除されずに残っているんだろう。それとも、戒めのためかもしれない。女性はそれを素通りして入っていくので、私もその背中に急いでついて行く。


 そこでやっと、部屋の照明が点いた。




「わあ……」




 書庫と言われたとおり、そこには壁一面に書籍の入った本棚が並べられていた。2階部分もあり、高い天井の隅までぎっしりと本が敷き詰められている。


 それを見渡していた私の隣に、女性がぴたりと引っ付くようにやって来て、その女性が私を見てにっこりと笑っていた。




「実はね。あの扉の錠を仕掛けたのも、この書庫の整理をしたのも、全部貴方の仕えている方が、管理者の役になる前にやったものなのよ」




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