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ハザマの世界  作者: 柴崎菖蒲
【第3章 境界編】

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第18話 招集命令

 



 気付いたときには、すでに私は《ハザマの世界》に戻っていた。照明がすぐに点灯し、暗かった建物の中があっという間に明るくなる。ふと隣を見たとき、そこにいた観月さんが、いつの間にかいなくなっていることに気付いた。




「あれ、観月さんは?」


「観月はべつで家まで送った」




 管理者さんは脱ぎ去った黒布をコートスタンドに放り投げ、どさりとソファに座る。それから人差し指を立て、軽く空気中を押すと、私の前にある机に買い物袋がずらりと並べられた。


 そうだ。私、買い物を頼まれて、外に出たきりだった。ちらりと管理者さんに視線を向ければ、彼はすでに私を見ていたのか、ばっちりと目が合ってしまった。


 管理者さんが隣の空いたスペースを軽く叩いたので、私はその流れで彼の隣に腰掛ける。変な間が生まれそうだったところで、管理者さんがおもむろに口を開けていた。




「色々と、聞きたいことがあるんじゃないのか」




 そう問われた声には、静寂のなかに消えてしまいそうな色が灯っている。管理者さんが隣に座った私に、視線を投げかけていた。その瞳には、どこか疲れが見えた気がする。その目に見ないふりして、私は自身につけられていた紫色のリボンを見下ろしていた。


 観月さんも、色違いの朱色のリボンを身に付けていたことを思い出して。




「観月さんの、治癒の力って」




 治すことが専門。そう、観月さんは言っていた。でも、普通の人と明らかに違うものを持っている。それも管理者さんと同じくらいの、超えられない何か。そこで管理者さんは足を組んで、どこか遠くを見つめるようにしてソファに背を預けた。




「アイツには、俺の持っていた治癒の術を託している。特に呪いの解術に近いものをな」




 告げられたことに、観月さんと2人で話していたことが蘇ってきた。




「それってやっぱり、今回みたいなことがあった場合のためですか」


「ああ、そうだな。俺は、昔からあまり好かれるタイプではない。だからこうして、殺意や呪いなどを向けられることも、少なくはない」




 今いる建物の中にいたとき、実際に管理者さんは呪いを向けられたことがある。とてもじゃないが、私だったら、そんな日常には耐えられないだろう。管理者さんは静かに目を瞑ってしまった。


 管理者さんの横顔を盗み見た私は、今、どうしても、管理者さんのことを知りたいと思ってしまう。そこまでして管理者という役を担おうとする理由を、私は知りたい。誰に託されて、どのくらいの年月を過ごしてきたのか。


 だけど管理者さんは、私にも、観月さんにも、何か越えられない線引きを引いていた。観月さんとはまた違う。本当に、一歩踏み込んでしまうと駄目になってしまいそうな何かを、この人からずっと感じている。




「……本来なら、力を託すべきではない。俺も当時は悩んだ」




 管理者さんはゆっくりと瞼を開けて、天井を見つめていた。




「まだ俺が、観月に力を託す前。ずいぶんと怒られたことがあった。そんな使い方をしたら、俺は本当に大事なものを失うとか、そんなことを言われたな。それからは、信頼できるアイツに任せるようになった。あのときは突然、そう言って殴られたものだから、殴り返したんだが」




 管理者さんはそう話し出して、でも私は、咄嗟に口をついて、ある言葉が溢れていた。




「その話……私が聞いて、本当に大丈夫なものですか?」




 私がそう言葉を発したとき、今いる場所が静まり返るように沈黙が広がった。管理者さんの息遣いが、途切れる。あっと思って口を抑えたが、もう遅かった。咄嗟に出てしまった問い。それがあまり良くなかったと、自分でも分かった。




「あ、あの、命に関わる大事な話なのに、私に聞かせても大丈夫なのかなって、そう思って……」




 苦笑混じりに笑って管理者さんの顔を見てみると、彼は何度も驚いたように瞬きを繰り返していた。それから何かを考え込むようにして、管理者さんが腕を組んで無言になってしまう。


 本当に、言葉を間違えた私のせいだ。管理者さんが、答えに迷ってる。


 でもすぐに、彼はこの場の雰囲気を変えるように立ち上がった。すると何かを持って私のもとに戻って来て、それを差し出す。差し出されたものは、思っていたよりずいぶんと重いものだった。




「これは、俺が《死の世界》で奇襲に遭い、その際に傷のついたものだ」




 突然そんなことを言われて驚きつつ、受け取ったそれを見つめる。私の手に乗せられたものは、抉られるように変形した小型の銃だった。




「菫は何か、思い違いをしているんだろう。俺はお前を信用して、助手になっても良いと言った。これを見て、今のお前はどう思った? 俺の思い違いかもしれないが、見るからに俺の身を案じてか、不安そうな顔を浮かべている」




 そこで顔を上げた先に立っていた管理者さんが、私に手を伸ばす。そして、管理者さんの人差し指が、軽く私の額を押したのが分かった。




「俺は菫のことを、信用に値する人間だと思ってる。それを本人が否定しているのはどうかと思うんだが、俺が間違っているか? それとも、」




 管理者さんはそう言葉を区切って私の額から指を離すと、目を細め、私を見て微笑んでいた。初めて見るその表情に、私は咄嗟に管理者さんから視線を外し、背後に飾られている絵画へと視線を移す。


 初めて見た、そんな顔。普段なら絶対、というか一度も見たことがない。私はすぐに両手を横に振っていた。正面からそれを喰らうと、また違うというか。なんて言えば良いか、分からなくなるというか。




「まっ、違います! あ、その、管理者さんの言ってることは、何も間違ってないんです、でも……」




 銃を両手で管理者さんに押し返すと、彼は受け取って間もなく棚に片付けに行ってしまった。え。私の反応に、何もリアクションないんですか。揶揄い混じりに言っておきながら、そんなこと平気でするんですか。


 悲しくなるほどに、去っていく動きに無駄がなかった。いや、決めて行動することに躊躇いがないというか。何も気付いていないのが、末恐ろしい。すると唐突に、彼が私の方へと振り返ったので、私の身体は驚き跳ね上がってしまった。




「え、どう、したんですか」


「……菫は、あの術を使ったとき、」




 ガコンッ。




 管理者さんの言葉を遮るように、背後から何かの落ちる音が聞こえた。振り返ってみると、玄関扉の郵便受けに白いものが入っている。管理者さんはそこへ向かうと、入れられたそれを取り出した。


 真っ白い封筒で、宛先に見知らぬ文字が筆記体のように書かれている。それに管理者さんの指が触れたことで、白い鳥が封筒からいきなり飛び出してきて、その鳥たちが空中に文字を描き始めていた。


 金色の線が筆で描かれるように記されていく。白い鳥が消えていなくなったところで、最後まで字を追っていた管理者さんが、突然、封筒ごと燃やし始めた。彼の手から勢いよく炎が立ち昇る。




「わ、え、燃やすんですか!?」




 燃やされた封筒は灰にもならず消えてしまう。だけど管理者さんは、私にすぐ向き直っていた。その真剣な瞳が、封筒のなかに書かれていた事の重大さを瞬時に物語る。




「48時間後、《死の世界》審判所まで来るよう緊急の招集命令がかかった」




 《死の世界》審判所。聞いたこともない場所だった。でも、私の前にいる管理者さんが、とても嫌っている世界のはず。




「助手がいる者は、そいつも連れて来るようにだそうだ。……他の奴らも来るんだろう。俺が上に報告した抜け道のことが、どうやら相当大きな問題に挙がったみたいだ」




 そのとき、建物の外から、ガラン、ガランと、鐘の音が鳴っているのが聞こえてきた。黒門の鐘のように重い音じゃない。かろやかでいて優しく馴染むような音だ。何度もその音が、繰り返し鳴っている。


 観月さんが言っていた。あの世界は、管理者さんのように、力を持つ人が集まる場所だって。その世界の音がずっと、鳴り響いている。耳の奥で早鐘を打つ心臓の音が、小刻みに、ずっと鳴り続けていた。




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