第16話 影を覗く
「下がれ!」
管理者さんの声が聞こえたその瞬間、重量感のある金属音が鳴り響いた。黒い地面が抉られると同時に風が吹き荒れ、咄嗟に両腕で防ぐ。
吹き止んだ直後、前方に目を向ければ管理者さんが私の前に立っていた。彼の前に、人影が見える。その人は大剣を管理者さんに向けていた。
「菫ちゃん危ない!」
背後から強い力に押された。その直後、ガシャンと鉄の格子に当たる音が響き渡る。
「観月さん!」
振り返った先では砂埃がたち、観月さんがぐったりとしていた。まだ、自分たちがいる場所も把握できてない。私たちが立っている場所から数十メートル前方の黒門に、いきなり吹き飛ばすなんて。
「……っ」
私の前に立つ管理者さんも押されていた。彼の剣を持つ手が、その強さに圧倒されて震えている。そのとき、唐突に腹の底から豪快に笑う声が聞こえた。
「はっはっは! 管理者ともなれば、一撃ではやられてくれんか!」
爽快かつ明瞭な声が上がる。管理者さんを襲い掛かっていたその男性は距離を保つように離れた。風が止んだところで、男性はニッと笑顔を浮かべている。
背後には同じように、剣を持つ人たちが立っていた。明らかに数が多い。身なりも武装して、これではまるで、私たちを待ち伏せしていたみたいだ。
「自力で罠から抜け、奇襲を仕掛けてくるとはな。誰に入れ知恵された?」
男性は管理者さんの言葉にほくそ笑んだ。余裕に満ちていて、尚且つ強いオーラを漂わせている。そのとき、後ろにいる私に対して、管理者さんが目配せしたのが分かった。
後ろに隠れていろ。そう言われた気がして、私は彼の背中に身を隠す。
「……お前、今回は誰かに頼まれて来たんだろう? 俺を始末しろとでも言われたか」
管理者さんが頭から黒布を取ると、相手側も同じように黒布を取る。少しだけ覗き見れば、その男性はこの状況に似合わない笑顔を浮かべていた。見るからに単純明快そうだ。
「おっ、さすがに分かるか。乗り気じゃあなかったんだが、頼みを引き受ければ前から欲しかったものを譲渡すると言われてな。これは乗るしかないと思ったところだ」
大剣という見るからに相当重いものを軽々と肩に担ぎ、豪快にひとりで笑っている。なんだろ、この人。見るからに変な人なんだけど、管理者さんと互角くらい強いのが分かる。
いつの間に立ち上がっていたのか、観月さんが私の横に、何事もなかったように立っていた。いや、ちょっと待って。観月さん、右腕やら腹の部分やら、白衣が血だらけなんですが。
「か、観月さん。血、血が、白衣が真っ赤に」
「……あはは、ちょっと、しくじったかな。このままだと、助力にもならないかも」
観月さんは腕を押さえたままだった。手の甲を伝って、今も地面に血がこぼれ落ちている。観月さんが治癒の力を使えそうにないなら、無理をしている管理者さんに、もしものことがあれば救えない。
そのとき、管理者さんが剣を抜くこともなく、どこかへと片付けてしまった。その動作は自然で、目の前に襲ってきた人がいるのに、それすらも気に留めないようだった。
「お前は力だけ格別だが、相当な馬鹿だと自覚した方が良い。相手側に利用されているぞ」
その不可解な管理者さんの行動に、相手側も気付かないわけがなく。
「利用されていようと、お互い納得のいく取引であれば良いだろう! 俺は任され、こなすことが性に合ってるからな!」
そう言葉を発した、そのときだった。
その男性含め、目の前にいる人たちに多数の方向から剣が現れ、気付く間もなく身体を貫いていた。剣は地面に縫いつけられるようにして力が働き、刺された者は地面へと突っ伏していく。
地面が赤黒く染まっていくと同時に、痛みに悶える声が聞こえた。前方中央に立っていたその人も、例外じゃない。
「話す隙こそ好機、か……これは、禁術の類いではなかろうな……」
男性が苦し紛れに顔を上げたところで、管理者さんはすぐに言葉を発しなかった。前方へ軽く手を振っただけで、剣がさらに重量を増すように力が入り、相手側の苦しむ声が響く。管理者さんは数を数えるように、指折りを静かに始めていた。
「30秒もあれば、お前たちはその状態で依頼主のもとへ送還される。加えて、俺が使用した今の術は改良したものだ。俺に向けたのは禁術だろう? それに比較したら軽いんじゃないか」
管理者さんは強い。それでも、まだ立ち上がろうとするその人に対して、管理者さんは秒数を数えるのをやめた。
「禁術が気になるのなら試してみるか? ここは世界の掟に抵触しない場所だ。やろうと思えばでき、るんだが……」
そのとき、目の前にいた管理者さんが、地面に倒れ込むようにして膝から崩れ落ちた。
「管理者さん!」
思わず私はしゃがみ込み、管理者さんの顔を覗き込む。口元を抑えた手から血がとめどなく溢れ、腕を伝ってこぼれ落ちていた。黒布から覗いた白いシャツが、赤く染まり始めている。
これは、本当にまずいんじゃ。
「くそ……遅延性の呪いも、仕込まれていたかっ……」
「呪い、解けないんですか!?」
「治癒の術式が相手方に奪われている……観月、お前は菫を連れてここから飛び降りろ。まだ、2人だけなら時間を稼げる」
観月さんがすぐに駆け寄り、管理者さんに手を当てた。でも、何も起こらない。観月さんも怪我を負っているうえに、先ほど治癒の力を使ったばかりだ。さすがに限界がある。
「飛び降りろって、こんな状態の君を置いて行けるわけないでしょ!?」
観月さんが管理者さんに対して、声を大にして言ったときだった。私は、殺気のない不気味な気配を感じ、咄嗟に背後を振り返った。
そこには、いつの間にか背後に回り、こちらに狙いを定め、大剣を振りかざそうとするあの人が立っていた。その一瞬で、死を悟る。でも私は、咄嗟に被っていた黒布を引き剥がし、手に掴んでいた。
「もう、やめてください!」
私は、相手の顔面に向かって、勢いよく黒布を投げつけていた。
その人は後ろにふらつき、大剣を地面に落とすと地面に膝をついた。だが、こちらへ咄嗟に見上げた顔が、暗闇の影のように真っ黒で目も口もなくなっていた。
黒布が、燃えるようにジリジリと音を立てている。あの管理者さんと同等の力を持つ人の身体が、目の前で崩れ落ちていくようだった。
「ミ、ヤブラ、レ……タ……ナゼ……」
声が途切れていて、恐怖が身体の底から込み上げてくるそれは。燃え盛る炎のなかで、何度も私に手を伸ばしかける存在。
「黒い、影……?」
すると前方から、うめき声が聞こえてきた。管理者さんが刺したはずの剣が溶けていき、代わりに人の形であったものからモヤが溢れ出ている。今になって正体を現したかのように、それらは立ち上がり始めていた。
「まさか、ここにいる全部……」
こちらへ、ゆらりと身体を向ける多くが、人の形を為していた黒い影だった。




